![](/n/s/wp-content/uploads/2023/06/matayoshi_header_sp_fix.png)
新刊『月と散文』を出版された
又吉直樹さんに、
お話をうかがう機会を得ました。
まずは「読む人」として
本好きで知られる又吉さん、
作家としては、
ただ「書く」だけじゃなく、
売るところまで責任を持ちたい、
そう言っていたのが印象的で。
その創作の根源にある思い。
物語はなぜ「必要」なのか。
担当は、「ほぼ日」奥野です。
又吉直樹(またよし・なおき)
1980年、大阪府寝屋川市生まれ。吉本興業所属。2003年にお笑いコンビ「ピース」を結成。2015年に本格的な小説デビュー作『火花』で第153回芥川賞を受賞。同作は累計発行部数300万部以上のベストセラーとなる。2017年には初の恋愛小説となる『劇場』を発表。2022年4月には初めての新聞連載作『人間』に1万字を超える加筆を加え、文庫化。2023年3月、10年ぶりのエッセイ集となる『月と散文』を発売。他の著書に『東京百景』『第2図書係補佐』、共著に『蕎麦湯が来ない』(自由律俳句集)、『その本は』など。又吉の頭の中が覗けるYouTubeチャンネル【渦】、オフィシャルコミュニティ【月と散文】 も話題。
- ──
- 映画監督や役者さんに取材するときに、
機会があったら、
おうかがいしている質問がありまして。 - それは
「人間にとって、なぜ、物語は必要か」
という問いなんですけれど。
- 又吉
- 物語。
- ──
- ある部族ついての
文化人類学的な調査の話を聞いて
おもしろいなと思ったんですが、
日中、まだ日の高いうちに
車座になってごはんを食べるときって、
どこで獲物がよく獲れるとか
「経済の話」が中心らしいんですが、
夜、日が落ちて、
みんなで火を囲んで話すときの話題は
「物語」ばっかりになる、と。
- 又吉
- なるほど。
- ──
- 新型コロナのウィルスがまんえんして
「不要不急」という言葉が
取り沙汰されましたけど、
本来、「物語」というものは、
「経済」と同じくらい
人間にとって大事なものなんだろうと、
その話を聞いて思ったんです。
- 又吉
- そうですね‥‥たとえば民族紛争とか、
戦争だとか、
世代による分断があったりしますよね。 - そのことに関して、
おたがいに自らの立場を主張しあって
「議論の余地はない」
「わかりあうなんて不可能だ」
みたいな状況って、あると思うんです。
- ──
- ええ。
- 又吉
- 子どもだったら、
「そんなん、仲直りしたらええのにな」
って思うかもしれないけど、
オトナは
「いや、そんな簡単な話じゃないねん」
とか言ってね。
- ──
- はい。
- 又吉
- でも、その対立し合ってる人どうしが、
同じ小説を読んで、
泣いたり笑ったり、
同じことを思ったりしている可能性も、
あるわけじゃないですか。
- ──
- ああ‥‥。
- 又吉
- つまり、そうであるならば、
和解だとか平和をもたらす可能性って、
ゼロじゃないと思うんです。 - それは、子どもの幻想なんかじゃない。
- ──
- つまり、どんなに「対立」していても、
ある1点でわかりあえるかもしれない。 - 同じギャグで笑うことができたら、
価値観を共有してるってことだから、
そこに、突破口があるかもしれないと。
- 又吉
- その可能性を
担保し続けてるのが物語だと思います。 - もちろんそれは小説に限らず、
映画もそうやし、音楽もそうですよね。
スポーツもそうかもしれない。
その意味で、
エンターテインメントとかアートって、
人間にとって、
絶対に必要なものだなと思うんですよ。
- ──
- なるほど。納得します、とても。
- 又吉
- それが禁じられてしまった世界は、
ほんとうに、殺伐とした場所になりますよ。 - 反対に、ぜんぜん理解できなかったり、
めっちゃ怖い人だと思っていても、
同じ本や映画で感動して、
あの物語で心をふるわせられる人だったら、
家族は大切にするんだろうし、
恋人も全力で守るんだろうし、
だったら、
「何か、取っ掛かりあるんちゃうか?」
と想像できる気がします。
- ──
- わかり合える部分を見つけられるかも。
どこかに。
- 又吉
- そうですね。
- 物語というものには、
わかり合うためのヒントというか、
可能性みたいなものを感じますね。
- ──
- いやあ、おもしろいなあ。
- 又吉
- ジョン・レノンとかボブ・マーリーとか、
音楽の世界には、
いま言ったようなことを、
瞬間的に体現したような人もいますし。 - 小説とか映画でも、
もしかしたら
そういうことがあるかもしれないなと、
ぼくは、ずっと思ってます。
- ──
- もう8年くらい前に、是枝裕和監督に
同じ質問をしたことがあるんです。 - そのとき、是枝監督は、
こんなふうにおっしゃっていたんです。
つまり「物語」というのは、
かつては「権力者のもの」だった、と。
- 又吉
- ええ。
- ──
- 自らの権力の正統性を主張するために
「わたしが、いまここに君臨している、
その理由は‥‥」みたいな、
そういう「大きな物語」に
世界全体が回収されないためにも、
自分たち「ふつうの人」が、
「ちいさな物語」を、
「ちいさいけれど、
それぞれに、ゆたかな物語」‥‥を、
語り続ける必要があるんじゃないかと。
- 又吉
- なるほど。よくわかりますね。
- ちっちゃい物語で、
大きな物語に対抗していくってことは、
とっても重要ですよね。
それって、小説が、
ずーっとやってきたことだろうなとも
思いますし。
- ──
- うん、うん。
- 又吉
- 伝えたいと思っていることが
「主義主張」になったとたん、
何だかちょっとちがうものになったり、
嫌悪感を持たれたり、
相手のガードを
より強固なものにしてしまうことって、
よくあるじゃないですか。 - それでも「言うべき」という意見も
わかるんですけど、
ぼくは言うことが目的ではないと思う。
- ──
- わかりあうことが‥‥。
- 又吉
- そうです。平和とか、争いのない状態とか、
そういうところへたどりつくことが
目的だったはずなのに、
主張することや相手をやりこめること、
それが目的になるのはちがうやろと。
- ──
- ちっちゃい物語ならそこを伝えられる。
- 又吉
- その可能性を持っていると思いますね。
- みんなで
「ああ、ほんまやな。何か、わかるわ」
みたいな状態にもっていけるのは、
ちっちゃい物語じゃないかと思います。
(つづきます)
撮影:中村圭介
2023-07-18-TUE
-
又吉直樹さんの最新エッセイ集
『月と散文』発売中です。又吉直樹さんのエッセイ集としては、
『東京百景』から、約10年。
同名のオフィシャルコミュニティサイト
「月と散文」に綴った文章から厳選し、
改稿したり、大幅に加筆したり、
あらたに描き下ろしたり‥‥
350ページ超の、うれしいボリューム感。
コロナ禍というちょっと変わった季節に、
又吉さんの考えていたこと。
思いかえす、ちっちゃいころの記憶。
振り返ると
「我ながら、そんなことまで書くんや」
と思ったそうです。
松本大洋さんの装画がうれしくて、
読み終えたあとも
部屋に飾っておきたくなります。
少年の瞳の中を、よく見てみると‥‥。
Amazonでのおもとめは、こちらです。