元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。
石野奈央(いしの・なお)
1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(11歳)と、
自由で食いしん坊な次男(7歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。
note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on)
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on)
地元、荒川の花火大会が実に4年ぶりに開催される。
区役所の広報紙を手に、長男はうなずいた。
「僕のために、ありがとう」
偶然にも毎年、開催日は長男の誕生日と重なってきた。
今年は15,000発の打ち上げが予定されているという。
「よきにはからえ」とほくそ笑む長男。
独裁国家の元首気取りだ。
もう、10歳。あの日から、10年。
わたしにとっても感慨深い。
その日、西新井大師では風鈴祭がおこなわれていた。
初産で体重管理のペースをつかめず、
臨月には12キロも太っていた。
すこし運動するほうがお産にもいいと言われ、
妊娠40週でパンパンのお腹を抱えて、猛暑の中、
お大師様まで20分ほどの距離を歩いた。
境内の藤棚には無数の風鈴が揺れていた。
涼しげな音色にひとときの涼を感じ、
ふうふうと呼吸を整えながら、
本堂の周りを散策した。
ふと小さな池に目をやると、
蓮がぽつりと1つ咲いていた。
蒸し暑い昼下がり。
早朝に開花する蓮は、ふつう午後にはしおれてしまう。
不思議と1本残って凛とした蓮に、
お釈迦さまが生まれてすぐ歩いて
「天上天下唯我独尊」と唱えた伝説を思い出した。
そして、その夜から陣痛が始まり、明け方に彼は生まれた。
あれから10年。
長男は、お釈迦さまもびっくりの、
時に私がついていけないほど、賢い子に育った。
「1+2+3+4+5+6+7+8+9+10は?」
弟の精いっぱいの難題に、兄は「55!」と即答する。
答えを覚えていたんでしょう、私が笑うと、
長男は不思議そうな顔をした。
「ちがうよ。10が4ペアで、55」
こんなの簡単だよ、と答える兄に、沈黙する母と弟。
凡人にわかるように説明してほしい。
最近は大きな目標を掲げはじめた。
「母さん、僕、東大をめざすよ。
日本で一番の大学らしいんだ。
間違いなく、日本で一番モテる男になれると思う」
動機はかなり不純だが、トップを目指す心意気は良い。
わたしが小学生だったころの男子は、
もっと全力でアホなことばっかりやっていた気がする。
いや今でも、健康的にアホを謳歌する男児たちは
公園にたくさんいる。
そんな中で、「モテ」のために
スタートダッシュをきるとは、彼らしいやり方だ。
長男の話になると、たいていの人が
「頭が良くて、うらやましいね」
「どうやって育てたの?」と聞く。
正直、わたしは特別なことは何もしていない。
勉強の面では、
子育てで楽をさせてもらったのかもしれない。
けれど、彼の成長は、順風満帆ではなかった。
つい先日、公園で長男がいつものように
昆虫に関する知識を得意げに披露していると、
通りがかった子連れのパパさんが
「ボクは小さいのによく知っているねぇ」と声をかけた。
連れているのは幼稚園生くらいの男の子だったが、
長男とあまり背丈は変わらなかった。
「小学生?」と聞かれ、
長男はすこし気まずそうに笑って答えた。
「僕、こう見えても4年生なんです。
糖原病という病気があって、身長が伸びないんです」
糖原病。彼がもつ病気の名前だ。
とうげんびょう、と読む。
まだよく知られていない指定難病のひとつだ。
人は食事からエネルギーをとり、
余った分を「グリコーゲン」として肝臓に蓄える。
それがエネルギー不足時の予備タンクになる。
糖原病患者は、この肝臓に蓄えたグリコーゲンを
代謝・消費することができない。
余ったエネルギーは永遠に肝臓に蓄え続けられ、
肝臓が肥大してしまう。
エネルギー不足時にもそれは使われることはなく、
低血糖を起こして倒れる。
簡単にいえば、そんな病気である。
パッと見は病気とはわからない。
しかし、罹患者の大きな特徴として成長が遅れる。
長男の場合は、身長の発育に影響が出た。
3歳にしてMRIに真っ白に写る脂肪肝をみたとき、
病院の先生は言葉を失った。
気づかぬ間に肥大した肝臓は、
まだ小さな肋骨の枠組みからとびだしていた。
病気がわかったとき、
わたしは自分の肝臓をあげようと思った。
内臓を全部、わたしの身体ごと
すべてあげてもかまわない、と思った。
治るのかさえわからない病気とわかり、
なんで健康に産んでやれなかったんだろうと、
繰り返し罪悪感に苛まれた。
そんな母の心配をよそに、
長男は友人たちより頭ひとつ小さなことなど
あまり気にもせず、
興味のあることや得意な分野を見つけては賢く学び、
身長のかわりに知識をぐんぐん伸ばしていった。
強烈な自己肯定感も身につけ、稀代のモテ男に成長した。
最近、彼女が変わったらしい。
以前の可愛らしいアイドル的な女の子ではなく、
学年1位の成績で書初めでも金賞をとった
インテリ女子を射止めたのだという。
「あら、前の彼女とても可愛かったのにね」と話すと、
「あのね母さん」と長男は語りだした。
「一緒にいて楽しいだけの恋は卒業しようと思って。
いまの彼女は頭がよくて、
一緒にいるとお互いに高め合えるんだよね」
恋愛マスターは次のステージにのぼっていた。
母さんの恋愛観を超える日もそう遠くない、
いや、もう追い越されている。
その彼女と一緒に、地元の中学ではなく、
公立の中高一貫校を受験するとはりきっている。
財布事情にもありがたいので、
そのままふたりで高め合っていってほしい。
今朝も鏡の前でひとしきり前髪をキメて、
すぽりと通学帽をかぶる長男。
そんな努力を惜しまない彼だが、
モテる本当の理由を私は知っている。
長男の好きな絵本に
『明日死ぬかもしれないから今お伝えします』
(著者:サトウヒロシ氏)がある。
死に直面したサラリーマンの男が
妻に手紙を書くストーリーで、
その大人向け絵本を、長男は母の本棚からみつけ、
ぽろぽろと涙をこぼしながら読んでいた。
そんなきっかけもあり、わたしたち家族は、
ときどき「命のはなし」をする。
ある日、
「あと7日しか生きられなかったら何がやりたいか」を
一緒に考えた。
長男は「やりたいことはいっぱいあるけど、
ぼくは母さんといる」と言った。
長男らしくない意外な答えに、
君はいつまでも甘えん坊だなぁ、
とわたしが笑うと、長男も笑って、こう答えた。
「母さんが寂しがりだからだよ。
僕がいなくなったあと、
すこしでも母さんが寂しくないようにね」
10年前、あの1本の蓮の上に生まれてきたのは
天上天下唯我独尊な子ではなかった。
自分を愛し、自然を愛し、友人を愛し、家族を愛す息子。
彼は「僕は今が十分に幸せだから」と続けた。
恋愛観どころか、人生観でも追い越されている。
君は「モテる」にも、
15,000発の打ち上げ花火にも、値する。
10歳のお誕生日おめでとう。
イラスト:まりげ
2023-07-26-WED