写実的な表現を得意とする
画家の永瀬武志さんに、
新しく描きはじめる絵の制作過程を
連載していただくことになりました。
画家はどんなことを考えながら、
絵に命をふきこんでいくのでしょうか。
完成までの約3ヶ月間、
永瀬さんの視点を借りながら、
画家の世界をのぞいてみたいと思います。
毎週木曜日に更新します。
永瀬武志(ながせ・たけし)
画家。
2004年3月、多摩美術大学大学院
美術研究科絵画専攻修了。
2005年以降、国内外で個展やグループ展を多数開催。
2020年、第3回ホキ美術館大賞入選。
油彩による写実絵画を得意とする。
作品のテーマは、光、生命。
- こんにちは。永瀬武志です。
- 新しい人物画を描きはじめました。
画面は「F12号」という大きさで、
50センチ×60.6センチの横長サイズです。
- ぼくの絵は、下地を塗った
真っ白な木製パネルに描いていきます。
パネルに綿布を糊で貼りこみ、
白い塗料を塗ってヤスリがけしたものです。
触ると石膏ボードのような質感があります。 - 下描きをはじめる前に、
まずはこのパネルに
薄い色を塗ることにしました。
そうすることで、真っ白で
まぶしすぎる画面の明るさが落ちつき、
画面全体を把握しやすくなるからです。 - 今回は「バーントシェンナ」という
茶色っぽい色を塗っています。
なぜこの色にしたかというと、
元になる写真を野外で撮影したとき、
モデルさんがやや傾きかけた
オレンジ色の光を受けていたからです。
それで暖色系で主張のすくない
「バーントシェンナ」という色を選びました。 - 色が乾いたあとは、
写真を見ながら鉛筆で下描きをします。 - 描きはじめは慎重です。
どれくらいの筆圧とスピードで、
画面と鉛筆を接していくのか。
どれくらいの印象
(柔らかさや硬さ、細かさや粗さ)で、
人物像を浮かび上がらすのか。
そういうものを描きながら
丁寧にじっくり探っていきます。 - 鉛筆はデッサン用のもので、
画材屋さんで売っている一般的なものです。
5B~6Hくらいを使いわけています。
下地を塗ったパネルは画用紙とはちがい、
鉛筆の色が粉浮きしやすいので、
かための芯の鉛筆を使うことが多いです。 - まだ下描きの段階ですが、
このときに顔の造形や表情を
丁寧に探っていくことはとても大事です。 - 下描きのあと、最初の絵の具によって、
細かな表情は消えてしまいますが、
じぶんの記憶のなかに
「このときの感触がなんとなく残っている」
ということが大事になります。
その感触が、このあと絵の具で
描いていくときの指針になってくれるからです。 - とはいっても、
下描きを全力100%で描きこむわけではありません。
このあと絵の具で描くときに
新鮮味やよろこびを感じにくくなってしまうので、
過不足なく、という感じで進めていきます。
- これで下描き完了です。
- パネルの下地づくりも含めて、
ここまで1週間くらいかかりました。
表情がすこしけわしい気もするのですが、
ここから先は絵の具で描くことにします。
下描きは「探る」のが大事で、
「答え」は出しきらない方がよいのです。
先ほどもいいましたが、下描きの段階で
力を出しすぎないようにしないといけません。
完成までの道のりはまだまだ長いですからね。 - 今回の作品は、
モデルさんを砂浜で撮影した
写真を見ながら描いています。
ぼくはその写真から、
凛とした表情で、風を受けて立っている、
自立した(あるいは自立しようとしている)
印象を受けました。
それはとてもかっこよくて、
ぜひその姿を描きたいと思いました。 - 今回は肩から上を入れた構図ですが、
じつは実物大より
ふた回りくらい大きく描いています。
大きく描くことで、
より微細な造形や表情を伝えたいのと、
リアルなのに明らかに
実物大ではないということで、
絵を見てくださる人から
「ぐらっと揺さぶられるような感覚」
を引き出せたらと考えています。 - そのためにも、
写真を引き伸ばして薄めたような
描きっぷりにならないように、
しっかりと手応えのある、
高密度の画面をつくりたいと思います。 - 次回から、絵の具に入っていきます。
よければまた見に来てください。 - 永瀬武志
(次回につづきます)
2021-02-25-THU