俳優の中井貴一さんは、
デビュー当初からヒット作に出演し、
シリアスからコミカルまで幅広い演技力で
私たちを魅了しつづけてきました。
中井さんはこれまでずっと、
メインロードにいたように見えます。
しかし、どうやらそうじゃないらしい。
じゃないほう」の中井貴一さんと、
糸井重里がお会いして話しました。
さまざまなことがあった俳優人生、
中井さんの演じる芝居はいったい、
どんな場所にあるのでしょうか。

この対談は、
「ほぼ日の學校」でもごらんいただけます。
ときどき演技をまじえて話す
中井貴一さんのいきいきした表情を
ぜひ動画でおたのしみください。
(「ほぼ日の學校」は新規申込の場合、
1ヶ月間無料でごらんいただくことができます)

>中井貴一さんのプロフィール

中井貴一(なかい きいち)

俳優。1961年東京生まれ。
1981年、大学在学中に映画「連合艦隊」でデビュー。
1983年開始の大ヒットテレビドラマ
ふぞろいの林檎たち」の主演をつとめる。
その後、映画「ビルマの竪琴」「壬生義士伝」
大河ドラマ「武田信玄」など話題作に数多く出演し、
日本アカデミー賞最優秀主演男優賞をはじめとする
多くの賞に輝く。
NHK「サラメシ」やミキプルーンのCMでみられる
親しみやすいナレーションや演技も魅力のひとつ。

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第3回 「じゃないほう」にいよう。

中井
ぼくは常に、
無駄なもののほうが大事」と思っています。
この仕事をはじめて
42年ほど経つんですが、
自分が一貫して通してきたポリシーは、
じゃないほう」にいよう、ということでした。
20代の頃、トレンディードラマが流行ったんですが、
ぼくはいちども
トレンディードラマに出たことがないんです。
まぁ、正確には
トレンディーには必要とされなかったのかも
しれませんが(笑)。
糸井
えっ、そうですか? 
そう言われてみれば‥‥。
中井
ふぞろいの林檎たち」だって、
トレンディーの「ト」の字もないですから。

糸井
あのドラマは逆ですね。
中井
はい、あれはまったく逆。
あの頃のドラマって、
春と秋はいわゆる「トレンディー」で、
これをA面とするなら、
夏と冬はB面ドラマ。
糸井
ほお、そうだったんだ。
中井
いまは違うと思いますが、あの頃は、
局制作がA面で、
B面ドラマは制作会社が作っていました。
当時のぼくは、ほとんどB面に
出演させていただいていました。
糸井
そうだったんですか。
中井
そこでぼくは
コメディというものに出会うんです。
B面では、どちらかといえば
なんだかたのしいねぇ」というものを作りたいという
局の意向もあったと思います。
ぼくたちはもちろん、
受動的にお仕事をいただく立場なのですが、
それでも、与えられた枠の中で
喜劇というものを勉強させてもらいました。
糸井
意識的に、ですね。
中井
はい。
だから、そこでも圧倒的に
じゃないほう」なんですよ。

糸井
なるほど。
中井
視聴率もそこそこ取っていましたが、
話題になるのはどうしても
A面ドラマです。
B面は「うんうん、見てた見てた」、
そんな感じだった。
けっこうがんばったんだけどな」
なんて思いながら
みなさんの感想を聞いていました。
大きな波に乗っていくということも、
商売的には必要です。
しかし「じゃないところ」は、
やっとかなきゃいけないんです。
なぜなら、もし大波が崩れることがあったら、
必要になるからです。
糸井
中井さんは
じゃないほう」かもしれないけど、
陰」ではありませんよね。
そこがおもしろいと思います。
中井
ああ、そうかもしれないです。
それ、じつは意識してて。
糸井
ああ、そうなんだ。
中井
ぼくは、
(遠慮がちに)いいっす、いいっす」
というふうには
言っちゃいけないと思っています。
じゃないところ」に
ぼくたちがいる価値というのは、
このおもしろさをみなさんにお渡しする
立場でいなきゃいけない」
というところにあります。
もしぼくが陰にいてしまうと、
ここの良さってこういうところなんだよね」と
言えなくなってしまいます。
糸井
つまり、価値を配れなくなるんですね。
中井
そうなんです。
だから、もう少し考えを進めると、
どういうバランスを取ってやるか」が、
とっても大事になってきます。
だから、例えば、
何かを独り占めにする」なんていうことには、
なんの興味もないです。

糸井
はい、よくわかります。
中井
自分たちがやってることを、
みなさんによろこんでもらう、
ただそれだけです。
糸井
そうそう。そうだね。
中井
これが、ぼくらがこの仕事をやっている、
いわば、プライドです。
社会的ポジションとは低くてけっこうですが、
そこにプライドを持ってるんだ
ということしか、自分にはありません。
ですから、表側の日が当たる
あそこ空いてるよね」というところに
わざわざ家を建てない、
陰でもいかに工夫して住みやすい家を建てるか、
という気持ちが、じつは自分には
強くあったと思います。
糸井
それは、山、谷、というよりも
色が違うというか‥‥
ステレオサウンドみたいなもんですね。
中井
笑)なんですか、それ。
糸井
いや(笑)、あのね、
スピーカーって左右両側にあるじゃないですか。
LとRで立体的に聞こえます。
それは光と闇というわけではありません。
若い頃なんて、とくに、
闇の側に行ったほうが、
リアリティがあるな」なんて
ちょっと思いがちなんですよねぇ。
あいつら、ああやってるけど、
ほんとはこういう裏側があるんだよ」
なんて思いたい。
でも近頃ぼくはどうもそれは怪しいと思ってて。

中井
はい、はい。
糸井
闇を選んで見にいったら自分が闇になってしまった」
という例も、たくさん見てきました。
その意味ではやっぱり、「じゃないほう」を、
衆人環視の前でやりたいですよね。
中井
うん、まさにそうですね。
糸井
昔は「スター」という言葉で、
ひとりの個人が光を浴びて
注目されていました。
下積み」と「スター」には距離があったし、
人の道のたとえ話にも
よくその構図が使われていたと思います。
でもいまは、
例えばサッカーなんかでも、
試合に出る11人ではなく、
メンバーは26人」という言い方をします。
ひとりのスターではなしえないことが、
チームならできると、みんなが知っています。
日あたりや水はけの良さは
個人ではなく大勢で作るものになってきています。
お前より俺のほうが優れている」
という競争をいくらしても、消耗するだけです。
昔、「じゃないほう」の道を取る場合は、
変わり者」になっていくしかありませんでした。
でも、いまはみんなが見てるところで、
これをやってるぞ」と、
得意で重要な役割を果たすことができます。
ロールモデルが個人ではなく
チームの側になっている時代だからこそ、
ぼくはこれまで、自分の仕事を
飽きないでやれたような気がしています。
中井
なるほど、そうですね。

明日につづきます)

写真 小川拓洋

2023-04-07-FRI

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  • リーディングドラマ
    終わった人』

    内館牧子さん原作の小説『終わった人』の朗読劇に
    中井貴一さんが出演します。
    キムラ緑子さんと中井さん、おふたりによる朗読です。
    定年を迎える頃って、ほんとうに終焉期なのか?
    泣いたり笑ったりの大人気小説が、
    おふたりによってどのような窯変を見せるのでしょう。
    東京・草月ホールでの公演は
    2023年8月31日(木)~9月3日(日)の予定。
    くわしい情報はこちらからごらんください。


    今回の中井貴一さんと糸井重里の対談は
    ほぼ日の學校」で動画で配信しています。
    ときどき演技をまじえて話す中井貴一さんの
    いきいきした表情をどうぞおたのしみください。

    「ほぼ日の學校」は新規申込の場合、
    1ヶ月間無料でごらんいただくことができます)