
俳優の中井貴一さんは、
デビュー当初からヒット作に出演し、
シリアスからコミカルまで幅広い演技力で
私たちを魅了しつづけてきました。
中井さんはこれまでずっと、
メインロードにいたように見えます。
しかし、どうやらそうじゃないらしい。
「じゃないほう」の中井貴一さんと、
糸井重里がお会いして話しました。
さまざまなことがあった俳優人生、
中井さんの演じる芝居はいったい、
どんな場所にあるのでしょうか。
この対談は、
「ほぼ日の學校」でもごらんいただけます。
ときどき演技をまじえて話す
中井貴一さんのいきいきした表情を
ぜひ動画でおたのしみください。
(「ほぼ日の學校」は新規申込の場合、
1ヶ月間無料でごらんいただくことができます)
中井貴一(なかい きいち)
俳優。1961年東京生まれ。
1981年、大学在学中に映画「連合艦隊」でデビュー。
1983年開始の大ヒットテレビドラマ
「ふぞろいの林檎たち」の主演をつとめる。
その後、映画「ビルマの竪琴」「壬生義士伝」
大河ドラマ「武田信玄」など話題作に数多く出演し、
日本アカデミー賞最優秀主演男優賞をはじめとする
多くの賞に輝く。
NHK「サラメシ」やミキプルーンのCMでみられる
親しみやすいナレーションや演技も魅力のひとつ。
- 中井
- ぼくはコメディの役をいただいたとき、
もっとも大事にするのは
悲劇の部分なんです。
そして、悲劇のお話をいただいたときには、
コメディの部分を必ず作る。
- 糸井
- そうなんですか。
- 中井
- しかしぼくも歳を重ねていき、
若いスタッフがどんどん入ってくる状況にいます。
ものを作るってときに、
「俺の定規あってる?」と
不安になること‥‥糸井さん、ありません?
- 糸井
- それは、いっつも考えてます。
まず最初に考えるくらい、考えてます。
- 中井
- ぼくは30代のときに、脚本を手にして、
「これ、おもしろくないですよ」
と指摘してました。
「おもしろいですか?
ちょっとやってみますけど、
ほら、おもしろくないですよね」
これ、自信を持って現場で言ってたんです。
- 糸井
- 30代の中井さんが。
- 中井
- 自信満々でね。
現場でやってみせて、
「やっぱりおもしろくないけど、
でもまぁ‥‥ちょっとうまくいったな」
と思ってるのに、
「あ、おもしろくないっすね、それ」
とスタッフから言われて、
ちょっと傷つくこともあったんですけど。
- 糸井
- 互いにね(笑)。
- 中井
- ちきしょー、アタマきたなぁ!
- 糸井
- おおいにありますね。
- 中井
- でもこの前、いつものようにぼくが
「これって、おもしろくないですよね」
と言いはじめました。 - 「え、何がですか?」
「何がですかって(笑)、
えっと、これこれこうで、
いまやってみますけど、はい、
ね、これどうですか?」
「え、おもしろくないですか?」
「えっ、これ‥‥おもしろいの?!」
「いや、おもしろいと思いますけど」
「あ、えっ、おもしろい、これ?」
- 糸井
- 妙な緊張感だなぁ(笑)。
- 中井
- そうなってくると、
「あれ? ちょっと待って!
俺の定規が違うのかな?」
みたいな感情が襲ってくるんです。
- 糸井
- いやぁ、今日はもうほんとうに、
いいお話をしていたただいている
気がします(笑)。
- 中井
- ほぼ日でもね、みなさん一応、
「糸井さんどう思います?」
と、訊きにいらっしゃるわけでしょう。
「これはちょっとなぁ、当たんないだろ、これ」
とこれまで言えてたのが、
「当たんない‥‥よな? これ。ちがう?」
- 糸井
- 半疑問に(笑)。
- 中井
- 「当たんな‥‥あた、あた、当たんの?
あ、そう。当たる?」
みたいに、
ちょっとぼやけてくるみたいな感覚です。
そういうこと、ありません?
- 糸井
- あります(笑)。
‥‥でもね、きっと、
ぼくよりも中井さんのほうが、
その場で決定しなければいけないことが
多いんでしょうね。
- 中井
- ああ、そうかもしれません。
- 糸井
- 役者さんは、現場でドラマを撮ってますから。
ぼくは、先のほうで直しながらやれる
商売をしてるんです。
だから「おもしろいうんぬん」も、
わかんないままに、
ちょっと先まで行ってみたりできるんです。
- 中井
- ははははは。
そうですか、いいなぁ。
- 糸井
- 超スタッフワークですし、
もっと言えば、
いちばんの醍醐味は、
ルールそのものを変えちゃうこと
だったりするんですよ。 - 「こうしてたけど、やめて、こっちにしよう」
ということさえあるわけで。
映画撮ってるときには、そんなこと、
できないですよね。 - ぼくの場合は、
「君もどうやらわかってないってことは、
俺にわかるぞ。
俺も、それを言うほどには
わかってないぞ。
さて、どうしよう?」
そんなふうに一緒に悩みながら、
多少でも踏み出してみたら、
風向きが変わるかもしれない、
というようなことを積み重ねていけるんです。
- 中井
- いいなぁ‥‥。
- 糸井
- それはそれでたのしいです。
そのかわり、もやもやは取れません。
答えがわかんないままに、
毎日生きています。
- 中井
- それもしんどいですね。
- 糸井
- そう、これはこれで、しんどいんです。
夜寝てても、つい起きちゃう。
でも、おもしろい。 - いま世の中、いろんなことが混ざっていく、
そんな時代です。
中井さんの世界だと、
映画で作ってたけどNetflix独占にしちゃおうか、
というようなこともあり得る時代ですよね。
- 中井
- ええ、あります。
- 糸井
- いったんお蔵入りにしたり、
撮り溜めておいて復活させたり、
役者さんがプロデューサー的な動きをしたり。
答えのわからない話に、
現場の悩みを変換させていくこともできます。
ぼくはぼくで、
「早く片づけて次のことやりたいから、
7割5分のものを作っちゃおう」
ということも、できたりします。
- 中井
- なるほど。
いまはいろんなものさしが
混じり合っていく時代なんですね。
ぼくたち俳優は、
引退や定年がない商売だと、よく言われます。
でも、先輩と仕事でご一緒したときに、
立て板に水の如くセリフを口にしていた方が、
「ちょっとごめん、なんだっけ?」
とおっしゃることがあります。 - はたして自分がそうなったとき、
それに耐えられるのか。
いままでできていたことが、
できなくなっていくことに。
ぼくたちの場合、体は楽器です。
この楽器の響きがなくなったとき、どうなるか。
それを「よし」として前に進めるのかどうかを、
還暦を過ぎたいま、感じています。 - ぼくは、エンターテインメントというものは、
やっぱり若い世代のものだと思っています。
でも、もしぼくらが潔く定年で引退した場合、
下の世代の後輩が「息子」「娘」役が
できなくなってしまうんですよ。
いま80代の先輩が現役でいてくださるから、
ぼくはまだドラマの中で
「お母さん」といって、息子ができているんです。
- 糸井
- そうですよね。
- 中井
- そう考えると、未来の60代の後輩に
息子役をやらせるために残って、
醜態を晒してでも現役でいるべきなのか、
それともきれいさっぱりと、
すぽんと辞めたほうがいいのか。
どちらにせよどこかで自分たちは、
サポートに回らなきゃいけないときが来ます。
糸井さんも、組織づくりのなかで、
それは意識されているのではないでしょうか。
- 糸井
- それは、思います。
もしぼくの「ものさし」があるとすれば、
「あれ、使ってた時代あったね」って、
いつか笑われたいです。 - カマキリが交尾しながら食われていく、という
話がありますよね。
そのオスの気持ち、
「かわいそうに」という文脈でも語られますが、
「最高かもしれない」というふうに思うんです。 - よく言われることだけど、これは、
自分ひとりで食べるおいしいごはんと、
みんなで食べるごはんの違いです。
自分がおいしいのと、
向こう側の人たちがおいしがってるのを見るのと、
どっちがおいしいか。
歳を取った大人はみんな口を揃えて、
「みんながおいしそうにしてるのがいい」と言う。
それ、ほんとだと思います。
かといって、自分が
まずいものをおごるのはイヤだ。
そのあたりのところにぼくはいて、しかも、
その期間が、
めちゃくちゃ長いんじゃないかと思います。
自分があんまりものを食べられなくなったとしても、
それは醜態とかなんかじゃなくて、
その「役まわり」をやっているわけです。
死んだとか、引退とか、
思う必要はないんじゃないかなと、
このごろは考えています。
(明日につづきます)
写真 小川拓洋
2023-04-08-SAT
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リーディングドラマ
『終わった人』内館牧子さん原作の小説『終わった人』の朗読劇に
中井貴一さんが出演します。
キムラ緑子さんと中井さん、おふたりによる朗読です。
定年を迎える頃って、ほんとうに終焉期なのか?
泣いたり笑ったりの大人気小説が、
おふたりによってどのような窯変を見せるのでしょう。
東京・草月ホールでの公演は
2023年8月31日(木)~9月3日(日)の予定。
くわしい情報はこちらからごらんください。
今回の中井貴一さんと糸井重里の対談は
「ほぼ日の學校」で動画で配信しています。
ときどき演技をまじえて話す中井貴一さんの
いきいきした表情をどうぞおたのしみください。(「ほぼ日の學校」は新規申込の場合、
1ヶ月間無料でごらんいただくことができます)