俳優の中井貴一さんは、
デビュー当初からヒット作に出演し、
シリアスからコミカルまで幅広い演技力で
私たちを魅了しつづけてきました。
中井さんはこれまでずっと、
メインロードにいたように見えます。
しかし、どうやらそうじゃないらしい。
じゃないほう」の中井貴一さんと、
糸井重里がお会いして話しました。
さまざまなことがあった俳優人生、
中井さんの演じる芝居はいったい、
どんな場所にあるのでしょうか。

この対談は、
「ほぼ日の學校」でもごらんいただけます。
ときどき演技をまじえて話す
中井貴一さんのいきいきした表情を
ぜひ動画でおたのしみください。
(「ほぼ日の學校」は新規申込の場合、
1ヶ月間無料でごらんいただくことができます)

>中井貴一さんのプロフィール

中井貴一(なかい きいち)

俳優。1961年東京生まれ。
1981年、大学在学中に映画「連合艦隊」でデビュー。
1983年開始の大ヒットテレビドラマ
ふぞろいの林檎たち」の主演をつとめる。
その後、映画「ビルマの竪琴」「壬生義士伝」
大河ドラマ「武田信玄」など話題作に数多く出演し、
日本アカデミー賞最優秀主演男優賞をはじめとする
多くの賞に輝く。
NHK「サラメシ」やミキプルーンのCMでみられる
親しみやすいナレーションや演技も魅力のひとつ。

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第7回 天秤にかけない。

糸井
ほぼ日で、新しいスタッフを採用するときに、
いい人募集」というタイトルで
募集したことがあるんですよ。
中井
いい人募集」ですか。
糸井
言ってみれば、苦肉の策です。
こういう人が欲しい」と、
箇条書きであげることはできますが、
条件や能力を増やしていくよりも、
あいつ、いいやつだよね」
と言われる人が一緒に働いてくれると、
やっぱり、ありがたいんですよ。
いま、この場にも、
その募集で入った人がいるんじゃないかな?
中井
ああ、みなさん、
いい人団」なんですね、
でもちょっと、手を挙げにくいですよね(笑)。
ほぼ日乗組員
すみません、私です。
糸井
ああ、あの人。
中井
いい人募集」という枠で、
応募する勇気ってすごいです。
ほぼ日乗組員
いえ、いい人だから応募しようとは、
意識してなかったです。
中井
それよりも「ほぼ日」に行きたい、
という気持ちが?
ほぼ日乗組員
そっちのほうです。
中井
ああ、なるほど。
よかったです(笑)。
糸井
よかった(笑)。
たぶん、みんなそうだと思います。
私はいい人だ」と思って応募するんじゃなくて、
いい人がほしい」という気持ちに
呼応しているんですね。
あちらにいるスタッフは、
ほぼ日と横浜ベイスターズのふたつを受けて、
こっちが先に決まったんで、
こっちに来たって言ってました。
ほんとうは大ファンのベイスターズに
行きたかったんだろうけど。

中井
でもその、
先に決まったほうに行くという、
その姿勢がえらいです。
糸井
いい人でしょうか。
中井
いい人です。
もうまさに、いい人じゃないですか。
このあいだね、ぼくも、
あるお仕事をいただいたんです。
ぜひ中井さんでやってもらいたいです」と。
そしたら、その2週間後ぐらいに、
また別のお話をいただきました。
同じ撮影時期で、
そちらもとってもいいお話で、
悩みましたが、ぼくはやっぱり、
先に声をかけていただいたほうを取りました。
糸井
ベイスターズと同じですね。
中井
はい。
これは、ぼくは42年間、
やり続けてきたことなんですよ。
先にいただいた仕事を優先する」
両天秤をかけない」
両方をやらない」
これね、たぶん、
すっごい損してると思うんですよ(笑)。

糸井
はははは。
中井
だって実際に、ぼくに来てた話が
大ヒットしたってことも、たくさんあるので。
糸井
ぷっ(笑)。
中井
だから、あの‥‥やっときゃよかったって。
糸井
わははははははは。
中井
損してるなぁって、思うところはあるんですが、
損をしたから、いまやれているとも、
思っています。
あのとき得なほうを取っていたら?」
それは、わかんないです。
もっとよくなってるかもしれない。
でもいま、
これだけ仕事をやらせてもらっているのは、
自分の選択のおかげだと思います。
間違いじゃなかった、良かったんじゃないか、と、
思おうとしています。
糸井
後悔みたいなものは、あんまりないですね。
中井
ないです。
糸井
だからいいんじゃないでしょうか。
中井
はい。
糸井
後悔があったらと、きっと揺れますよね。
中井
あのね、瞬間は、後悔するんです。

糸井
わははは、なるほど。
中井
‥‥やっときゃよかったぁ! 」
というのはあるんですけど、
でも、これが俺の人生なんだと思います。
じゃないほう」に、
ずっと来てしまった、自分の人生です。
それが自分の、
人としての価値なんだとも思っています。
分(ぶん)というものがあるなら、
これが自分の分なんだなと思います。
糸井
ぼくも中井さんと同じようなところがあって、
天秤にかける」というのは、ないです。
やると決めたから、ということで
進んでいきます。
そうしていたほうが、
やっぱり気持ちがいいんですよね。
中井
そうですね。
糸井
あっちのほうがよかったよなぁ」
と思うタイプの人の悩みって、
俺より深いんじゃないかなと思ってしまう。
中井
そうかもしれませんね。
糸井
その都度「当たったか外れたか」を
考え続けるって、
けっこう心に痛いのではないでしょうか。
ぼくは、あみだくじ論なんですよ。
中井
あみだくじですか。
糸井
あみだくじって、曲がります。
必ず曲がらなきゃいけません。
曲がんなきゃよかった」
というのは、ないんで。
中井
そうですね、マストですもんね。
糸井
で、当たりや外れは、
スタートした時点ですでに決まってるんですね。
選んだら、あとはたどっていくだけなんです。
だから後悔してもしょうがないんです。
プレゼンテーションで選ばれるための仕事が、
たまにあるんですけれども、
やっぱり好きじゃないです。
一緒に失敗しようよ」と言われたほうがうれしい。
中井
ぼくもそうなんですよ。
昔ね、
中井さんに、この役をやってもらいたいんですよ」
とオファーがありました。
わかりました、やらせていただきます」
とお受けして、しばらく経って、
すみません、台本が変わって、
中井さんにお願いしていた役が
ちょっと小さく(出番等が少ない)なっちゃったんで、
別の役をお願いします」
ということになったんです。
おそらく彼らはとても気を使って、
そう言ってくださったんです。
でもぼくとしては、
小さくなったけど、
この役は中井さんなんですよ」
と言ってくださったほうがうれしかった。
その話は結局、お断りしました。
この役が小さくなっても、あなたが欲しい」
と言われていたいという部分が、
ぼくにはすごく強くあるんです。

糸井
いやぁ、それはきっと、
お断りになって良かったですね。
大きめだけれども不本意」を選んだら、
それはそれできっと努力をしたでしょうけど、
悩みは出ますよね。
中井
そうでしょうね。
悩むでしょうし、
やったあとの自分の気持ちがどうなるのか、
想像つきませんでした。
俺は何でもできるんだぜ」と思うのか、
やっぱりあっちの役をやっておきたかったな」
と思うのか。

明日につづきます)

写真 小川拓洋

2023-04-11-TUE

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  • リーディングドラマ
    終わった人』

    内館牧子さん原作の小説『終わった人』の朗読劇に
    中井貴一さんが出演します。
    キムラ緑子さんと中井さん、おふたりによる朗読です。
    定年を迎える頃って、ほんとうに終焉期なのか?
    泣いたり笑ったりの大人気小説が、
    おふたりによってどのような窯変を見せるのでしょう。
    東京・草月ホールでの公演は
    2023年8月31日(木)~9月3日(日)の予定。
    くわしい情報はこちらからごらんください。


    今回の中井貴一さんと糸井重里の対談は
    ほぼ日の學校」で動画で配信しています。
    ときどき演技をまじえて話す中井貴一さんの
    いきいきした表情をどうぞおたのしみください。

    「ほぼ日の學校」は新規申込の場合、
    1ヶ月間無料でごらんいただくことができます)