渋谷PARCO「ほぼ日曜日」で、
不定期に行う対談の最初のゲストに、
糸井重里がお呼びしたのは、小泉今日子さんでした。
この対談の会の通しテーマは
「わたしの、中の人。」です。
わたしたちがテレビの画面や舞台でふれる
トップスターの小泉今日子さんの中に、
もうひとりの本当の小泉さんがいます。
知らなかったその人が、赤い椅子に腰かけて、
お話ししてくれました。
小泉さんのまわりにいつもいた、
光る星のような、遠くなく近くない、
あたたかくクールな人びとがたくさん登場します。

写真 小川拓洋

>小泉今日子さんのプロフィール

小泉今日子 プロフィール画像 photo ©︎今井裕治

小泉今日子(こいずみ きょうこ)

1966年生まれ。
1982年歌手としてデビュー。
同時に映画やテレビドラマなどで女優業も開始。
エッセイや書評など執筆家としても活動している。
2015年には自らが代表を務める
「株式会社明後日」を設立。
プロデューサーとして舞台演劇や音楽イベントなどの
企画、制作に従事。
また、映画制作プロダクション
新世界合同会社」のメンバーとして
2020年晩夏に公開予定の外山文治監督「ソワレ」に
アソシエイトプロデューサーとして参加している。

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第4回

小泉さんはぼくの先生だった。

糸井
小泉さんちが一家離散したときに、
「お父さんのところ」と「お母さんのところ」
「自分ひとりで住んでるところ」
3つの家があって、
それぞれ3か所全部に
自分の場所があったと話してくれましたよね。
小泉
うん、そうでした。
糸井
それってめずらしいケースだと思うんだよ。
小泉
そうですねぇ。
最初は、父親が
債権者の人たちと話が済むまで、
ということで。
糸井
債権者。
小泉
そう(笑)、債権者という言葉を
そのころ覚えました。
漢字が分かんないから、
すごく怖い漢字をあててたんです、
もう忘れちゃったけど(笑)。
それで、女4人で、まずアパートに
ちょっと身を隠すみたいな感じになりまして。
ま、それは「夜逃げ」っていうんですけどね。
糸井
はい。いわゆる夜逃げ。
お母さんと、お姉ちゃんふたりと。

小泉
小っちゃいアパートの部屋に4人で
布団ならべて寝てました。
そのうち父がいろいろクリアにして、
「もとの家に戻れるよ」となったときに、他の3人が
「え、あたし戻んないよ」
と言い出したんです。
「え、なんで?」
「ここのほうが学校近いし」
「バイト近いし」
お母さんも
「わたしも働きだしたから、こっちのほうがいいし」
と言い出して。
糸井
3人は安定しはじめちゃったんだね。
小泉
そうなんですよね。
わたしは「ん?」ってなった。
向こうの家のほうがわたしは学校が近いし、
父親ひとりもかわいそうだし、
「じゃあわたしが」みたいな感じで、
戻ったんですよ。
糸井
いい子だ(笑)。
小泉
でも、ふたり暮らし、すごくたのしくて。
ふたりと猫ね(笑)。
だけど原宿とかに遊びにいって帰りが遅くなると、
駅からは母親の家のほうが近いんです。
1階でスナックやって2階が住居だったんですけど、
「面倒くさいからここに泊めて」つって、
下でおじさんたちと母がカラオケ歌ってるのを
聴きながら寝る、というのもやってました。
糸井
だから、いろんなところに自分の居場所があった。
小泉
そう。
でも、お父さんとの暮らしはほんとうに
たのしかったです。
糸井
前に、小泉さんから
「お父さんは何考えてるんだか分かんなくて、
いつもゴロゴロしてた」
って聞いてたね。
学校サボって行くとこがないと、
お父さんのところに戻って時間つぶしてた、と。
小泉
そうそう。
父はすごく寛容な人でね。
中学行って、
「もう、おなかすいたし家帰りたい」
といって家に戻ると、父がいました。
失業してたからね。
「あ、なんだ。帰ってきたの。なんか食べる?」
「あ、食べる」
学校抜けだしてきてるのにぜんぜん怒らないで、
ふたりでゴハン食べながら
テレビで『笑ってる場合ですよ!』とか観てた。
食べ終わってちょっとしたら、
「じゃ、戻るわ」といってまた学校へ(笑)。
糸井
いいなぁ。

小泉
学校サボって友達と
ファミレスに行ったこともありまして。
そこに父親がいて、仕事関係の人と話してたんです。
「あ、あれは父親だなぁ‥‥目、合ったな」
と思ったけど、そのとき父は無視したんですよ。
「あ、いいんだ。許されてんのかな」
と思って家に帰って、
「いたよね?」
と言ってみると、父が
「いたよ。お金持ってたの?」
糸井
なるほど。
小泉
そんな人でしたね。
お姉さんたちも、
街ですれちがっても声はかけない。
こっちも友達といて向こうも友達といるから。
目、一回合うんだけど、
絶対声かけない、お互いに(笑)。
糸井
「ひとりでいる」ということを、
家族みんながそれぞれ大事にしてる感じ?
小泉
そうですね。
「みんなで一致団結する」
みたいなこともないんだけど、
嫌ってもいない。
心地いい人たちだな、という感覚は、
それぞれ持ってる。
糸井
よく炊けたゴハンみたいな(笑)。
小泉
ゴハン?
糸井
米粒がひとつひとつ離れてるんだけど、
くっついてる、みたいなさ。
小泉
(笑)
糸井
ぼくがその、
お父さんと小泉さんが
なかよくサボった話を聞いたときって、
いつくらいだったかなぁ。
小泉
わたしが20代後半ぐらいかな。
糸井
小泉さんはね、ぼくの先生だったのよ。
小泉
(笑)
糸井
自分の娘を育てるときに、
心配な時期というのが、ぼくはぼくであったから、
「その話、教えて」と聞かせてもらったことを
憶えています。
自分が父親としてどうするのがいいのか、
まぁ、満足にふつうの家庭を保ってる人だったら
ちがうでしょうけど、そうはいかないわけで。
「娘のほうはどう見てるんだろう」
ということを、何かの仕事で一緒になったとき、
訊いたんです。
そしたら小泉さんは
「たのしかったよ」って、教えてくれた。
小泉
そう。
お父さんとの時間、ほかの家族、
「すごいたのしかったよ」って。
糸井
その「たのしかったよ」が、
ほかの人たちの価値観と
違うところにあることも分かった。
小泉さんちは、家族それぞれがいきいきと生きて、
平気で「たのしかったよ」と言えてた。
いまから振り返ってみても、
とてもすてきですね。
小泉
うん、そうですね。

(明日につづきます)

2020-06-09-TUE

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