渋谷PARCO「ほぼ日曜日」で、
不定期に行う対談の最初のゲストに、
糸井重里がお呼びしたのは、小泉今日子さんでした。
この対談の会の通しテーマは
「わたしの、中の人。」です。
わたしたちがテレビの画面や舞台でふれる
トップスターの小泉今日子さんの中に、
もうひとりの本当の小泉さんがいます。
知らなかったその人が、赤い椅子に腰かけて、
お話ししてくれました。
小泉さんのまわりにいつもいた、
光る星のような、遠くなく近くない、
あたたかくクールな人びとがたくさん登場します。
写真 小川拓洋
第5回
自分を好きでいられること。
- 糸井
- お父さんが負債をかかえて、
家族はバラバラに住んでるけど、
たのしかったんだね。
- 小泉
- 「うわ、こんなふうにわたしの身にも、
おもしろいことが立てつづけに起こるんだな」
というたのしみが強かったんです。
- 糸井
- 中学生だし、
落ち込んでもおかしくないかもしれないけども。
- 小泉
- 学校に行ったら、男の子とかに
「お前んち、倒産したんだって」
みたいなこと言われるじゃないですか。
- 糸井
- あ、言うんだ。
- 小泉
- 言われる言われる。
「あ? したけど、
なんかアンタに関係あったっけ?」
みたいな感じで返しました。
でも、それに対してもね、
「みんな訊けない中で、言ってくれる人がいると、
一回で済むじゃん、あの子も気持ちいいよね」
みたいに思ってたと思う。
- 糸井
- でもさ、そういうのって、
たいていはどこかで負けちゃうんじゃないのかな。
平らな視線でそのまま返せるって
なかなかできないし、
誰かが教えてくれたわけでもないでしょう。
- 小泉
- そうですね、うーん‥‥。
- 糸井
- ぼくは小泉さんを見ていて、
すごい負けず嫌いだとは思わないのよ。
- 小泉
- ええ、ちがいますね。
- 糸井
- 流れるとこは流します、みたいなところもある。
小泉さんの気持ちの強さって、
どこにあったんだろう?
- 小泉
- きっとわたしは、中学生のその時点に至るまでに、
場面場面で、親に教わったことがたくさん
あったんだろうなとは思います。
一緒に電車に乗ってどこかに出かけたら、
その電車でどこに立つべきかとか、
厳しく言われたことがいっぱいあった気がする。
例えば、学校帰りにみんなで買い食いしてて。
- 糸井
- ええ、買い食い。
- 小泉
- アイス買って、みんなで食べながら歩くんです。
そういうのも、親からは
「べつに買ってもいいけど、
どっかで座って食べてくんない?」
みたいに言われてました。
「もしお母さん、あなたが歩きながら
アイス食べてるのとすれ違ったら、
こっちが車に乗っていようが何をしてようが、
あんたが誰といようが、行ってひっぱたくからね」
と言われてました。
- 糸井
- そうなんだ。はぁぁぁ‥‥!
- 小泉
- 近所に体の弱い子がいて、
その子がケガしちゃったりしたら、
「毎朝迎えにいって、カバン持ってやれ」
とか、けっこう言われてた。
転校生が来たときはね、
前日に「近くに引っ越してきました○○です」と
お母さんが挨拶に来られるでしょ。
「お子さん、いらっしゃるの? 何年生?」
と訊いて、わたしと同じだったら、
「朝そこの家にピンポンって行って、
一緒に学校に連れてってあげろ」
とか、言われてたかも。
- 糸井
- すごいね。
学校で教わる勉強は、
それはそれで重要だけれども、
思えば人が人として生きていくときに、
何が大事かということは、
親や友達から学んだりすることが多い。
しかもそれって、あとで活きてくるね。
- 小泉
- そうですねぇ。
- 糸井
- なんというか、
「自分を好きでいられること」
といえばいいのかな。
- 小泉
- ああ、そうです、
思い出すとそうですね。
- 糸井
- そうなんだよ、
「自分を好きでいられること」
教わったのは、そればっかりだよね。
- 小泉
- わけもわからずやってたけど、
思い出すと、
あれは好きになれる行動だと、
あとから自分で思える感じ。
それには感謝してます。
- 糸井
- しかもそれをいまこうして思い出せるわけだから、
大きいことだったんだよ。
お母さんに言われたときに、子どもながらに
「そうか」と思ったんだろうね。
- 小泉
- ね。
- 糸井
- つまんないことじゃないんだよ、
「世間の目があるから」とかじゃない。
- 小泉
- 「世間の目」は言われなかったですね。
それはもう、言われてないなぁ。
- 糸井
- 価値観を世間に揃えなきゃいけないところで、
みんなけっこう
汲々とするんじゃないかな。
- 小泉
- そういうことは決して言われなかったんだけど‥‥
例えば、子どもたちのあいだで
流行っちゃうものってあるでしょ?
みんなが持ってるからわたしも欲しかったりする。
だけど、
「もう一回、よく見てみなよ。
ホントにこれカッコいいと思ってる?」
と言われたり。
- 糸井
- 逆にね。
- 小泉
- 「みんな持ってるし‥‥」
「みんな持ってるんだったら、
なんの個性もなくない?」
そういうことはけっこう言われたかもしれないな。
- 糸井
- お母さんって、娘である小泉さんに、
カッコいい服をいっぱい着せたんだよね?
- 小泉
- そうなんですよ。
姉たちは自我が強いから、
自分の好きなものを選ぶんだけど、
わたしはけっこう自分はどうでもよくて、
着せ替え人形にされてました。
- 糸井
- 小泉さんのすごみって、
そのあたりにあると思うんですよ。
ときどきぜんぜん自分をなくしちゃって
「じゃあ、それ着る」って平気で着るし、似合う。
同時に、やりたくないことは絶対しない。
そこの振れ幅がすごいんです。
(明日につづきます)
2020-06-10-WED