渋谷PARCO「ほぼ日曜日」で、
不定期に行う対談の最初のゲストに、
糸井重里がお呼びしたのは、小泉今日子さんでした。
この対談の会の通しテーマは
「わたしの、中の人。」です。
わたしたちがテレビの画面や舞台でふれる
トップスターの小泉今日子さんの中に、
もうひとりの本当の小泉さんがいます。
知らなかったその人が、赤い椅子に腰かけて、
お話ししてくれました。
小泉さんのまわりにいつもいた、
光る星のような、遠くなく近くない、
あたたかくクールな人びとがたくさん登場します。
写真 小川拓洋
第7回
選ぶことは運命だ。
- 糸井
- 読む本はいつもどうやって選んでたの?
- 小泉
- 収録のあいまに時間ができたら
「ちょっと30分、本屋さんに」
といって、テレビ局の近くの本屋さんに行きました。
通路を歩きながら棚を見ていくと、
「この人、名前は聞いたことあるけど読んでないな」
という背表紙を見つけて、
まずはそんなふうに純文学をバーっと買って
読んだりしてました。
それまで学校でやってた勉強より、
こういうほうがわたしはずっとたのしかった。
例えば、つながっていなかったことが
本を読むことでつながっていくんです。
「向田邦子‥‥『寺内貫太郎一家』の
脚本を書いた人なんだ。これはその人の本なんだ」
そういう発見が本屋さんにいっぱいありました。
- 糸井
- それは絶対に、高校では教わらないよね。
- 小泉
- そうなんです。
テレビはよく観てても、子どもだったから、
誰が脚本を書いてるかとか意識したことなくて。
だけど本屋さんで、
「あのドラマを書いてる同じ人が
こういう小説も書いているのか。
というより、脚本を書く人がいるのだ、ドラマにも」
みたいなことがそもそもわかる(笑)。
- 糸井
- うん。
本ってさ、
背表紙を眺めてるだけでもすばらしいよね。
- 小泉
- そうですよね。
- 糸井
- ネットで探すのもいいけど、
本屋さんの空間で出会う本は、
なんていうんだろう、
けっこう存在が大きいね。
- 小泉
- 絶対、そうですよ。
だって、本を選ぶことは運命だから。
「この本を買おう」という
目的がある場合はいいけど、
背表紙でタイトル見て「気になる」と買った本は
自分にとって運命の本だったりする。
それ、可能性がすごく高い。
- 糸井
- ある。
可能性どころか、絶対あるでしょ。
- 小泉
- 絶対ある。
- 糸井
- それはおそらく、
本屋さんのあの棚で並んでるところで、
「俺が探したぞ」という感じ?
- 小泉
- そう、ホントに。そう。
- 糸井
- 宝探ししてるんだよね。
自己プロデュースを17歳からやっていた
小泉今日子としては、
書店の時間はけっこう重要ですね。
- 小泉
- 本屋さん、あとレコード屋さんも。
- 糸井
- ああ、レコードもそうだね。
- 小泉
- 六本木にWAVEというレコード屋さんがありました。
そこが大好きで、よく行ってたな。
本屋さんはえーっと、ABCだっけ?
- 糸井
- 青山ブックセンターですね。
- 小泉
- いつも青山ブックセンターとWAVEが
ワンセットでした。
青山ブックセンターは夜中までやってたから、
仕事が終わってからでも行けるんです。
まずはWAVEの閉店まぎわの時間に行って、
いろんな階でレコードを、
当時はCDじゃなくてレコードね、
バババババババーって見て、
DVDはまだなくてレーザーディスクをね、
ババババババババーって見て、
「ん? この写真は気になるな」
といって手に取る。
- 糸井
- 勘だよね。
- 小泉
- そう。
「ん?」と思ったもののなかに、
幼い頃たまたま観て
頭に残ってる映画が混じったりするんです。
「ああ、これはたしか観たな。
へぇ、トリュフォーっていう人が撮ったんだ。
この役の人はジャンヌ・モローだったんだね」
と、自分の中からも発掘されていく。
当時はそういうことがいちばんたのしかったです。
- 糸井
- 高校をやめた小泉さんが、
「こういう本がある」「こういうレコードがある」
と語る、その言葉の集まりは、
高校の友達といっしょに教室にいたら、
出てこなかったかもしれないね。
- 小泉
- きっとなかったですね。
- 糸井
- 同じアイドル仲間の子たちとしゃべるのも、
ラブ話と芸能の話、アンドモア、
みたいな感じのところで、
それはそれでたのしいわけですよ。
- 小泉
- うん、うんうん。
- 糸井
- 学校の教室で友達と、
おたがいタッチして遊ぶたのしさは、絶対にある。
けれどそこではなかなか
ジャンヌ・モローには出会わない。
- 小泉
- そうですよねぇ。
しかもそのジャンヌ・モローが、
えーとね、いまから何年前でしょうか、
黒沢清監督と仕事したときのことです、
(<編集部註>WOWOWドラマ「贖罪」)
最初の衣装合わせで、
監督がいくつかキーワードをくれたんですよ。
そのときわたしが
「それって、ジャンヌ・モロー?」
と言ったら
「そういうことです」と応えてくださって、
ジャンヌ・モロー、やっときた!
と思いました(笑)。
- 糸井
- うれしいね。
- 小泉
- うれしかった。
そんなふうに、幼い頃の出来事を
本やビデオが過去からいまにつないでくれて、
グッと飛んできたりする。
- 糸井
- 監督もうれしいと思うよ。
通じるし、そこから話も早くなるからね。
黒沢清さんはいろんな歴史のある監督ですし、
小泉さんにとっては先輩ですよね。
そういう、前を歩く人のお尻に
つかまりながら歩くのも
小泉さんはずいぶん上手だなぁと思っています。
たとえば小暮徹さんもそうだよね。
- 小泉
- 小暮徹さん、こぐれひでこさんご夫妻の家には、
18、9ぐらいから、いつも遊びに行ってました。
古いレコードがいっぱいあって、かけてくれて。
難しそうな本を棚からとって
「今日子ちゃんなら、これ読めるかもね」
なんていってガルシア・マルケスを貸してくれたり。
- 糸井
- いいね。
- 小泉
- あと、糸井さんもそうだけど、
ゴダールなんかのヌーヴェルバーグ映画を
まさにリアルタイムで観ている世代でしょう。
- 糸井
- そうだね。
- 小泉
- 小暮さんたちからそういう話を聞くのも
すごくおもしろかった。
「学生運動のときには
こういう言葉がはやったんだよ」
みたいなことを教えてもらうと、
自分がまた、宝探ししてるみたいに感じて。
- 糸井
- 小暮さんとこぐれさん、あのご夫婦は、
フランスに行っちゃってるもんね。
- 小泉
- そう。教員免許とってから、おふたりで。
- 糸井
- 先生の免許とってから、
カメラマンの助手としてフランスに行って、
帰ってきた人だよね。
そこに、ませた子どもが
「よく分かんないけど、全部教えて」
みたいに来るわけでしょう?
- 小泉
- そう、キラッキラ目を輝かして(笑)。
- 糸井
- かわいいだろうね、それはもう。
- 小泉
- ホントに「家族ごっこ」をしてて、
よく3人で旅もしました。
ご夫妻はパリにお部屋を持ってて、
そこに一緒に行って、
「朝はわたしがクロワッサン買ってくる!」
なんていって
「はじめてのおつかい」みたいにしたり(笑)。
ひでこさんはとても気持ちのいい人だから、
パリ滞在中、ゴハンのお金を
全部出してくれちゃってて。
わたしはいちばん若いし、子どものフリしてるし。
でも最終日にレストランで、
「ここはわたしが払います」って伝えたら、
徹さんは「いいよ、いいよ」と言ったんだけど、
ひでこさんが
「徹くん。この人は払いたいのかもしれない」
って、止めてくれたりする。
- 糸井
- いいね。そのとおりだよ、うん。
払いたいんだよね。
- 小泉
- そう。
- 糸井
- その日を待ってたんだよね。
- 小泉
- うん。
(明日につづきます)
2020-06-12-FRI