胸のすくような気持ちのいい解説で、
俳句のたのしみ方を広く伝えている
俳人の夏井いつきさん。
テレビ番組で、その俳句愛に満ちた指導を
目にしたことがある方も多いと思います。
夏井先生の「教える」こともたのしむ姿に
惹かれているという糸井が、
たっぷりと話を伺いました。
俳句の道へ一歩踏み出したくなる、全7回です。

>夏井いつきさんプロフィール

夏井いつき(なつい・いつき)

俳人。1957年生まれ、愛媛県松山市在住。8年間の中学校教師を経て、俳人へ転身。

1994年、俳句会での新人登竜門「俳壇賞」を受賞。

創作活動のほか、俳句の授業「句会ライブ」の開催ほか、バラエティ番組『プレバト!!』など多くのテレビ番組、講演会などで活躍。

全国高校俳句選手権大会「俳句甲子園」の創設にもたずさわり、俳句を広める活動を積極的に行っている。

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第4回 共感の土台。

夏井
俳句っていう文芸の一番大きな特徴は、
作り手にも読み手にもなれることなんです。
アーティストや画家の場合は、
受け取る人は一方的に見るばかりかもしれないけれど、
俳句の場合は作ったり読んだりする。
人の俳句を読んで、感動して、自分でも作ってみて。
作ることと読み解くこと、
その両方をやれる文芸って
なかなかないと思います。
糸井
いいですよねえ。
楽しむことが一番の目的というか。
夏井
それはありますね。
糸井
ありますか。
夏井
やっぱり、句会が一番楽しいです。
糸井
永遠に、作ったり読んだりするわけですよね。
夏井
はい。そこで褒められたらうれしいし、
どうしたんだよ、
うっかりにもほどがある、なんて言われると、
それはそれでネタになって大笑いできます。
褒めもうっかりも、全部含めて楽しいんです。
糸井
そういうことを、
先生は毎週おやりになっているじゃないですか。
夏井
たしかに考えてみたら、
『プレバト‼』っていう場所は姿の違う句会ですね。
糸井
僕にはそう見えてます。
番組のように教えることはお好きですか?
夏井
好きですね。
人の句のいいところを見つけられただけで、
私自身がしあわせな気持ちになりますし、
表現しようとしていることには惹かれるけれど、
なぜわかりにくいのか、原因を分析して、
自分なりに究明して「ここを変えるといいかも」と
ニュアンスがわかったときは大よろこびです。

糸井
人の句だけれど。
夏井
自分ごとみたいにうれしい。
それを句会で共有して、みんなで「おおー!」って
共感してよろこぶのが楽しいです。
糸井
短い句だとしても、
どういう方向に転がるのか
わからなくなっちゃうことがあるじゃないですか。
そのときに夏井先生が「こうです」と
言い切る姿を僕は何度も見てきたので。
夏井
言い切ってますよね。
糸井
あれがないと、
たぶんジャイアンが勝っちゃいますよね。
夏井
そうですね。
声が大きい人が勝っちゃいますね。
糸井
そこで、夏井先生がバシッと出てきて、
胸のすくような指導をされているのが気持ちいいです。
夏井
ありがとうございます。
番組で言えば、特に平場などは
俳句の技術的にまだまだの
言ってしまえば凡人の塊みたいな句が多いですから、
迷わずに、伝わらないものは伝わらないと。
糸井
そういう瞬間がありますね。
夏井
「こんな句、山ほどある」って、
収録で数え切れないくらい言いました。
糸井
よく、耳にしております(笑)。
夏井
作った人は「すごいものができた」と
思っていることもあります。
その気持ちもわかるけれど、
あなたと同じことを考えて俳句を作る人は
「ごまんといる」という説明をすると、
納得してくださいますね。
糸井
あらゆる表現の世界である、
「ごまんとある問題」ですね。
夏井
コピーでもありますか?
糸井
あります。
基本的にいいか悪いかジャッジする前に、
それ、みーんな思ってるよって、
つっこまれてしまうことはあります。
夏井
どこもそうなんですね。
糸井
でも同時に、プロになると、
「みんな思ってるよ」って言われて
勝つ仕事があるんですよ。

夏井
ああ! それは、すごくわかります。
糸井
ありますよね、俳句でも。
夏井
誰もが思いつきそうな
凡人的発想から生まれた俳句のことを、
類想類句(るいそう るいく)と言うんですが、
ここを恐れていては俳句は作れないんですね。
最初は類想類句になってしまうことは避けられないし、
別の視点からとらえれば
「共感の土台」という意味にもなるんです。
糸井
ああ、共感の土台。
夏井
共感の土台を自分のものにしておくと、
ほんの一匙なにかを乗っけるだけで、
この共感の土台がとんでもない味方になってくれる。
糸井
なってくれるんですよね。
夏井
一緒じゃないですか!
糸井
そこで大事なのは、
どちらも相手がいるっていうことだと思います。
相手がいる中での表現の遊びですよね。
夏井
そうですね。
ただ、読み手・受け手を強く意識するっていうのは
とても大事なことだと思っているのですが、
それは「おもねる」とは違う。
糸井
機嫌を取ることとは、違いますね。
夏井
「きちんと伝える」っていう、
そういう話なんだろうと思います。
糸井
手をつながなくても、
手を出してる状態ですよね。
まだ握ることはできていなかったとしても、
両者がものすごく必死に手を出しているのは、
それは芸術としてすばらしいと思います。
夏井
そうですね。
糸井
あの、先生が本のなかで
例に出していた句があるじゃないですか。
「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」(池田澄子)
夏井
池田澄子さんの句ですね。
糸井
あれはもう‥‥、たまんないです。
夏井
私も大好きな句ですけど、
これを「たまんない」と言えるあなたは、
もう俳句を作るしかないです。
糸井
そうですか。
夏井
私がたしかまだ教員をやっていたころに、
この句が国語の教科書に載ったんです。
糸井
この句が教科書に載るって、いいですね。
夏井
それを載せたいとおっしゃった
大学の先生から相談を受けていたときも、
私は絶対載せるべきだと思うと伝えたんですが、
教科書を使い始めた現場の先生たちがその句を読んで、
その‥‥どう教えたらいいかわからないと。
糸井
ああ、はい。
夏井
この句についてどう教えるのが正解なのか、
わからないから苦労しているという声がありました。
私はいまだに「こういう句が必要だ」と
強く言いたいんですけれど。

糸井
わからない先生は正直に、
「私にはわからないけれど、
君たちはもう覚えちゃっただろう。
忘れないでいたら、それでいいよ」
と言うくらいでも、
この句が教科書に載っている意味がありますよね。
夏井
まさしく、そうなんです。
無意識のうちに覚えてしまうっていうのも、
俳句の力なんですよね。
糸井
短いから覚えやすいですしね。
夏井
無意識のうちに覚えていて、
人生を何十年と過ごしていくうちのどこかで、
ふと句を思い出す瞬間があるかもしれない。
そのときに、この句の力が発揮されます。
糸井
どこかで、言葉は完全だと
思われているところがありますけど、
「言い足りないことのほうが多いんだよ」
っていうことは、俳句をやっている人は
感じながら生きているんだろうなと思います。
夏井
また俳句へのハードルがあがったのでは(笑)。
糸井
だから、和歌だったり俳句だったり、
言い足りないことのほうが多いことを感じながら
言い足りないことを読んでいこうとする力というのは、
すばらしいことだと思います。
夏井
私の教員根性が出てきてしまうんですけど。
糸井
聞きましょう(笑)。
夏井
大きなことを言うようですけど、
日本語を使える人みんなが
本気で俳句をしてくださるようになったら、
日本語の心というものが、
恐ろしい勢いで耕されていくと信じてるんです。
糸井
はい。
夏井
私が目指しているのは
1億2000万人総俳人計画で、
なんでみんな俳句をやらないだろうって、
ずっと思っています。
だから、高みにある文芸に祭り上げるだけでは、
俳句のほんとうの力を発揮できない。
俳句を作る、読むっていう日々のトレーニングを
みんなにしてもらうことで、
自ずと言葉を扱う技術と筋肉がついてきます。
糸井
なるほど。トレーニングですか。
夏井
俳句は才能ではなくて筋トレだ
っていつも言うんですけど、
とにかく作るトレーニングをし続けると
否応なく筋肉がつきます。
真面目に、コツコツじゃなくてもいいんです。
コンテストに出して
賞金をもらうことを目当てにしてもいい。
モチベーションがあると勝手に歯車が回りだして、
自然と季語を覚えて、語彙が増えて、
作るだけじゃなくて読むと、もっと楽しい。

糸井
読むときは、先生はどんなことを考えていますか?
夏井
どんな句でもひとまずは謙虚に、
「この句のいいところはどこだろう」
っていう姿勢で読むようにしています。
糸井
なるほど。
夏井
決まった良さはありません。
一人ひとり違って、みんないい。
認めることを日々練習するような感覚です。
糸井
身近に、常に褒めるきっかけがあるのはいいですね。
褒めるクセがつくと思いますから。
夏井
まさにそうですね。

(つづきます。)

2024-06-29-SAT

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