ほぼ日あっちこっち隊が、
このところ通いはじめている場所があります。
それが北海道の北東部にある
西興部(にしおこっぺ)村。
オホーツク紋別空港から車で約1時間、
人口1000人弱のちいさな村。
たっぷりと深い山あいに、
土地のおもしろさも厳しさもすべて受け止めて、
ゆかいに暮らす人たちがいます。
訪れたきっかけは、山登りをしているなかで、
エゾシカの食害問題について、
もっと知りたいと思ったこと。
実際に訪れてみると、シカの話にとどまらず、
都会とは全く異なる人々の暮らし方に、
心の奥が揺さぶられる感覚がありました。
このおもしろさを、いろんな人と共有できたら。
あっちこっち隊・西興部村編、スタートです。

写真|前田景
ヘッダーのイラスト|ワタナベケンイチ

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2)エゾシカのツアーに、参加をしてみたら。

 
北海道西興部村でおこなわれている
エコツアーにはじめて行ってみたのは、
2024年4月のことでした。
このとき参加したのは、
あっちこっち隊のわたし(やすな)とさなみです。
案内してくださったのは、西興部村で暮らす
ハンターの伊吾田順平さん。
実は順平さんは、もともと話をお聞きした
酪農学園大学の伊吾田宏正先生の弟さん。
兄弟そろって、エゾシカと縁の深い活動を
されています。

▲伊吾田順平さん。
撮影|前田景 ▲伊吾田順平さん。
撮影|前田景

 
物腰の柔らかい、やさしい雰囲気で、
初対面のわたしたちにも気さくに
西興部での暮らしやエゾシカについて、
いろんな話をしてくれる順平さん。
エゾシカは伊吾田家で年間100頭くらい
捕獲されているとか。
狩猟を想像するだけで
「わたしはちょっと‥‥」と
思われる方がいる気がしますが、
このエコツアーには、エゾシカの狩猟や
肉の解体が含まれています。
わたし自身もそうですが、
たいていの人は日々のなかで、
牛や豚、鶏を食べてはいても、
「いのちをいただく」という部分について、
その都度、向き合う機会は
少ないのではないでしょうか。
なので、エゾシカの狩猟や解体について、
わたしも目の当たりにしたとき、
その場で自分がどういう反応をするのか、
まったくの未知数のところがありました。
大した知識もないまま北海道まで来たけれど、
いざとなって腰がひけてしまったらどうしよう。
ずいぶん緊張しながら参加しましたが、
ツアーが始まってみると、
目の前で繰り広げられることに
「これは見ておいたほうがいいことだ」
という感覚がはっきりとあって、
心を揺さぶられながらも、
すっかり釘付けになりました。
こんなふうに向き合えたのは、
やはり、案内してくださった順平さんの
人となりによるところが
大きかったように思います。

▲西興部の山の中。
撮影|前田景 ▲西興部の山の中。
撮影|前田景

 
日暮れ前、順平さんのピックアップトラックに
乗せてもらい、沢沿いを巡ると、
エゾシカが次々に姿を現します。
ハンティングを日々の仕事にされている
順平さんですが、いざ銃をかまえ、
仕留めた後には手が震えていました。
「武者震いです。いつもこうなるんです」とのこと。
ものの10分ほどで解体所へ運ぶと、
捕獲後すぐにやるべき工程が、
迷いのない包丁さばきで進みます。
「いただいた命だからこそ、
あますところなく使いたいんです」と順平さん。
その手際の美しさは、この地の自然に向き合い、
葛藤もないまぜにした感情を
抱き続ける人の覚悟を帯びていて、
わたしはこの場で行われている行為まるごとに
手を合わせたい気持ちになりました。

その後、順平さんのご自宅へ。
妻の良子さんとおふたりで、
いろんな話をしながら、
数日前から熟成させておいたという
エゾシカ肉を使って、
いろんな料理を作ってくださいました。

▲伊吾田良子さん。
撮影|前田景 ▲伊吾田良子さん。
撮影|前田景

 
良子さんは、ご自身で鹿の皮をなめして、
雑貨やアクセサリーなどを作られています。
皮なめしの工程からクラフトまで手がけていて、
素敵な雰囲気のレザー小物には
ファンもついています。
良子さんが皮と向き合い始めたきっかけは、
狩猟をはじめたこと。
多くの皮が捨てられていると知ったからです。
「かっこよく言えば、自分たちがとった命は
最後まで責任をもちたいと思ったんです」
と話します。
皮なめしの技術は、大学の研究室を見学したり、
地元のおじいちゃんに教えてもらったりしながら
身につけたそうです。

▲良子さんの作る、革のアクセサリー。
撮影|前田景 ▲良子さんの作る、革のアクセサリー。
撮影|前田景

 
加工作業は
ゴールデンウイークごろからはじまり、
11月ごろの乾燥の時期まで続きます。
革をだめにしてしまわないかと緊張感があり、
休みの日でも毎日工房へ行ってしまうのだとか。
そのほか、順平さんとともに
西興部へ移住したころのエピソードや、
今年から娘さんが北見の高校に入学し、
離れて寮生活を送り始めたお話など、
お伺いしているうちに、調理も進みます。
順平さんは、料理の腕も相当なもの。
エゾシカのロースト、カツ、煮込みと、
次々に食欲をそそる一品ができあがっていきます。

撮影|前田景 撮影|前田景

撮影|前田景 撮影|前田景

撮影|前田景 撮影|前田景

撮影|前田景 撮影|前田景

撮影|前田景 撮影|前田景

 
そのおいしいことったら。
臭みなどまったくなく、
ジビエは繊細に調理しないと
美味しく出来上がらない
という先入観が
するする抜けていきます。
と、同時にさきほどの捕獲の記憶も頭に浮かび、
いのちをいただくということについて、
また、自然と生きるということについて、
あらためて思いを噛み締めます。
おしゃべりもお酒もすすみ、
さきほど採ってきた山菜の天ぷらに、
オホーツクのホタテといくらまでいただいて、
胃袋も心もいっぱいに。

▲この日、昼間は森に行って、行者にんにくやイラクサなどを採ったりしました。
撮影|前田景 ▲この日、昼間は森に行って、行者にんにくやイラクサなどを採ったりしました。
撮影|前田景

▲わらび。順平さんはわらびのアク抜き名人でもあります。
撮影|前田景 ▲わらび。順平さんはわらびのアク抜き名人でもあります。
撮影|前田景

 
初めてお伺いしたというのに、
おふたりのお人柄にすっかりくつろいでしまい、
あっちこっち隊のさなみとふたりで
もうひとつの地元ができたような、
そんな気持ちになっていました。

▲順平さんと良子さん、おふたりで。
撮影|前田景 ▲順平さんと良子さん、おふたりで。
撮影|前田景

▲愛犬の「チュプ」。アイヌ語で、月や太陽を意味する名前だそうです。
撮影|前田景 ▲愛犬の「チュプ」。アイヌ語で、月や太陽を意味する名前だそうです。
撮影|前田景

 
エゾシカの問題について学ぶことを
目的に訪れた西興部村でしたが、
順平さんや良子さんにお会いして、
その暮らしぶりやお話全体に、わたしたちが
これからゆたかに暮らしていくためのヒントが
あふれているような気がしました。
こんなふうに都会とはまったく違う
自然との関わり方を目の当たりにできて、
からだ全体で自然のことについて
考えられる場所はなかなかないかもしれない。
村の人たちの日常が、都会の人たちにとっての
非日常である西興部村には、
旅のディスティネーションとしての
可能性も感じました。
西興部村のこのおもしろさを
味わってみたい人は、
実はけっこういる気がします。

▲西興部の森。
撮影|前田景 ▲西興部の森。
撮影|前田景

 
ほぼ日あっちこっち隊で、いろんな人に
西興部村の魅力を知ってもらえるような
取り組みをなにかできないだろうか。
そんなことをさなみとふたりで話し合い、
すぐの再来を心に決めました。

(つづきます)

2025-01-03-FRI

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