世界的に有名な経営学者であり、
組織論の名著『失敗の本質』の著者でもある、
一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生。
そんなすごい先生のお話、と聞くと
「自分には難しいのでは‥‥」と思われる方も
いらっしゃるかもしれません。
ですが野中先生のさまざまな理論は、実は
「生きるってこういうこと」や
「人間らしさ」がベースにある、普遍的なもの。
きちんと知っていくとちゃんと「わかる」し、
いろんな話に応用できて、すごくおもしろいんです。
このたび『野性の経営』の刊行をきっかけに、
先生がこれまで考えてこられたことを
いろいろと話してくださったので、
ほぼ日読者向けの
「野中先生の考え方入門」としてご紹介します。
慣れない用語が多いかもしれませんが、
おもしろいですよー！
ぜひ、野中先生の考えに触れてみてください。
野中郁次郎（のなか・いくじろう）
1935年東京都生まれ。
1958年早稲田大学政治経済学部卒業。
カリフォルニア大学バークレー校経営大学院にてPh.D取得。
現在、一橋大学名誉教授、日本学士院会員、
中小企業大学校総長。
2017年カリフォルニア大学バークレー校経営大学院より
「生涯功労賞」を受賞。知識創造理論を世界に広めた
ナレッジマネジメントの権威。
JICA（国際協力機構）などと協働で、
アジア各国の政府関係者や
ビジネスリーダー育成にも長年、注力。
主な著書に『失敗の本質』（共著、中公文庫）、
“The Knowledge-Creating Company”
(共著、Oxford University Press、邦訳『知識創造企業』)、
“The Wise Company”
(共著、Oxford University Press、邦訳『ワイズカンパニー』)、
『直観の経営』(共著、KADOKAWA、
英訳“Management by Eidetic Intuition”)など多数。
川田英樹（かわだ・ひでき）
株式会社フロネティック代表取締役。
高校卒業後、カリフォルニア州ロサンゼルスへ留学。
UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で
Astrophysics(天体物理学)を専攻し、卒業。
2008年、一橋大学大学院国際企業戦略研究科
国際経営戦略コース(現・一橋ICS)にて
DBA(経営学博士)取得。
「知識創造理論の祖」野中郁次郎教授とともに、
アジア諸国でリーダー育成プログラム開発や
実践知リーダーにかかわるリサーチを進行中。
2012年6月、より多くの「実践知のリーダー」が育つ
“場”を提供するため、
株式会社フロネティックを設立。
川田弓子（かわだ・ゆみこ）
一橋大学ビジネススクール野中研究室研究員、
株式会社フロネティック取締役。一橋大学社会学部卒業。
一橋大学大学院国際企業戦略研究科
(現・一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻
〔一橋ICS〕)修了(MBA)。
リクルートにて組織開発コンサルタント、
組織行動研究所主任研究員などを経て、現職。
主な著作に『日本の持続的成長企業』
(共著、東洋経済新報社)。
- 野中
- 僕が現象学から学んだことのひとつに、
「主観的時間」の話があるんですね。
「いま」の捉え方といいますか。
- 糸井
- 「いま」の捉え方。
- 野中
- はい。時間というのも
「主観的時間」と「客観的時間」で
考えることができるんです。 - 科学的には「いま」は「いま」なんですね。
この場合の「いま」というのは「点」で、
過去は消えていくし、未来はまだ来ない。
これは「客観的時間」なんです。 - だけれども現象学では「いま」というものを、
過去も未来も含んだ
「幅のある現在」として捉えるんです。
これは「主観的時間」。
実際にわれわれが感じているのは
そっちじゃないかと。
- 糸井
- ああ。
- 野中
- これは「メロディ」で考えると
わかりやすいんです。 - たとえば「ドレミファ」という音を聞くとき、
われわれはひとつひとつの音を
音単体だけで認識してないですよね。
過去と未来まで含んだ
「メロディ」のように認識しています。 - 小さい頃から「ドレミファ」の音階に親しんで
身体化している私たちは、
レを聞いたときに、ドの感覚が残っているし、
レの次にはミが来るのが見えちゃう。
われわれが感じているのは
実際には「メロディ」のほうなんです。 - そんなふうに「いま」を
「メロディ」のように捉える発想が
「主観的時間」。
「音単体」で考えたものが「客観的時間」。
- 糸井
- なんとなくわかります。
- 野中
- ですから「主観的時間」での「いま」は、
「幅のある現在」なんです。
過去の一部が残っていて、
過去からの流れで未来が見える。
そんなふうに過去も未来も含んだものなんですね。 - そんなふうに「主観的時間」で
考えていく場合には、
「意味」が含まれているわけですね。 - そして現象学というのは、
世界を「客観的事実」ではなく
「意味」から捉えていこうとする
学問なんです。 - だから「いま」も「主観的時間」で考えていく。
- 糸井
- ええ。
- 野中
- クリエイティブな行為というのは
「主観的時間」で考えたほうがいいんですね。
そのほうが、思考がより深いところまでいく。 - たとえば「知的コンバット」でも
単体の「音」ではなく、
「メロディ」同士のぶつけ合いのほうが
広がりが出てくる。 - 点としての「いま」を持ち寄るのではなく、
互いが過去と未来も含んだ
「幅のある現在」としての「いま」を
徹底的にやり抜いて
パーンと打ち合った一瞬に「調べ」があるんです。 - ですから夢中で議論しているときに、
「もう夕方の17時でございます、
お帰りください」
というのはナンセンスですね。
主観的時間で議論しているところを、
客観的時間で切ってしまうわけですから。
- 糸井
- ああ（笑）。
- 野中
- そういう
「主観的時間を共有して客観化する」
という発想が、
すごく重要だと思っているんですね。
- 糸井
- いまの「メロディ」の話とそっくりですけど
僕は作詞をやっていた時期があるんです。
そのとき
「先にある言葉が、次の言葉に影響を与える」
ことをすごく思ったんですね。 - たとえば最初に
「赤い赤い赤い赤い」って書いたら、
次に「雪が降っている」と書いても、
その雪が赤く染まるんです。 - イヌでも
「あの人には前に意地悪されたな」
と思ったら、その人に近づかないですよね。
それも前の時間が、
次の時間に影響を与えている。 - 僕らはいろんなことを
実は「点」では認識してないんですよね。
「流れ」として感じている。 - そうした「ストーリー」とか、
「時間の流れの中でのつながり」って、
わりと軽んじられることが多いですけど、
実はとても重要で。
- 野中
- そうなんですよ。
- 糸井
- あと‥‥どう言えばいいんでしょう。
うまく説明しきれないんですけど、
世界には「見える価値」と
「見えない価値」というものがあって。
- 野中
- はい、わかります。
- 糸井
- いまのお話に限らず、
野中先生は「知識創造理論」を
暗黙知の部分を大事にして考えられたりとか、
「見えない価値がこんなにあるよ」
という話をずーっとなさっている気がするんです。
- 野中
- そうですね。はい。
- 糸井
- そういった価値は「見えない」から、
ないものであるかのように扱われやすい。
でも実際には、人のさまざまな行動は、
そういう「見えない価値」に
ずいぶん動かされているわけで。 - もっと言えば、人って、
「価値」と名がついてないくらいの
ものにまで動かされているんですね。 - そのなかにはデモーニッシュなものまで
あるわけだし。
「価値と言ってはいけないんじゃないの？」
というものにまで影響を受けて、大きく動く。 - いままでそういう部分は
言葉にしきれないままに、
文学とか、詩とか、アートの世界のものとして、
そっち側の倉庫に
入れられてしまっていたわけです。
- 野中
- まさにそのとおりですね。
- 糸井
- だけどなんでしょう。
このごろ、大きな葛籠（つづら）が
開いたかのように、
その妖怪がだんだんと
世界に飛び出しはじめている気がするんです。
- 野中
- ええ、ええ。
（つづきます）
2022-07-19-TUE
-
野性の経営
極限のリーダーシップが
未来を変える野中郁次郎
川田英樹
川田弓子（KADOKAWA、2022）
本記事のきっかけになった野中先生の新刊。
「野性」をキーワードに、
野中先生が考えてこられたことを
たっぷりと学ぶことができます。
第１章、第２章の「理論編」は、
基本となるお話がまとめて紹介されていて、
はじめて野中先生の本を読む人にもおすすめ。
第３章からは「物語り編」で、
タイの山岳地帯の貧しかった
ドイトゥン地区を蘇らせてきた
クンチャイさんとそのチームのお話から、
先生の理論をどのように
実現することができるのかがわかります。
（Amazon.co.jpのページへ）
直観の経営
「共感の哲学」で読み解く
動態経営論野中郁次郎
山口一郎
（KADOKAWA、2019）現象学者、山口一郎先生との共著。
前半は山口先生が現象学の基礎について、
後半は野中先生が、ご自身の理論について
はじめての方でもわかりやすいように
やさしく語られています。
非常に緻密に理論が展開されるので、
読み進めるのに時間はかかりますが、
ひとつひとつ理解しながら読みすすめると
新しい視点がたくさん得られて
どんどんおもしろくなってきます。
今回の対談で「現象学」について
興味をもたれた方、ぜひどうぞ。
（Amazon.co.jpのページへ）
『失敗の本質』を語る
なぜ戦史に学ぶのか野中郁次郎
聞き手・前田裕之（日経BP、2022年）
野中先生が５人の先生とともに書かれた
組織論のベストセラー『失敗の本質』が
どのように書かれたかや、
その後、野中先生がどんな興味で
さまざまな研究を深めていったのかを
くわしく知ることができる一冊。
野中先生のライフヒストリーとしても
読むことができ、また、それぞれの理論の
ポイントや研究に至った動機が
ていねいに語られているため、
先生の理論をよく知らない人でも、
おもしろく読むことができます。
（Amazon.co.jpのページへ）