NHK『みんなで筋肉体操』の先生、
谷本道哉さんに、筋肉視点からの
「老い」の話を教えてもらいました。
筋トレをすることで若くいられますか?
ずっと元気に暮らすために役立つ運動は?
筋肉は何歳くらいまで育っていく?
かっこよく鍛えている先生が語る
前向きなお話に、やる気がわいてきます。
基本のスクワットも教えていただいたので、
みなさん、もう、今日からやりましょう。
迷ったら「やるか、すぐやるか」ですよ。

この授業の動画はほぼ日の學校でご覧いただけます。
※動画の公開は8月30日です。

>谷本道哉さんプロフィール

谷本道哉(たにもと・みちや)

順天堂大学スポーツ健康科学部教授。
専門は筋生理学、身体運動科学。

大阪大学工学部卒。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。
博士(学術)。
国立健康・栄養研究所 特別研究員、
東京大学 学術研究員、順天堂大学 博士研究員、
近畿大学講師等を経て現職。

NHK「みんなで筋肉体操」「あさイチ」
「所さん!大変ですよ」「ホンマでっか!?TV」、
テレビ朝日「モーニングショー」など、
メディア出演多数。
2024年7月現在、
NHK「おはSPO筋肉体操 (おはよう日本)」
などに出演中。
全世代へ向けて、運動の効果を
わかりやすく解説している。

『スポーツ科学の教科書』(岩波書店)
『アスリートのための
筋力トレーニングバイブル』
(ナツメ社)
など、著書多数。

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「老化を緩やかにできる?」何を遠慮してるんだ。

──
今日教えていただきたいテーマが
「筋肉から考える『老いと死』」なんですが、
ずばり、筋肉をつけることで若くいられますか?
谷本
筋肉をつけることのいろんな効果は、
いま、少しずつわかってきてるんですけど。
まず「筋肉そのものをすごく若くできる」
というのはありますね。
運動器、つまりわたしたちのからだの
運動に関わる部分は、
もともと適応能力が非常に高いんです。
だから、筋肉の強さや大きさもそうだし、
心肺機能も筋肉ですから、心肺機能の高さもそう。
また、骨も運動に関わるので
非常に適応能力が高くて、
骨密度なども何歳からでも上がるんです。
筋肉や骨というのは、80歳でも90歳でも
機能向上できる組織なんです。

──
へぇーっ。
谷本
そして、そういう部分を機能向上させると、
同時に見た目の若さにもつながっていく。
だからそうできることをしないというのは
ちょっともったいないかな、というのはありますね。
「老化」に関する話って、よく
「衰えをゆるやかにはできるけど、上げていくのは無理」
とか言われるんです。
「時計の針の進みをゆっくりにはできるけど
巻き戻すことはできない」みたいな。
だけど運動器に関しては、
そんなに控えめに考える必要はないと思うんです。
ぼくとしては「何を遠慮してるんだ!
これからいくらでも上げていけるじゃないか」
という感じがありますね(笑)。
もちろん、目一杯鍛えたときの
到達点の値が下がりはします。
けれど、いまの状態よりも
良くすることは可能ですから、
それは向上させないともったいないですよね。
実際、高齢になって体を鍛えはじめた方だと
「トレーニングをはじめてからのほうが、
強いし若々しい」
という方というのもけっこう多いんです。
──
筋トレって「若返りの薬」みたいなところも
あるんでしょうか。
谷本
ああ、筋トレをしてる人って、
見た目にも若々しい人が多いですよね。
人は運動することで、体のなかで
さまざまなホルモンが分泌されるんですけど、
なかでも筋トレって、
ホルモン応答がすごくいい運動なんです。
ホルモンというのは体のさまざまなはたらきを
調節する化学物質ですけど、
何十、何百種類とあるホルモンが
全身の細胞に与える影響って、すごいんです。
だからドーピングするとすっごくムキムキになるし、
男の人でも女性固有の性ホルモンを入れると
女の人の体つきになる。
そのくらい大きな影響があるもので。
あと最近は
「筋肉は内分泌系の組織の一部でもある」
という考え方もあって、強度の高い運動をすると、
筋肉から「マイオカイン」と呼ばれる
いろんなホルモンがたくさん出てくることが
わかってきてるんですね。
「マイオカイン」はその全部が
解明されているわけではないですけど、
筋肉自体に作用するものもあれば、
血流に乗って全身に運ばれて、さまざまな臓器に
いい影響を与えることがわかっているものも
多くあって。
つまり、筋トレって、
筋肉自体をすごく強く若くできると同時に、
全身的にもいろいろ変える作用が
あるだろうという話で。
やることで、まさに自分のなかで
「若返りの妙薬」を作り出すことも、
それなりにできている可能性があります。

──
ちょっと別の角度からの話で、
筋肉の「貯金」ってできるものでしょうか?
たとえば40代のうちにたくさん体を動かしておくと、
将来ちょっと老化がゆるやかになるとか。
谷本
研究でわかってることとしては、
筋トレをすると、筋肉の核の数を増やせるんです。
筋肉って多核細胞で、中に核がいっぱいあるんですよ。
で、運動をしてたんぱく質の合成が高まって
筋肉が大きくなるとその核が足りなくなるんで、
核自体の数が増えて、もっと大きくなれるという。
そして核はいちど増えると、
その後で筋肉がやせ細っても数が維持されるんで、
次にトレーニングしたときにも
すごく筋肉がつきやすいというのはあるんです。
だから「若いうちにできるだけ
核の数を増やしておいた方がいい」のはあります。
ただ、細くなったあとで運動刺激を加えなければ
そのまま細い状態なので、
やっぱり運動をし続けることが大切です。
若いときにたくさん筋肉つけたから
80歳でも90歳でも貯金があるから大丈夫だね、
ではなくて、
80歳、90歳のときにも
しっかり運動をして刺激を与えると、
貯金のおかげで効果が上がるね、となるわけです。
──
いまやっているかどうかが、やっぱり大切。
谷本
そうですね。そのあたり、かつて本格的に
運動していた人ほど過去の栄光に
すがりがちなところもあって。
ものすごく本格的にやってたアスリートが
引退後にすごく太って、足もすっかり細くなって
‥‥という例は多いんです。
だから「俺は本気出せばいつでも戻れるから」
という思いだけでは、体は変わらない。
かつてやってたことも大事だけど、
いまどうしてるかのほうがやっぱり大事で、
体への影響はずっと大きい。
貯金でいけると思わず、いまやることが大事ですね。

──
年をとったときの体の変化には
「背中が曲がる」というのもありますが、
こういうのも予防的にできることってありますか?
谷本
さきほど
「運動に関わる部分はものすごく適応できて、
何歳からでも機能を上げられる」
というお話をしました。
だけど補足しないといけないのは、それ
「関節の内部は当てはまらない」んですよ。
血管が走ってるかどうかが大きいんですけど、
筋肉にはもちろん血管が走ってて、
常に栄養を供給しています。
骨というのも血管が走ってて、常に入れ替わりながら
カルシウムを全身に届けています。
入れ替わりが激しいので強くなれるというのがある。
だけどなぜか関節の中は
「なんでそんなデザインなんだ‥‥!」と
恨みたくなるぐらい、血管が走ってないんです。
関節は基本的に消耗品に近いところがあって、
悪くなったら悪くなりっぱなし。
半月板なども、すり減ってなくなってきたら、
再生することはほぼないんです。
悪くなったところを縫合したり、
人工の膝関節や股関節を入れたりもできますけど、
やっぱり天然ものに比べると、
生体親和性が悪くて弱いので。
関節に関してだけは、完全に機能を維持するのが
難しいところがありますね。
その意味で、激しすぎる筋トレは
関節をどんどん押しつぶしていきますし、
とにかく重さにこだわった筋トレとか、
ものすごく激しい、跳んだり跳ねたりするスポーツは、
若いときはできても、ずっとはできない。
ランニングもけっこうハイインパクトなので、
自転車やスイミングを入れて、
走る距離を減らしたりしたほうがいい。
長く使っていくことも意識しながら、
運動していってもらえるといいですね。
──
背中も関節ですか?
谷本
そうです。背骨の椎間板なども、
どんどんつぶれていくんですよ。
もう10代からつぶれはじめますから。
激しい運動をしてる人ほどつぶれていくので、
やっぱりひとつには
「無理して負担をかけ過ぎない」こと。
また関節まわりは、動かなくなればなるほど
周りの靭帯がどんどん構造を密にしていって、
硬く、循環が悪くなっていきます。
──
ああ‥‥。
谷本
ただ、前向きな対策の話としては、
血管は走ってないですけど組織液はあって、
動くと多少循環するので
「よく動かすこと」が大事ですね。
膝痛などの保存療法も、いちばんいいのは
「よく動かすこと」なんです。
背骨まわりも「よく動かすこと」が大事なので、
できることとしてはラジオ体操みたいな、
背骨などが大きく動く体操をするのが
すごくいいかなと思います。
まあ、筋肉みたいにそれで
みるみる強くするのはむずかしいので、
そもそも負担をかけ過ぎないことがまず第一。
そして、大きく動かす運動をすると。
あとは人工関節のすごくいいのが出てきたり、
幹細胞を打ち込んで若返らせたりする
治療技術が出てくる未来に期待かな、
というところではあります。

──
「腰が大きく曲がってしまう」というのも、
予防できるのでしょうか。
谷本
そうですね。そこはもう完全に
普段の姿勢が影響してますよね。
以前は日本人って床の生活で、
体を前に曲げることが多かったので、
その形のまま直らなくなってる人が
すごく多かったわけです。
だけどいまは椅子の生活なので、
ものすごく腰が曲がった人ってだいぶ減ってますよね。
だから昔の人みたいに
大きく曲がってしまうことはないかもですけど、
やっぱり姿勢はみんな癖になってて、
なかなか直りにくいですから
「普段からどういう姿勢でいるか」は非常に大きいです。
ぼくも家だと、椅子に腰当てを置いてます。
あると楽ですよ。
──
腰当て。
谷本
ええ。だいたい座ったときに姿勢が崩れるんです。
膝が前に出て、骨盤が後ろに後傾しやすくなって、
骨盤の上の背骨まで歪んじゃう。
なので、座ったときこそ腰当てを当てる。
椅子の座り方は、背骨の椎間板の変性などには
ものすごく大きく影響するはずなので、
座り仕事が長い人は、絶対やるべきだと思います。
前にイラストレーターさんの職場を
のぞかせてもらったときも、
職場全部の椅子に腰当てがついてましたね。
なのでぜひ、各人1個ずつ腰当てを。
あとは首当てもいいですね。
なぜか会社だと、位の高い人の椅子にしか
ないんですけど(笑)。
──
あ、首当ても。
谷本
よく言われる「ストレートネック」は、
首って普通は前に凸型に反ってるんですけど、
その湾曲がなくなって
まっすぐになってしまってるわけですね。
そういうのも首あてで後ろから押してあげることで、
正常な状態を保ちやすくなります。
飛行機とかでつけるU字のネックピローも
効果があるので、ぼくはあれを
よく持ち歩いているんです。
新幹線でも使ってるから、周りから
「あれ、ここ飛行機だっけ?」
みたいにはなるんですけど(笑)。

(つづきます)

2024-08-20-TUE

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