こんにちは、ほぼ日の永田です。
もう、20年以上前から、2年に一度、
オリンピックの全種目を可能なかぎり観て、
そこに寄せられる膨大なメールに目を通し、
それらを翌朝までに編集し、読むだけでも
1時間くらいかかる長文コンテンツに仕上げて
大会期間中毎日公開する、という、
常軌を逸することをやっておりました。

しかしそれも2020東京オリンピックで一区切り。
前回の北京オリンピックからは、
毎日、観ることは観るものの(観るんですね)、
メールの編集と長文テキストの公開はやめて、
1日1本、観戦コラムを書く、という、
のんびりした姿勢でやっています。

観戦しながらのリアルタイムな感想は、
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#12

「あとひとつ」の壁

 
あと1点が、果てしなく遠い。
あと1勝のところまで来てたのに。
あと1ポイント、届かなかった。
あと1打、あと数秒、あとひとつ、
ほんとうにもうすこしだったのに。
スポーツは、最後の最後がほんとうに難しい。
ずいぶん長くいろんなスポーツを観てきたので、
何度も何度もあと1点の難しさは体験してきたが、
それでもこのパリオリンピックの
「あとひとつ!」という厳しさ、
そして悔しさは格別なものがあると思う。
いまふうな言い方でいえば、
過去イチきついオリンピックだと思う。
もう、結論めいたものを先に書いてしまうと、
それは「あとひとつ!」というところまで
日本のアスリートたちが強くなったことを意味する。
先日の柔道混合団体のところで書いた、
「勝てる!」が悔しさを加速させるのと同じだ。
そう、このパリオリンピックは、
過去イチ勝てるオリンピックなんだ。
だからこそ、「あとひとつ」の高く厚い壁に阻まれる。
勝てる気配がなきゃ、そもそも悔しいもなにもない。
と、理屈ではわかってはいるのだけれど。
悔しかったなあ、惜しかったなぁ、
男子バレーボール準々決勝、イタリア戦。
もう1回だけ、言っておくよ。
あとほんのちょっとだったな! 惜しかったな! 
なんならちょっと勝ったと思ったな!
うん、もう、言いません。
最初に書いたように、
どのスポーツでも最後の最後が難しい。
たとえば、ぼくの大好きな競技である野球では、
最終回だけをおさえる役割のピッチャーがいる。
クローザーとかおさえとか守護神とかいわれる。
その役割は、エースや四番バッターと同じく
チームの最重要ポジションで、
メジャーリーグだと年俸数十億円とかもらえたりする。
最後の最後をその投手がおさえれば勝てるから、
どうしても勝ちたいチーム側は、
そういう能力をもった投手に高いお金を払う。
短いイニングを高い確率でおさえるその投手に、
最後の難しい回を投げさせる。
それほど最後の9回を
おさえることがたいへんだからだ。
しかし、考えてみてほしい。
野球は1回から9回まであって、
どうして9回だけが特別なんだろう。
4回裏も、7回表も、9回裏も、
同じ1イニングじゃないか。
最終回はみんなが本気になるからだ、
とあなたは言うかもしれない。
じゃあ、聞きますけどね、
4回と7回は本気じゃないんですか?
もっと小学生っぽく言い返すなら、
「じゃぁ4回と7回は本気じゃないんですかぁー?」
プロのアスリートたちはつねに本気である。
「ぼくは、4回と7回の打席はちょっと抜きますね」
という選手を見たことがない。
にもかかわらず、最後だけがどうして難しいのだろう。
バレーボールの25点目、卓球の11点目、
バスケの第4クォーター、柔道の4人目、
テニスの6ゲーム目以降‥‥
ああ、こうして書いてるだけなのに、
もう難しい気がしてくる。
気持ちがずしーんと重くなってくる。
勝利を前にするとプレッシャーがかかって、
うまく実力を発揮できなくなる、
というのはあると思う。
シドニーオリンピックの金メダリストで
柔道の全日本男子監督も努めた井上康生さんは
こんなふうに言っている。
「オリンピックでは100%の力は出せない。
だから、70%や80%の力でも
勝てるような力をつけるための練習をする」
つまり、そもそも、
実力を発揮するということが、
そうとう難しいことなのだ。
体調とか筋力といったフィジカルのピーク、
その場その場でなにをするかという状況判断、
判断の前提となる戦略と選択肢、
そういうものがぜんぶそろって
はじめて可能になるのが実力の発揮だ。
種類も大きさも役割もちがう個々の歯車が、
がしっとぜんぶ噛み合うのが実力の発揮だ。
オリンピックという特別な場では、
とりわけその最後の局面では、
アスリートのこころとからだのなかで、
さまざまな歯車がものすごく複雑に軋み合うのだろう。
たとえば昨日の体操男子個人鉄棒では、
にわかファン目線で観ても、
実力を発揮できていない選手が多かった。
岡慎之助選手が金メダルをとったのは、
奇跡を起こしたというよりも、
しっかりと自分の演技ができたからだと思う。
そしてそこからもう一歩進めてみると、
勝つ方は、僅差であれ、
いつも勝っているということに気づく。
連覇を続ける強いチームも、
記録をのばすアスリートも、
全試合を大差で勝つということはない。
かならずどこかの局面で挑戦者に追い詰められ、
それでもやっぱり負けずに
「あとひとつ」を許さず勝ち続ける。
それが、力の差なのだと思う。
僅差でも負けない。紙一重でも勝つ。
終わってみると、いつも勝っている。
そういう強さこそが、
ほんとうの強さなのだと思う。
その意味でいえば、
じつは「あとひとつ」の壁は、
勝つ方と負ける方の真ん中に等しい高さで
立っているわけではないとぼくは思う。
具体例を挙げると、
ぼくらに多くのことを学ばせた柔道混合団体、
日本チームの初戦の相手はどこだったか覚えてますか?
スペインだ。
日本はスペインに勝った。じゃあ、その内容は?
本戦は3勝3敗の五分だった。
代表戦で高市未来選手が見事に一本勝ちして、
準々決勝に進んだのだ。
この試合、スペインからすると、
「あとひとつ」がものすごく遠い、
という試合だったのだと思う。
もしも、「打倒日本!」という意気込みで
試合を観ていたスペインの人がいたら、
最後の1勝はなんて難しいんだ、と思っただろう。
一方で勝った日本は、それを観ていた私たちは、
「あとひとつ」の怖さや難しさを、
じつはそれほど感じてはいなかったと思う。
実際には「あとひとつ」で負けるところだったのだけれど、
相手と自分たちの差を「あとひとつ」だとは思っていない。
挑発的なことばをあえてつかうなら、
「あぶねー、あぶねー」くらいの印象だったと思う。
そう、その不遜な態度の差こそが、
現時点での、力の差なのではないかとぼくは思う。
もちろん、スポーツはなにが起こるかわからない。
けれども、やはり、ベースとなる力に差はあって、
その差は長い時間をかけて世代交代しながら、
じっくり埋めていかなければならない。
よく競技の指導者が口にする、
長期的な計画をたてて実力の底上げを図る、
というのはそういうことなのだと思う。
男子バレーボールの話に戻ると、
国際バレーボール連盟が発表している
世界ランキングでいえば、日本は2位である。
一方のイタリアは4位。
つまり、近年の実力差はないどころか、日本が上だ。
しかしオリンピックに話を限ってみると真逆となる。
日本が予選リーグを突破して
自力で決勝トーナメントに進んだのは、
1992年のバルセロナオリンピック以来、
じつに29年ぶりのことだった。
中継中に何度もくり返されていたように、
もしも日本が準決勝へ進めば48年ぶりの快挙だった。
一方でイタリアのオリンピックの成績は、
東京オリンピックこそ6位だったものの、
さかのぼると、リオで銀メダル、
ロンドンで銅メダル、北京4位、アテネ銀メダル、
シドニー銅メダル、アトランタ銀メダルと、
まさにあとは金をとるだけ、という感じだ。
昨日の試合で日本に4度も
マッチポイントを握られたものの、
どことなく落ち着きが感じられたように思えたのは、
そういうことも影響していたのではないか、
とぼくは思う。
日本の男子バレーボールチームは強い。
あと、めちゃめちゃかっこいい。
これだけで別の原稿が書けるんじゃないかと
思えるくらい彼らはかっこいい。
それはさておき、日本の男子バレーボール界は、
このかっこいいチームからはじまって、
これからもっと強くなっていくのだと思う。
かつて日本の卓球は、
オリンピックで中国に勝てなかった。
けれども、ロンドンオリンピックでの
女子団体が獲得した銀メダル
(石川佳純、福原愛、平野早矢香!)以降、
少しずつ少しずつ、その差を埋めつつある。
「あとひとつ」の壁にはね返される時代から、
「実力が発揮」できれば勝てる時代へ、
そして「僅差でも落ち着いて勝つ」時代へ。
そうなったころ、たぶん昨夜の試合は、
「テレビで観ててめっちゃ悔しかったです」
なんて、選手たちに語られるはずだ。
それほどの試合をぼくらは観たのだと思う。

(つづきます)

2024-08-06-TUE

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    タイトル写真:とのまりこ