こんにちは、ほぼ日の永田です。
もう、20年以上前から、2年に一度、
オリンピックの全種目を可能なかぎり観て、
そこに寄せられる膨大なメールに目を通し、
それらを翌朝までに編集し、読むだけでも
1時間くらいかかる長文コンテンツに仕上げて
大会期間中毎日公開する、という、
常軌を逸することをやっておりました。

しかしそれも2020東京オリンピックで一区切り。
前回の北京オリンピックからは、
毎日、観ることは観るものの(観るんですね)、
メールの編集と長文テキストの公開はやめて、
1日1本、観戦コラムを書く、という、
のんびりした姿勢でやっています。

観戦しながらのリアルタイムな感想は、
永田の旧ツイッターのアカウント
(@1101_nagata)で発信しています。
ぎゃあ、とか、うぁっ、みたいな反応は
そちらでおたのしみください。
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#13

ふたりのアスリート

 
田中希実選手が1500mの予選を終えたあと、
インタビューで涙を流していた。
ぼくは、そういう田中選手を観たことがなかったので、
そんなふうに話しながら
こみ上げる彼女を観て、すこし驚いた。
田中希実選手は不思議だ。
ほかに似た人がいない気がする。
誰しもが認める日本陸上女子中距離のエース。
天才、といっていいのだと思う。
けれども、どこかあやうげで、謎を感じる。
ニュースなどで見かけるたび、
ぼくはこの人のことが、とても気になっていた。
最初にことわっておくけれども、
ぼくは陸上に関してはほんとうに素人で、
オリンピックと世界陸上のときくらいしか、
リアルタイムでは観戦していない。
あとは、大きな大会の様子や、
すばらしい記録が出たときなどに
スポーツニュースでそれを知るくらいだ。
パリオリンピック、女子1500m。
めずらしく感情があふれてしまった
そのインタビューのなかで、田中希実選手は
「目標がどうしても見つからなくて」と言った。
それは、ぼくが田中希実選手に感じる、
とても知りたい部分のひとつだった。
田中希実選手の才能は圧倒的だ。
調べてみたところ、彼女は
1000m、1500m、3000m、5000mという
4つの種目で日本記録を保持している。
すごくないですか、それって。
1000mと5000mってぜんぜん違うでしょう。
しかも田中選手は800mを走ることもある。
どうしてそんなことになるのだろうと思っていた。
それは、たとえばボクシングの井上尚弥選手が、
勝ち続けて団体を超えてベルトを集めて、
さらに階級を上げていくような
強さの証明とは違うような気がした。
勝手な印象からいえば、
迷いながら勝ち続けているというか、
居場所を探しているというか、
強いのに不安定な感じがした。
それは、田中希実選手が
国内では圧倒的な成績をおさめるけれど、
ぼくが観るオリンピックなどの大きな大会では、
なかなか勝ててなくて、いや、それどころか、
決勝進出すらなかなか難しい、
ということもあるのかもしれない。
いや、その言い方は、ちょっと失礼すぎるかもしれない。
東京オリンピックで田中希実選手は
1500mで日本記録を更新して決勝に進出したが、
オリンピックの女子中距離種目で
日本人選手が決勝に進出したのは
じつに93年ぶりのことだった。
(人見絹枝さん以来!)
つまり、そもそも日本人アスリートが
なかなか上位に食い込めない陸上競技のなかで、
中距離というのはさらに難しい種目なのである。
そういう種目で、国内で圧倒的な才能を持つ場合、
なにをどう目的にすればいいのだろう。
たとえば2023年の
世界陸上ブタペスト大会の5000mにおいて、
田中希実選手は予選で日本記録を14秒更新する。
じゅうよんびょう、ですよ?
ものすごいことだと思う。
それでも、メダルを争うことができない。
そんな田中希実選手が、インタビューのなかで
「目標がどうしても見つからなくて」と口にした。
それは、東京オリンピックのあと、ということなのか、
5000mの予選敗退のあとで1500mにのぞむにあたって、
ということなのか文脈が曖昧だったけれど、
ぼくはそれを聞いて、ああ、この人の魅力のひとつは、
自分のことばで自分を語ることなのだなと思った。
そしてそのインタビューは
こんなふうに続いていく。
「どういうふうに気持ちを立て直せばいいのか
自分ではわからなかったんですけど、
それでも時間が経つにつれて、
やっぱりこれは自分だけのレースじゃなくて。
多くの人の人生が集結したのが、
私のいままでの人生だったと思うので、
だからこそ、いろんな人の生きた証っていうのを、
私の走りで証明したかったんですけど」
ここで田中希実選手はことばに詰まる。
自分のことについては冷静なのに、
自分を支えてくれている人に意識が向かうと、
感情があふれ出してしまったようだった。
その後、田中希実選手は
この日のレース展開について反省したあと、
まとめようとするけれども、
いちどあふれた感情をおさめることができず、
最後にこうしぼりだした。
「‥‥ここでは絶対に終わらないです。」
この人は、信用できるアスリートだなあとぼくは思った。
そして、もっともっと応援したくなった。
いま、ちょうどほぼ日に掲載されているけれど、
先日、ぼくは小平奈緒さんに
インタビューさせていただく機会に恵まれた。
小平奈緒さんは、言わずとしれた
平昌オリンピックのスピードスケート
女子500mの金メダリストだ。
平昌で金メダルをとったとき、
母国開催のプレッシャーのなかで銀メダルとなった
韓国のサンファ選手を抱きしめたシーンで
憶えているファンも多いと思う。
小平奈緒さんもまた、
自分のことばを持っているアスリートで、
つねに自分がどうあるべきか
考え、疑い、探し続けている。
その姿勢はまっすぐで、謙虚で、
もともとファンだったぼくは
お会いしてさらにファンになってしまった。
彼女は競技生活を終えたいま、
自分の競技生活をスポンサードしてくれていた
長野県松本市の相澤病院のブランドアンバサダーとして、
地域にとけこみ、人と人をつなぐ活動にあたっている。
競技の運営や指導にあたるわけでもなく、
冬季五輪のレポーターとして現地に入るでもなく、
地域に密着し、請われれば自分の語れる範囲で話をする。
金メダリストの引退後の活動としては異例だと思う。
でも、うかがってみると、
小平さんはその選択にひとかけらの迷いもなかった。
彼女は言う。
「引退後は金メダリストとして生きていく人が
ほとんどだと思うんですけど、
あえて地域のなかに溶け込んでみる
ということをやってみたかった。
それは、これから私が生きていくなかで、
『地域のなかでどう豊かに暮らせるか』
ということがいちばん大事なことで、
それができたら幸せだなって思ったので」
ぼくは、田中希実選手のインタビューを観ながら、
小平奈緒さんのことを思った。
自分の道をさがし、自分のことばで考えるふたりが、
会って話したらどうなるのだろうと思った。
そしてふたりのことを考えた目で、
このオリンピックを見渡すと、
アスリートって、ひとりひとり、
ほんとうにさまざまなのだなと思う。
オリンピックという
4年に一度の大舞台に集うアスリートたちは、
同じように努力し、集中し、勝とうとするから、
この大会期間だけで切り取ったパーソナリティーを
テレビなどで垣間見ると、
ある種のステレオタイプに感じられてしまう。
金メダルだけを目指し、
さまざまなものを犠牲にして努力し、
勝てば拳をつきあげ、敗れれば泣き崩れる。
インタビューではこういうことを言って、
帰国後はああいう番組に出て、
地元に帰るとこういうふうに歓迎される。
みたいなことを、勝手にぼくらは
思ってしまうところがある。
それは先入観だし、きついことばをつかえば
スポーツを観る私たちの偏見なのだと思う。
たぶん、金メダルを目指してない人だっている。
努力がじつは嫌いな人も、負けて悔しくない人もいる。
感情がたかぶればたかぶるほどそれが出せない人もいるし、
陰で泣く人もいるし、こらえきれない人もいる。
うまくコメントできる人もいるし、
しゃべりたくない人もいる。
あたりまえに、アスリートはさまざまだ。
スポーツは彼らの人生の一部で、
私たちにさまざまな人生があるように、
彼らにもさまざまな生き方がある。
パリオリンピックに参加している日本選手団409人は、
409種類のアスリートの集まりだ。
勝ち負けや記録が応援されるだけでなく、
ひとりひとりの生き方や存在が
ほんとうはもっと尊重されたほうが
いいのだろうとぼくは思う。
なにか問題提起したいというようなことではなく、
ひとりひとりの違いをもっと
当たり前に受け止めたほうが自然なのに、と。
ああ、今日も書きながら
意外なところに着地してしまった。
気づけば、オリンピックも後半戦ですね。
そうそう、田中希実選手の1500mは、
走行中の選手接触が認められ、
救済措置によって準決勝進出が決まりました。
いっそう、応援します。

(つづきます)

2024-08-07-WED

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    タイトル写真:とのまりこ