あなたは「スケーパー」を知っているか。
いるのだ、そう呼ばれる者たちが。
ふつうの人々に混じって、
気づかれることなく、そこらへんに。
彼ら彼女らは「見えない」わけじゃない。
それなのに、
完全には見わけることが難しい。
その目的は? 生態は? 正体は?
なぞのスケーパーを追う
某新聞のO記者によるレポートが、
ときどきここにアップされていくだろう。

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2023年9月6日 @都内某所 禿 鷹

田口所長との共同戦線に勇気を得た私は、もうひとりの重要人物への接触を試みた。覚えているだろうか‥‥スケーパーを製造しているという、あの男のことを。そう、5月の「ひみつ会議」を牛耳っていた、あの「黒幕」である。結わえた長髪、鋭い目つき、しなやかな身体。悪の親玉には見えないが、常人ならぬ雰囲気を覆い隠すことはできない。やつのすべてを、白日の下に晒してやる。ただ、黒幕なだけに多忙らしく、なかなか居所をつかむことができなかった。記者生活20余年のあれこれを総動員して連絡先を突き止め、果たし状のようなアポ取りメールを送信。暑かった夏が過ぎ、秋の足音が聞こえはじめたころ、Xデーはやってきた。
きっかり時間どおり。白T姿の黒幕が、約束の場所へと現れた。彼は会うなり「近藤良平です」と名乗った。本名かな。こんどう・りょうへいさんですね‥‥ミスターXとかじゃなくていいんですかね。はい、近藤良平さん。‥‥えーっと、え? 近藤良平、さん? つまり? あの有名なダンスカンパニー主宰の? 彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督としても名高い、舞踊家の? 振り付け師としても各方面で活躍中の、あの? そう、目の前に立ちはだかっているのはコンドルズの近藤良平だったのだ! NHKのEテレで「からだあそび」を教えていた、あの感じのいい人が‥‥スケーパーの「製造」に手を染めていただなんて。ガク然とする私に、さらなる衝撃の事実が襲いかかった。
「まあ、ぼくも人に頼まれてやってるんでね」
何だって! 黒幕ではない!? 何ということだ‥‥正直、コンドルズの近藤良平が「わたしが黒幕です」と言うなら、ある意味「納得」だっただろう。でも‥‥近藤氏でさえ誰かの依頼で動いている? どんだけ巨大な陰謀なんだ! 本当の黒幕は、いったい‥‥!
「あの人たちの説明を30分くらい聞いたら、だいたいわかったんだよね。こういうことをやりたいんだろうなあって。だから、いいですよーって引き受けたんだよ。自分で言うのも何だけど、ぼくに頼んで正解だと思ったな」。あの人たち‥‥‥‥‥? いまや私の疑念は、とぐろを巻いた蛇である。コンドルは、蛇のはるか頭上を悠々と飛翔している。
「これまでぼくは、スケーパー的な人間を気にしながら生きてきたんだよね。電車に乗っていても、あの人ヘンテコリンな座り方してるなあとか、つり革の握りのクセが強いなあとか。もうね、いちいち気になっちゃう。だから、あの人たちのいうスケーパーと、ぼくが常日頃から気にしていた人間って、けっこう重なるなあと思ったんです」
つまり、近藤のいう「あの人たち」こそ、いま世界をジクジク侵食しつつあるスケーパー計画の「黒幕」なのだろう。
「もうね、すっかり興奮しちゃって。あんなスケーパーも、こんなスケーパーも‥‥って、その場で思いつく限りのアイディアを出したんだ。そしたら『近藤さんのスケーパーを、どんどん街に解き放ってください』みたいなことになって。ハハハ」
コンドルは決して悪びれない‥‥古老の教えに偽りはない。これまでに、どれだけのスケーパーを生みだしてきたというのか。
300体は超えてるかな。まあ、ぜんぶを街に放つかどうかは、わからないけどね」
とんでもない数である。そして、心から楽しそうに話している。
「スケーパーがおもしろいのは、徹底的にコントロール不能なところだよ。たしかにぼくは、こんなスケーパーはどうかなあと考えて、志願者に仕込んでいる。でも、そのスケーパーが、いつどこで実行しているかは、知りようがない。さらに言えば‥‥」と、ひと呼吸おいて、コンドルは、大いなる「世界のひみつ」に触れた。「あの人たちも、スケーパーを仕込んでいるんだ。でも、あっちのスケーパーについては、ぼくには一切わからない。逆に、ぼくがどんなスケーパーをつくっているかを絶対に教えないでくれとも言われている。つまり、あっちとこっちのスケーパーが街で出くわしたら‥‥どうなるんだろうねえ」
自分たちの仕掛けた計画が、アンコントローラブルに膨張・拡散していく。結末や行く末、ラストシーンを見届けることができない。途中でうねうねと「変化」さえしていくだろう。つまり、プロジェクトの全貌を、誰にも把握できないようにしているのだ。それも意図的に‥‥黒幕にさえも。そして、そのこと全体を楽しんでいる。心の底から。何と、おそろしい‥‥!
気づけば、約束の時刻を大幅に超過している。私は、意を決して、はるか頭上のコンドルに問う。これが最後の質問になるだろう。
黒幕は。
黒幕は誰だ。
すべての黒幕は、いったい誰なんだ。
正体を暴いた瞬間、まるでスケーパーのように「雲散霧消」してしまうのではないかという恐怖に怯えながら。
「え、『あの人たち』のこと? 5月のひみつ会議に来てたんでしょ? いたじゃん、あそこに。真ん中に並んで座ってた、あのふたりだよ」あわてて5月の写真を見返した。真ん中の席には‥‥ふたりの男女。マスクをしていて気づかなかったが‥‥知っている‥‥知っているぞ。

私は、このふたりを知っている。

某新聞 記者 O

(次回へつづく)

2023-10-08-SUN

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  • illustration:Ryosuke Otomo