いま、さいたま国際芸術祭2023の会場に
日々、出現しては消えている(?)
なぞめく存在・SCAPER(スケーパー)。
会場の一角、いわば「敵陣のど真ん中」に
スケーパー研究所を開設している
田口陽子所長に
スケーパーのナゾ、人に伝える際の難しさ、
そして何より
そのおもしろさや魅力について聞いた。
担当は、ほぼ日の奥野です。

>田口陽子さんのプロフィール

田口陽子(たぐちようこ)

都市・建築研究者。東洋大学理工学部建築学科准教授。オランダ・デルフト工科大学建築学部留学などを経て、東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻博士課程修了。東洋大学では地域デザイン研究室を主宰し、地域と連携した都市・建築のプロジェクトに携わりながら、文化芸術を生かしたまちづくりの研究に取り組む。さいたま国際芸術祭2023に合わせて、謎めいたスケーパーを都市・建築論の観点から研究する「スケーパー研究所」を立ち上げ、その活動内容や調査研究の成果をWEBサイトで発信している。

なぞのSCAPERを追え! 本編はこちら

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第2回 それは、意味に迫る機会。

──
目[mé]の考えていることや表現って、
自分の実人生に、
直接、触ってくるような感じがあります。
たとえば、ある芸術作品が
自分の人生を変えたという言い方以上に、
もっと直(じか)に、具体的に。
田口
ええ、そうですね。
──
本業の専門領域からの興味もありますか。
スケーパーというものに対して。
田口
はい、あります。
ひとつは「市民が参加する」ということ。
一般に建築やアートのワークショップで
市民が関わる場合、
建築家やアーティストの作品を手伝う、
というかたちが多いと思うんです。
でも、わたしは、市民たちが
もっと能動的・主体的にかかわる方法が
ないものかなあと常々、考えていて。
──
なるほど。
田口
スケーパーという、
本当なのかウソなのかもよくわからない、
虚と実の間の存在を扱うなら、
たとえば、アーティストよりも先に、
市民がある視点を提示するようなことも
可能かもしれない‥‥とか。
──
目[mé]の南川さんと増井さんは、
目[mé]以前に、
wah documentという名義で、
街で出会った
ふつうの人のアイディアを実行する
アーティストでしたよね。
ようするに
アーティストという「特権的な存在」を
無効化するような活動をしてましたが、
いまの田口所長の考えは、
そことつながるような感じがしました。
田口
なるほど、たしかに。
あと、都市計画や建築の分野では、
「レジビリティを高めることが、
よりよい都市をつくる」
みたいな言い方がよくなされるんです。
──
レジビリティ?
田口
わかりやすい都市がよいという、
そういう考え方ですね。
それで、都市のイメージが
どうつくられているかということが
研究されてきました。
そこには「3つの成分」があるんです。
アイデンティティ、
ストラクチャー、そしてミーニング。
アイデンティティは、
その都市ならではの「個性」ですね。
ストラクチャーは「構造」。
どんな要素で、どう構成されているか。
──
はい。
田口
ただ、最後のミーニングを扱うことが
なかなか難しくて、
従来の研究では
捨象されてきたという歴史があります。
──
ミーニングとは「意味」ですか?
田口
はい、そうです。アイデンティティと
ストラクチャーについては、
物理的な要素で説明可能なんですよね。
具体的にはパス(道)、エッジ(縁)、
ディストリクト(地域)、
ノード(結節点)、
ランドマーク(目印)という
5つの構成要素が都市にはありますと。
それぞれ、
「こういう道が、こういう地域が、
こういう目印がいいですよね」
って言いやすいんですけど、
ミーニングについては、
個々人それぞれが見い出すものなので。
──
都市の意味‥‥なるほど。
たしかに一概に定義はしずらいような。
田口
意味を固定しちゃったらつまんないし、
「多様でいい」とはいえ、
それぞれでいいんだと言っちゃったら、
それもそれで、
何かを諦めてるようでおもしろくない。
そこで、スケーパーを研究することが
「意味に迫る機会じゃないか?」
と、わたしは勝手に思っているんです。
──
と、おっしゃいますと‥‥。
田口
つまり、先んじて意味があるのでなく、
「人々が意味を見いだしていく」
「想像していく」といったような‥‥。
いろんな人がいろんなことを想像して、
それぞれの視点を交換することで
「そういう意味もあるよね」
と共有しあって
「わたしたち」的な感覚が出てきたり。
その意味で、スケーパー研究は、
都市論にとっても、
大きな可能性があるんじゃないかなと。
──
研究で定義しようとすると難しいけど、
実際、都市に住んでいる人たちは、
それぞれに、
都市のミーニングを感じてますもんね。
田口
そう、そうなんですよ。
それぞれに意味を見い出していくことが、
ちょっと説教くさいけど、
「人生豊かにするのかな」とか思ったり。
──
つまり「スケーパーの研究」をつうじて
「ミーニング」さえも
研究対象として扱えるようになるのかも、
ということですか。
田口
いまはそう思いはじめているところです。
──
自分も含めてですけど、
このスケーパーのプロジェクトって、
みなさん
「どうなるかわかんない」状態で、
ひとまず、自分の興味と専門領域で
関わってるってところが、
ちょっとすごいなあって思うんです。
どう着地するのか見届けたいという
野次馬的な気持ちもあるんですが。
田口
そうですね。
そこがおもしろいところなんですよ。
──
スケーパー研究所のワークショップ、
1回目だけ
新聞記者として取材したんですが、
みんなで街へ出て
あの人もスケーパーじゃないか、
これもスケーパーの仕業じゃないか、
‥‥って好き勝手に(笑)。
あのときの調査結果を見て、
所長は、どんな感想を抱きましたか。
田口
誰かや何かをスケーパーではと疑う、
そこには、
調査側のキャラクターや個性が出る。
そのことが、わたしは興味深いです。
──
なるほど。
田口
おひとり、さいたま市の議員さんが
参加していましたが、
スケーパーかどうか判断する際に
「都市環境が健全に保たれているか」
みたいな視点を持っていました。
また、ある学生の参加者は、
歩道から道路にはみ出した自転車に、
「地元から出たい」
という思いを見出していて、
他の参加者から
「それは、あなたの気持ちを
反映しているんじゃないでしょうか」
なんて指摘されていたり。
──
自分の興味関心を通して、
スケーパーを探してしまうんですね。
田口
悩みを教えてくださいと言われても、
言えないことってありますよね。
でも、
どんなものにスケーパーを見るかで、
自分の考えや個性が
にじみ出てくるところが、
ちょっと新しいおもしろさだなあと。

(つづきます)

2023-12-05-TUE

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  • SCAPERが跳梁跋扈する(!?) さいたま国際芸術祭2023は 12月10日(日)まで!

    田口陽子所長が
    その実態を解明しようとしている
    SCAPERは、いま開催中の
    さいたま国際芸術祭2023の会場に
    毎日「放たれて」いるようです。
    「旧市民会館おおみや」という
    古い建物の内部を
    まるで「迷宮」のようにつくりかえ
    展示の内容やプログラムが、
    日替わりで変化していく芸術祭です。
    ディレクターは、目[mé]。
    参加作家の展示を鑑賞しながら、
    SCAPERのことも
    どこかで気にしながら楽しめます。
    閉幕も間近。ご興味あれば、ぜひ。
    詳しいことは
    公式サイトでご確認ください。

  • illustration:Ryosuke Otomo