いま、さいたま国際芸術祭2023の会場に
日々、出現しては消えている(?)
なぞめく存在・SCAPER(スケーパー)。
会場の一角、いわば「敵陣のど真ん中」に
スケーパー研究所を開設している
田口陽子所長に
スケーパーのナゾ、人に伝える際の難しさ、
そして何より
そのおもしろさや魅力について聞いた。
担当は、ほぼ日の奥野です。

>田口陽子さんのプロフィール

田口陽子(たぐちようこ)

都市・建築研究者。東洋大学理工学部建築学科准教授。オランダ・デルフト工科大学建築学部留学などを経て、東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻博士課程修了。東洋大学では地域デザイン研究室を主宰し、地域と連携した都市・建築のプロジェクトに携わりながら、文化芸術を生かしたまちづくりの研究に取り組む。さいたま国際芸術祭2023に合わせて、謎めいたスケーパーを都市・建築論の観点から研究する「スケーパー研究所」を立ち上げ、その活動内容や調査研究の成果をWEBサイトで発信している。

なぞのSCAPERを追え! 本編はこちら

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第6回 あえて解像度を下げてみる。

──
スケーパーから離れるかもしれませんが、
所長の専門の「都市」について、
東京とか、パリとか、ロンドンとか、
それぞれの都市には
明確に特徴とかちがいがありますよね。
住んでる人の価値観もそれぞれとはいえ、
同じ「人間」なのに、
これだけようすがちがうことの
いちばんの原因って、何だと思いますか。
田口
気候などの環境も
当然関係すると思いますけど、
わたしは、そこに住む人が、
どう「その土地の文化を蓄積してきたか」が、
大きいのではないかと。
たとえば和辻哲郎の著した『風土』には
モンスーンだったり砂漠だったり、
環境によって人間の性質が変わってきて、
結果、都市の様相も変わってくると
書かれているのですが、
でも、この本では環境だけが、
すべてを決定すると
言いたいわけではないんです。
和辻は、「風土」という概念を
人間と環境を区別しない
ひとつのものとして見ています。
──
なるほど。
田口
人々が移動して、
そこで新たな出会いがあって‥‥
ひとつの都市は、そうやって
さまざま分岐したり合流したりしながら、
できていくんじゃないかな、と。
──
人の移動と出会いの、歴史の積み重ねで。
地理的には遠いんだけど、
どこか似かよっている都市‥‥なんかも、
あったりするんですかね。
田口
あると思いますよ。
日本には、
江戸時代から明治時代にかけて
「北前船」という船があって、
日本海を渡って行くんですが、
たとえば「石州瓦」という
島根県の岩見でつくられた屋根瓦が、
寄港先の各地で使われていたりします。
人の行き来の影響は大きいでしょうね。
──
なるほど。
田口
シリアの戦争で
アレッポからトルコへ移住した人々が、
移った先で
アレッポ石鹸をつくっていたりとか。
人々が移動して、文化が混じり合い、
やがてその地に根付いて、
また他の民族と出会って‥‥みたいに、
変わっていくのかなあと思います。
──
写真家の奥山由之さんが、
コロナ禍で、東京の全市町村を歩いて、
「窓」を10万枚も撮ったんです。
しかも「不透明なガラスの窓だけ」を。
田口
10万枚。
──
そこから700枚をセレクトして、
ぶあつい写真集をお出しになりました。
東京は「過密」だということで、
海外よりも
すりガラスが多く目についたらしくて。
実際、統計的にも多いらしいですけど。
田口
すりガラス、多いですね。
あと、カーテンが閉まっていますよね。
──
奥山さんも、そうおっしゃってました。
東京は他人の目が近いところにあって、
それが理由のひとつなんでしょうけど。
田口
高密度ということに加えて、
日射しが強いという理由も、あるかも。
オランダなんかへ行くと、
もう、家の奥のほうまで見えますよね。
──
あ、そのこともおっしゃってました。
外国では「家の中が見える」って。
田口
中庭タイプの集合住宅に住んでたりすると、
向かいの人の部屋の中、丸見えですよ。
──
ヒッチコックの『裏窓』みたいな
ミステリーが成立するのも、
そういう事情があるからなのかも。
田口
でも、おもしろいですね。
わざわざすりガラスの窓を撮ろうって。
──
窓辺だからいろいろ置いてあるんです。
すりガラスの向こうに。
洗剤、お花、ぬいぐるみ、食器。
それらが鮮明でなく、ぼやっとしてる。
印象派の絵みたいに見えるんです。
田口
なるほど。
──
すりガラスの向こうにあるものを通して
「東京のポートレートを撮る」
というお考えで撮ったらしいんですけど、
それが、おもしろいなと思います。
田口
すりガラスから生活を想像してる。
ちょっと「スケーパー的」ですね。
──
そうそう。そうなんですよ。
田口
その人やその人の暮らしが
本当はどうであるかいったん置いといて、
さまざまに想像を膨らませたり、
パターンのようなものが、見えてきたり。
──
生まれ育った東京を撮りたいと思って、
行きついたのが、
「すりガラスの向こう側にある生活」。
直接的にはすりガラスを撮っているけど、
気持ちとしては、
ガラスの向こう側に意識が向いている。
どんな人が暮らしているのかな‥‥って、
撮りながら想像しますもんね。
田口
目[mé]の南川さんがよく言うのは、
あらゆる存在は、
見られることによって、
「はじめて存在する」んじゃないかと。
「人跡未踏の崖の上に咲いている花は、
誰に見られなくても、
存在していると言えるのか?」という
興味関心だと思うんです。
同じように、
すりガラスの向こうの景色というのは
「見せるため」ではない。
でも、それらを観察することで、
何か見えてくるものがある‥‥という。
──
見る側の問題意識ってことですもんね。
かなりスケーパー的ですね。
住んでいる人としては、
よく見せないためのすりガラスだけど、
そのことがかえって、
向こう側を想像させてしまう、という。
田口
想像させてしまう‥‥という点は、
とても「スケーパー的」だと思います。
現代は「高画素社会、高解像社会」で、
とにかく解像度を上げて、
鮮明に見えることがいいことだ‥‥
みたいなことになっていますが、
あえて解像度を下げて、
人間の想像力の入り込む余地をつくる。
スケーパーの概念が、
いいところをねらってるなと思うのも、
そのあたりなんです。
──
絶対的な「答え」を提示していない。
スケーパーたちは。
田口
そう、そうなんです。
高解像度を良しとするならば、
もっと解像度を高く、もっと鮮明に、
もっと高速に計算して‥‥
そういう世界になっていきますよね。
そこでの「正解」は、
どうしても、ひとつに収斂していく。
──
でも、スケーパーが感じさせるのは、
正解はひとつじゃなくていい、
多様でいいんだよ‥‥みたいな考え。
田口
そうそう。
──
その反動なのかわかりませんが、
ナンチャラが正義‥‥的な言い方が
ありますけど、
「これが正解です、唯一の答えです」
と言われても
「あんまりおもしろくないな」って、
最近みんな、
思ってるような気が何となくします。
田口
ちょっと前の時代までは、
自分が選択してきた結果としての人生に、
それなりに満足できたと思うんですよね。
正解がわからないので。
因果関係をはっきりさせない
スケーパーの曖昧さは、
わたしたちに多様な選択肢を提示し、
世界を広げるきっかけになる
のではないかと思っています。
──
唯一の正解を求めるのではなく、
ウロウロすることじたいを楽しめたら、
いい意味で、想像力が
変な方向へ広がっていくというか、
いろんな答えが出てくるかもしれない。
田口
そっちのほうが、おもしろいですよね。

(つづきます)

2023-12-09-SAT

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  • SCAPERが跳梁跋扈する(!?) さいたま国際芸術祭2023は 12月10日(日)まで!

    田口陽子所長が
    その実態を解明しようとしている
    SCAPERは、いま開催中の
    さいたま国際芸術祭2023の会場に
    毎日「放たれて」いるようです。
    「旧市民会館おおみや」という
    古い建物の内部を
    まるで「迷宮」のようにつくりかえ
    展示の内容やプログラムが、
    日替わりで変化していく芸術祭です。
    ディレクターは、目[mé]。
    参加作家の展示を鑑賞しながら、
    SCAPERのことも
    どこかで気にしながら楽しめます。
    閉幕も間近。ご興味あれば、ぜひ。
    詳しいことは
    公式サイトでご確認ください。

  • illustration:Ryosuke Otomo