三國万里子さんが書いた初のエッセイ本
『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』が
この秋、新潮社から発売されました。
三國さんはニットデザイナーですが、
この本は純粋に文学としての力を持っている本です。
なにしろ、由緒ある出版社である新潮社さんが、
「この文章はすばらしい!」と絶賛して、
トントン拍子に出版が決まったのですから。
そんな文学界の老舗、新潮社。1896年設立。
神楽坂にある社屋も歴史と伝統があって、
ものすごくかっこよくて、いろいろおもしろいんです。
いつかこの場所を紹介したいなあと思っていた
Miknits担当のほぼ日乗組員みちこが、
ある秋の日、三國万里子さんといっしょに
新潮社のあちこちを見学させていただきました。
日本を代表する文芸出版社、新潮社ってどんなところ?
- 松本
- つづきましては、校閲部です。
- みちこ
- おおっ、ついに!
伝統ある、新潮社の校閲部!
- 三國
- たのしみです。
- 松本
- ご紹介します。
校閲部の江田と金作です。
- 江田
- よろしくお願いいたします。
校閲部の江田です。
- 金作
- 校閲部の金作と申します。
よろしくお願いいたします。
- 松本
- 今回、「写真はなし」という
本人たちの意向を尊重させていただきます。
- みちこ
- はい、それは、もちろん。
しかし‥‥あの、すみません、
なんか、想像してた「校閲さん」と
ぜんぜんイメージが違いました(笑)。
- 金作
- どんな人を想像されてたんですか(笑)。
- みちこ
- ええと、茶色のベストとかで、
シャツでネクタイで、
腕カバーをして指サックしているおじさまを‥‥。
- 松本
- なるほど、なるほど(笑)。
- 三國
- お二人ともオフィスカジュアルな女性ですね。
- 金作
- 腕カバー(笑)。
- みちこ
- 腕カバー、つけないんですか?
- 江田
- つけないです(笑)。
あ、でも、指サックは使いますよ。
- 金作
- 私が入った25年くらい前は、
ネズミ色の背広を着たおじさんたちが
いっぱいいるような職場だったんですけど、
いまは女性もたくさんいますね。
- 江田
- そうですね。
- みちこ
- 校閲部は何人くらいいらっしゃるんですか。
- 金作
- いまは雑誌も入れて、50人くらいでしょうか。
- みちこ
- 50人! 大きな部署ですね。
- 金作
- 週刊新潮編集部のつぎに多いですかね。
出版社のなかで比率としては、
たぶん相当多い方かと思います。
- 三國
- 出版社によっては、校閲の業務を
外注してるところもありますよね。
- 江田
- そうですね。
- 金作
- 新潮社もごく一部に外注はありますが、
社外校正者の手もかりつつ、
基本的には、中でやっております。
- みちこ
- あの、校閲さんの机といえば、
辞書がどどんと置いてあるイメージがありますが、
部署にはやっぱりたくさんの辞書が‥‥?
- 金作
- そうですね、漢和辞典だけで全13巻とか。
- みちこ
- うわー(笑)。
- 松本
- あと、いろんな辞典、
百科事典的なものもありますよね。
- 金作
- あります、あります。もう本当に、
「なんじゃ、こりゃ?」っていう
雑誌もあったりとか。
- みちこ
- へえーーー。
- 金作
- 世界の軍事辞典みたいなのとか、
あと、語学マニアの先輩が置いていった
アイスランド語辞典とか。
- 三國
- はーーーー。
- 金作
- ちなみにアイスランド語の辞典は、
アイスランド語の語句を
ドイツ語で解説しているものしか置いてなくて、
この間、アイスランド語を引く機会があったんですが、
まず、アイスランド語からドイツ語を引いて、
で、ドイツ語の辞書をまた引く。
- みちこ
- それ、現役で使ってるってことですね。
- 金作
- たまに、ヘブライ語辞典とか、
もう引き方さえよくわからない、
というようなものもあったりします。
- 三國
- 広辞苑とかはもう、
パソコンの中に入ってるって感じですか。
- 江田
- 広辞苑は紙で持っていて、
1人1冊、あります。
- 三國
- 1人1冊!
- みちこ
- 50人で50冊!
- 金作
- そして部内には、
広辞苑クラスになると初版からあります。
変遷がありますので。
- みちこ
- へえーーー。
- 三國
- はーーーー。
- 金作
- たとえば、漢字の使い方を調べるときも、
私たちは4種類の国語辞典を使っていて。
そのうちのどれかに載っていれば、
基本的に疑問を出さないという決まりがあるんですね。
たとえば、「違和感」ということばの
「違」という字を、ときどき、
「異なる」という漢字の「異」をつかって
「異和感」と表記する方もいらっしゃるんですね。
それはもともとは間違いではあるんですけど、
いま、『新明解国語辞典』『新潮現代国語辞典』では、
こういう書き方もあると採用されていますので、
もうそれについては、
「間違いでは?」という疑問は出さない。
- みちこ
- はーーー、なるほど。
- 三國
- インターネットやデジタルの辞書も使いますか。
- 江田
- はい。校閲部で契約している
詳しい辞書サイトもありますから。
- 金作
- オンラインで複数の言語の辞典を
調べられるようなものとか、
古語集みたいなものとか。
- みちこ
- はーーーーー。
みなさんは、新潮社に入社されてから、
配属先として校閲に?
- 江田
- というわけではなくて、
新潮社校閲部の採用があるんですよ。
- 三國
- あっ、そうなんですね。
- 松本
- かなり狭き門なんですよ。
だって、採用2人とかですから。
- みちこ
- 採用って、試験とかがあるんですか。
- 金作
- あります。入社試験の持ち物に、
「筆記用具、赤鉛筆含む」って書いてある(笑)。
- みちこ
- 赤鉛筆必須の入社試験(笑)。
- 三國
- みなさん、新卒採用なんですか?
- 江田
- 新卒もたくさんいますが、
中途採用の人も多いです。
私自身も、別の仕事をしてから入社試験を受けました。
- みちこ
- きっと難しい試験なんだろうなぁ。
新潮社の校閲はものすごくレベルが高い、
という噂をよくうかがいます。
- 三國
- 私、今回の本で体験して、びっくりしました!
祖母の運転免許の取得について
「教習所はまだなかった」というふうに書いたんですけど、
校閲部の方からのコメントで、
「昭和20年代に教習所ができたんですが、
取ったのはできる前で間違いないですか?」とあって、
「さすが新潮社の校閲! 噂は本当だったんだ!」
と思いました(笑)。
- 金作
- インターネットが普及してからはもう、
調べられることが多くなりすぎていて。
たとえば、行ったことのない国の裏道でも、
ネットで調べれば画像が出てきますから、
「本に出てくるこの看板があるのかどうか」
ということまで確認できて
疑問として出せてしまうんです。
- 江田
- ストリートビューがありますからね。
- みちこ
- 新しい技術もどんどん取り入れてるんですね。
すごいなー。
- 松本
- ぼくが入社してすぐの頃に校閲部のみなさんの
仕事を見ていて印象に残ったのは、
間違いなのか間違いじゃないのか微妙な、
グレーな領域ってあるじゃないですか。
そういうとき、校閲さんとしては、
ほんとうは、グレーじゃないように
修正したいんじゃないかなと思うんです。
でも、著者が変えたくないというときは、
著者の意思を優先させるんですよね。
- 江田
- それは、もちろんです。
- 松本
- ぼくは、勝手なイメージとしては、校閲さんって、
「ここは間違ってるから、絶対に変えてください」
って言うのかなと思ってたんですよ。
でも、よっぽどはっきりした間違いじゃない限り、
著者の意見を活かしますよね。
- 金作
- そうですね。
やっぱり原稿は名前の出ている方のものですので。
もちろん、後々の影響とかを考えて、
著者に不利益になるものは全力で止めよう、
そういうことはありますが、
基本的には原稿は著者のもの。
指摘はしますが、最終的には著者の意向によります。
- 三國
- 新潮社の校閲さんの赤字って、
読んでると、お人柄が浮かんでくるっていうか、
そういうところはあります。
なんかね、伝わってくるの(笑)。
- みちこ
- 三國さんはきっと
最上級のゲラをご覧になったんですね。
- 三國
- こんな丁寧に見てくださるって、本当にすごい。
だからこそ、「私ごときが本を出すなんて」とか、
言ってはいけないな、と思いました。
それに値するものだと、著者も信じなければ。
- みちこ
- おふたりが三國さんの本を見られたのですか。
- 江田
- 私たちだけでなく、
今回はOBに担当をお願いしていました。
- 金作
- 私どもの校閲は、最終的には、
けっこうな人数の目を通しますので。
- みちこ
- 1冊の本を何人もチェックするんですか?
- 金作
- そうですね。初校と再校で2人ずつ見ています。
2人のうち1人は社外の人に依頼して、
目を変えて見て、で、合間に
スケジュール管理などを担当している進行の者が見て、
最終的にデスクの私の方で確認して校了、という感じです。
- みちこ
- 1冊のチェックにだいたい
どのくらい時間をかけるんですか?
- 江田
- うーん、そうですね、
もちろん内容にもよりますけど、
初校だったら、だいたい3週間くらい。
初校と再校を合わせて1か月くらいですかね。
- 金作
- そうですね、1冊を1か月で見る感じ。
- みちこ
- はーーーー。
- 三國
- あの、単行本が文庫化されるときなんかも、
また読んだりするんですか?
- 江田
- もちろんそうです。
- 三國
- またイチから?
- 江田
- はい(笑)。
- 三國
- 加筆されてなくても?
- 金作
- 加筆されてなくても、イチから見ます。
- 三國
- それは何ゆえですか。
書いてあるデータは一緒ですよね?
- 金作
- そうですね。
でも、やっぱり目を変えれば、
それなりに、なにか見つかりますから。
まったく何も見つからない本って、
ないんですよ、ほんとうに。
- 松本
- あんなに何人もの目を通してるのに、
見つかるんですよねぇ‥‥。
- 金作
- 文豪の何十刷、
という本から出たこともありました。
- 松本
- そうなんですか! すごいなー。
- 三國
- たぶん、時代が変わると、
校閲の基準も変わったりしますよね。
差別的表現などは時代によって変わりますし。
- 江田
- おっしゃるとおりです。
差別的表現だけではないのですが、
とくに最近は移り変わりが激しいんですよ。
数年前に単行本で出たものを文庫にしようとすると、
当時は問題のなかった表現でも
引っ掛かることがあるんです。
- 金作
- 震災とか、社会的に大きい事件があったりすると、
人が気にする基準も変わってきますから。
そういうときは、著者の方にひとつひとつ
「どうしますか」と確かめるようにしていますが、
その対応も著者の方によっていろいろなんですよね。
文庫本は最終版として残りやすいので、
ぜひ直したいという方もいらっしゃるし、
「その当時書いたものなので、
それはそれとしてこのままでいいです」って
言う方もいらっしゃるし。
- みちこ
- あの、校閲するとき、
自分の好きな作家のゲラが来たら、
やっぱり心の中では、
うれしい! みたいな感じですか?
- 江田
- うーん‥‥複雑な気持ちになりますよね。
純粋に読んでたのしみたかったっていう気持ちと
早く読めてうれしい、でも‥‥の葛藤が(笑)。
- 金作
- 読み方がもうまったく別なんですよね、
いち読者として読むときと、
校閲の仕事として読むときというのは。
でも‥‥来たときはやっぱりうれしいかな。
だって、世界で、数番目に読めるわけですから。
でも、やっぱりたのしんで読むことはできません。
- みちこ
- そうなんですねぇ(笑)。
あと、そんなに多くはないんですが、
私も本づくりに関わることがあって。
完成した本が届くと、間違いが見つかるのが怖くて
もう、薄目でしか見れないです。
- 金作
- 私たちもいちばん怖いのは、見本を開くときです。
- みちこ
- あっ、おなじですね(笑)。
- 金作
- また見つかるんです、いろんなことが‥‥。
なんででしょうね、あれは。
できた後で見つかるんですよね。
- 松本
- できあがった本をぱっと開いた瞬間、
浮き上がって見えるときありますよね!
- 金作
- あります(笑)。
なんかあるような予感がして‥‥やっぱりある。
- 一同
- (笑)
- みちこ
- ああーっ。
- 金作
- でも、校閲部には、
発売後に見つかった赤字を
つぎの増刷のときに修正するために
書き出しておくという仕事があるので、
見ないわけにもいかないんですよ。
- みちこ
- ああ‥‥薄目じゃなくて、
ちゃんと目を見開いて見なければいけないんですね。
- 三國
- 校閲の仕事って、終わらないんですね。
何度も見て、印刷されても、出版されても、
もう終わりってわけにはいかないんですね。
- 金作
- いかないんです。
何度も何度も見ては直して、です。
(つづきます!)
2022-11-26-SAT