ほぼ日がつくる、肌と道具とメイクのブランド、
Shin;Kuuのディレクター・岡田いずみさんが、
映画監督の西川美和さんにインタビューをしました。
岡田さんにとって「人生初のインタビュアー」です。
舞台設定に合わせ、
女優やモデルの魅力をヘアメイクで
作っていくのが仕事の岡田さん。
そうして出来上がった「ひと」を動かし、
しゃべらせ、情感まで描くのが、西川さん。
西川さんの長年のファンである岡田さんは、
「映画や物語のなかで人間を描いてきた
西川さんは、いったいどうやって
登場人物のキャラクターを形作るんだろう?」
ということに、かねてから興味がありました。
西川さんの最新の映画『すばらしき世界』は、
佐木隆三の小説『身分帳』に惚れこんだ西川さんが、
役所広司さんにラブコールを送って、
脚本を書きはじめた作品。
人生のほとんどを刑務所で過ごした
主人公・三上が出所し、
東京にポトンと落とされるところから
物語がはじまります。
この映画を真ん中にはさんで、
生きることのままならなさや
働くことのおもしろさと苦労、
そして、自分をいつくしむことについて、
同世代のふたりの対話がはずみました。
「自分を肯定して、ごきげんになる」のが
コンセプトのShin;Kuuと、西川さんの世界は、
深いところでつながっていたようです。
(ふたりの話は、映画『すばらしき世界』に
深く切り込んでいる部分があります。
なるべく“ネタバレ”にならないようにしていますが、
気になる方は、ぜひ先に映画をごらんくださいね。)
写真 押尾健太郎
西川美和(にしかわ・みわ)
早稲田大学在学中に『ワンダフルライフ』
(是枝裕和監督・1999年)にスタッフとして参加。
フリーランスの助監督として活動後、
『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。
第58回毎日映画コンクール・脚本賞ほかを受賞。
対照的な性格の兄弟を描いた『ゆれる』、
無医村に紛れ込んだ偽医者が、村人からの期待と
職責に追い込まれる『ディア・ドクター』など
話題作を次々に発表。
2012年には火災で一切を失った一組の夫婦の
犯罪劇を描いた『夢売るふたり』、
2016年には同名の原作小説を映画化した
『永い言い訳』を手がけ、
日本映画界にはなくてはならない存在に。
最新作『すばらしき世界』が6作目めの映画となる。
広島県出身。
岡田いずみ(おかだ・いずみ)
資生堂のヘアメーキャップアーティストとして、
広告ビジュアル、商品開発、美容教育、
コレクションなどにたずさわったのち、
2005年よりフリーランスに。
広告や音楽、美容誌のビジュアルのほか、
各種メディアで幅広く活躍。
2011年に上梓した著書『まいにちキレイをつくる手帖』では、
ヘアメイクにとどまらず、構成・文章・イラストなどをすべて手がける。
2020年には広告ビジュアルの
クリエイティブディレクター、動画の監修、
ストレージバッグ&ポーチブランド『MAY TWELVES』の
ディレクターを務めるなど、
新たなフィールドにも活動の場を広げている。
福岡県出身。
- 岡田
- 『すばらしき世界』にときどき出てくる空が、
すごく印象的でした。
- 西川
- ええ。
- 岡田
- 東京は空が狭いから、
見上げてもいつもビルばかりで。
それなのに、映画の中では
雲と雲の間がぽっかりあいて、
役所さん演じる主人公・三上が
ちょっとは周囲に受け入れられたかな?
というシーンと重なって。
- 西川
- 何度か取材で福岡に行ったりしながら、
原案になった『身分帳』のモデルのかたが
辿った場所のようなところを見て歩きました。
主人公は、刑務所からせっかく出てきたのに、
東京で四方八方ビルや壁に囲まれて、
小さな住まいで、周囲の人の目を気にしながら、
結局のところゆるやかに囚われている。
東京暮らしをしている人、とくに、
地方から出てきている人というのは、誰もが
大なり小なり感じていることかもしれません。
私も、地方の出身ですから、
知らず知らずのうちに、映画のなかで
表現しているのかもしれないです。
- 岡田
- 誰からも指図されているわけではないのに、
自分の居ずまいをどうしたらいいか
わからないというか‥‥。
- 西川
- そうですよね。
- 岡田
- それまで正しいと思っていたことを、
「えっと...? 違うの...?」と
考え直さなくてはならないようなシーンが
いくつか出てきました。
- 西川
- 岡田さんのお話を聞きながら、
私も思い出します。
誰からも言われていないのに、
勝手にアジャストしなきゃいけないような
気持ちになって、くたびれちゃって‥‥
というところがあるでしょうね。
自分の本質みたいなところを
隠しているというか。
- 岡田
- 誰かと本音で話をしたいし、
話す気もあるんだけど、
居住まいがわからず、
話しようがなかったり。
- 西川
- ええ。
- 岡田
- 私、いまだに、
くだけた言葉が使えないんです。
福岡弁だとすぐに反応できるんですけど、
標準語にトランスレーションするうちに、
言葉もテンションもかしこまってしまって。
- 西川
- 人格が出せない?
- 岡田
- まだ出せないところがある気がします。
そのせいで冷めて見られたりとか、
誤解されているかもと思うこともあって、
なかなか手ごわいんです。
- 西川
- ええ、ええ。
- 岡田
- 監督の映画を観ていると、
自分の内側にある、言葉になっていない気持ちが、
ずるんと出てきてしまうんです。
毎回、毎回、本当に、勝手に親近感でいっぱいで。
最初に緊張と弛緩のウェーブがきていると
申し上げたのは、そういうことなんです。
- 西川
- まさかこんなに深く作品を
観ていただいていたとは思わず、
今日、ここに来ました(笑)。
- 岡田
- タイトルのつけかたにも、
とても感じるところがあります。
新しくはじまる「Shin;Kuu(シンクー)」
というブランドでは、
言葉で人を元気付けるようなことも
していきたいと思っているんです。
わっしょい! わっしょい!
という派手なものだけではなく、
そっとだけど深く響く
応援の仕方はないのかなあと考えていて。
- 西川
- なるほど。
- 岡田
- 今、真面目なことって、裏返しになって
できないことが多いですよね。
私はまわりのひとから
真面目だねって言われることが多くて
悩みましたが、変われない。じゃあ、
いっそ真面目を突き抜けてみようと思って。
- 西川
- ええ。
- 岡田
- 真面目をこじらせるんじゃなくて、
昇華させられるくらい磨いてみたら、
もしかしたら、
人の気持ちを優しくさせるようなことが
できるんじゃないかって。
私が監督の映画から感じとってきたような作用が、
ビューティのブランドでもできたらと思います。
最初の出会いとなるブランド名を考える時も、
名前って本当に大変だなあって感じました。
- 西川
- シンクー。
響きがキリッとしていて、いいですね。
- 岡田
- ありがとうございます。
監督の『きのうの神様』(2009年・短編集)の
ネーミングには、やられました。
- 西川
- ああ。
- 岡田
- このひとことで、いろんなことがわかってしまう。
昨日までは神様、でも今は違う。
今すぐ答えが知りたくなります。
- 西川
- ええ、ええ。
- 岡田
- 『永い言い訳』も、
なぜ「長い」ではなくて、「永い」なのか。
今回はなぜ「素晴らしい」ではなく、
平仮名で「すばらしき」なのか。
- 西川
- すばらしい、ではなく。
タイトルは、本当に、困っちゃいましてね。
- 岡田
- 原案は『身分帳』ですよね。
- 西川
- 『身分帳』というタイトルの小説を読んで、
ものすごく面白いから
ぜひ多くの人に読んで欲しいと思ったのが、
映画化しようと思ったきっかけでした。
- 岡田
- ええ。
- 西川
- 私が手に入れたときは絶版状態だったんですね。
なんとか復刊してもらいたいなあっていうところを、
モチベーションとしてはじめたんです。
原案のタイトルになっている「身分帳」というのは、
刑務所に服役しているが中に入って作られる
個人台帳のようなもので、
主人公のそれを元に、
生い立ちや犯罪の経歴について
小説では非常に細かく描かれているんですが、
そのタイトルのままでは地味だし、
まず意味がわからないし、
とてもお客を呼べそうなタイトルでは
ないのはわかっていたんですが、その、
誰にも相手にしてもらえないニュアンス自体が、
この作品らしくて私は好きだったんですよ。
- 岡田
- ええ。
- 西川
- それでも興味を持ってくれる人が観ればいいじゃないか、
という考え方もあるでしょうけれど、
映画はものすごくお金をかけて作るものですし、
多くの人に観てもらわなくちゃならない
という宿命を背負っています。
また、映画では原案になった小説ほど
『身分帳』そのものが軸になっているわけでもないので、
違うタイトルを用意してもらえないだろうかと
みんなから頼まれて。
- 岡田
- 主人公の三上という男について
表現する方向に、
タイトルが行きがちだと思ったんですが。
- 西川
- 主人公のいびつな個性とか人生が
軸になっている話なんだけれども、
実は、彼を通して見えてくるのは
私たちや、世界のほうなんだなって
途中で気がついていったんですよ。
ポスターの役所さんの表情じゃないけど、
なんとなく、こっち側が
問われているような気がしませんか。
本当にそれが、心地よい世界なのか?
彼が夢見て出てきた社会っていうのは、
本当に自由があるのか? って。
そいうものを、都度都度、
感じさせられるテーマだなっていう風に
思ったんですね。
- 岡田
- ほんとうに。
- 西川
- 皮肉な意味もありつつも、
でも、否めないくらい
世界には美しいものが存在していて。
大袈裟なものでなくても、
人と人が挨拶を交わすとか、それこそ、
炊きたてのご飯を食べることができるとか、
そいうものの、ひとつひとつが
すべて、価値があると思うんですよね。
- 岡田
- ええ、ええ。
- 西川
- どちらも味わいながら、
渡りきって行かなきゃならないのが
私たちひとりひとりの人生であって。
禍福はあざなえる縄の如しというか、
厳しさもふくよかさも両方包み込む
両義的な意味のタイトルがいい気がして、
ここに落ち着いんだと思います。
- 岡田
- なるほど。そうだったんですね。
- 西川
- 「すばらしき世界」って言葉自体は
陳腐だと思うんです、とっても。
どこかで聞いたことがある、
何かで読んだことがある、誰でも言いそうな、
大した重みもない言葉ですよ。
それこそが私たちの世界の現実だと思うし、
でも、だからこそ、
もういっかい考えてみる、大したことはないけど、
捨てたものじゃないところもあるんじゃないか、
そういう含みがある言葉だなあと思っています。
- 岡田
- 監督の映画は、
タイトルから駆け引きがはじまる。
- 西川
- ふふふ。
(続きます)
2021-02-12-FRI
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映画『すばらしき世界』
2021年2月11日(祝・木) 公開
監督・脚本:西川美和
原案:佐木隆三著「身分帳」(講談社文庫刊)
キャスト:役所広司
仲野太賀 六角精児 北村有起哉 白竜 キムラ緑子
長澤まさみ 安田成美 / 梶芽衣子 橋爪功
配給: ワーナー・ブラザース映画オフィシャルサイトはこちら
©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会