『ちびまる子ちゃん』や『COJI-COJI』など
数々の名作を生んださくらももこさんの本の装丁を、
数多く手がけてきた
グラフィックデザイナーの祖父江慎さん。
長年、ともに仕事をしてきた祖父江さんにとって、
さくらさんはどのような存在だったのでしょう。
二度の機会をいただいて、
じっくりお話を聞いてきました。
第一弾は祖父江さんの事務所で、
貴重な過去の資料を見せていただきながら。
第二弾は東京に巡回中の「さくらももこ展」へ、
祖父江慎さんと糸井重里で行きました。
ヘッダー画像:©さくらももこ ©さくらプロダクション
祖父江慎(そぶえ・しん)
1959年愛知県生まれ。
グラフィックデザイナー。コズフィッシュ代表。
多摩美術大学在学中に工作舎でアルバイトをはじめる。
1990年コズフィッシュ設立。
書籍の装丁やデザインを幅広く手がけ、
吉田戦車『伝染るんです。』や
ほぼ日ブックス『言いまつがい』、
夏目漱石『心』(刊行百年記念版)をはじめとする、
それまでの常識を覆すブックデザインで、
つねに注目を集めつづける。
展覧会のアートディレクションを手がけることも多く、
「さくらももこ展」ではアートディレクションと
図録のブックデザインを手がける。
Xアカウント:@sobsin
- ─
- 『あのころ』のころには、
祖父江さんに対するあやしさみたいなものは、
すっかりなくなっていたんですか?
- 祖父江
- うーん、仲良くはさせてもらっていたけど、
まだ微妙に宗教ババア感はあったかもしれない。
なんだか、忙しかったですからね。
さくらさんのところに行くとき、
だいたいぼくは間違えて服を着ていて。
- ─
- 服を、間違えて着ている?
- 祖父江
- 服が裏返しだったりバラバラだったり、
もう間違えまくってた。
寒い日に「お待たせしましたー!」
ってさくらさんの事務所に行って、
上着をぬごうとしたら、
「あ、ジャンパー裏表に着てた」とかって。
- ─
- (笑)。
- 祖父江
- さくらさんは
「デザイナーは裏表逆に着るのがイカしてんだ」
ってまったく勘違いしてたみたい。
- ─
- しょっちゅう間違っていたから、
デザイナーはそっちがふつうなんだって
信じちゃったんですね。
- 祖父江
- そうそう、ファッションだと思われてて。
- ─
- でも、そんな祖父江さんの人柄もふくめて、
さくらさんは信頼されているというか
ご一緒するのが楽しかったんじゃないのかなと、
3部作シリーズのあとがきを読んで、思いました。
「祖父江さんに会えるのがうれしくて」、
といった文章を何度か読みました。
- 祖父江
- わーい!
一緒にお話するの、すごく楽しかったです。
- ─
- 『あのころ』のブックデザインについては、
どんなことが印象に残っていますか?
- 祖父江
- ぼくはもともとへそ曲がり的なところがあるんで、
その当時、一番人気の書体を本文に使うのは
「あんまりなあ‥‥」と思っていたんです。
さくらさんの本に限らずですが、
それが、石井中明朝体ニューかなラージ、
略してNKLっていうものなんですけど。
- ─
- いまはあまり使われていないですよね?
- 祖父江
- 写研という会社の写植書体だから、
いまはほとんど使われていないんです。
でも『もものかんづめ』、『さるのこしかけ』、
『たいのおかしら』もぜんぶ石井中明朝体NKL。
ほかの本も、なにも指定しなければ、
自動的に石井中明朝体NKLになるくらい一般的で、
「思考のない書体」だと
当時のぼくは勝手に思ってたんです。
- ─
- 石井中明朝体NKLを使うことは、
デザイナーのプライドとして許せなかった
ということでしょうか。
- 祖父江
- 「ぼくはちゃんと本に向き合ってつくっているんだ!」
という気持ちでしたから。 - だから、エッセイ本ではじめて
さくらさんとご一緒した『いきもの図鑑』では、
ぼくが提案した別の書体を使ったんです。
まあ、これまでのエッセイ本と毛色も違うし、
それはそれでよかったのかもしれない。
だけど、『あのころ』の最初の書体をみたさくらさんが、
「本文の書体になんだか違和感がある」とおっしゃって。
- ─
- すぐに違和感に気づいたんですね。
- 祖父江
- よくわかりましたねえ、ってぼくも言いました。
こんな書体なんですよって説明をしたら、
「いつもの書体がいい」って言われてしまって。
- ─
- さくらさんは石井中明朝体NKLが
お好きだったんですね。
- 祖父江
- そうみたい。
当時のデザイナーはぜったいに
使ったことがある書体なんです。
でも、明朝体の目利きとして、
ぼくは「一生使うまい」と決めていて、
ある意味それがデザイナーとしての“御守り”だった。
でも、さくらさんに言われてしまったら、
使うしかないですから。
- ─
- じゃあ、決まりをやぶって、
書体を使うことに。
- 祖父江
- うん。いろいろ言いましたけど、
さくらさんの意見は変わらなかった。
でも、実際に石井中明朝体NKLで組んでみると、
さくらさんの作品にすごく合うんですよ。
そこで、ぼくは解放感をあじわって。
- ─
- おおー、そうですか。
しばられていたものから解放されて。
- 祖父江
- そうそう。
自分で意味のないしばりをしてた。
そこで、世の中のふつうはすばらしい、
ってことに気がついたんです。
- ─
- さくらさんが気づかせてくれたんですね。
- 祖父江
- ぼくにとって、
さくらももこさん=石井中明朝体NKL。
それか、手書きのやわらかい文字。
‥‥おや、ここになにか貼ってある!
- ─
- 「さくらももこ展」のポスターがどどーんと。
- 祖父江
- 「さくらももこ展」の題字も、
石井中明朝体NKLっぽい書体をつくって
書いたんですよ。
- ─
- 書体をつくったんですか。
- 祖父江
- 写植の時代の書体なんで、
打ってもらうには時間がかかってしまうんです。
なので、昔の石井中明朝体NKLをスキャンして、
組み合わせて、いろいろしてつくりました。
宗教ババアだったぼくに、
ふつうのすばらしさを教えてくれた
感謝の気持ちを込めての石井中明朝体NKLです。
- ─
- 祖父江さんの
大きなターニングポイントだったんですね。
- 祖父江
- このエッセイ3部作は、
いろいろ思い出があります。 - 最初から3部作想定ではあったんだけれど、
「3部作だと気づかれないようにしたい」
という要望があったんです。
で、一般的にシリーズ本の1冊目って、
「赤」が多いんですよ。
2冊目は「青」とか。
緑だと売れない、と言われていたり。
- ─
- よく売れる本にするための法則、
みたいなものがあるんですね。
- 祖父江
- 当時はね、都市伝説みたいなものがいっぱいありました。
黒、金、紫、緑は売れないっていうジンクスとか。
- ─
- へえ、なるほど。
- 祖父江
- 村上春樹さんがそのジンクスを
真っ向から壊してくれたから
ぼくらもやりやすくなったんだけれど、
さくらさんの場合は、一冊目が緑なんです。
ふつうじゃないけど、通っちゃった。
- ─
- そこは、ふつうじゃなくても、
通っちゃうんですね。
- 祖父江
- だいたいシリーズものって、
一冊目がよく売れるんですよ。
だから、最後をいちばん目立つ赤色にしたくて、
一冊目は緑、だから真ん中は黄色。
- ─
- 信号ですね。
- 祖父江
- そうです。
で、タイトルが『まる子だった』だと、
漫画だと思う人もいるかもしれないでしょう?
だから、漫画ではないことをわかりやすくするために、
表紙は線を使わない絵にしたいですって話したら、
ジャジャーン。こうなりました。
- ─
- ビーズや砂でつくられているんですよね。
- 祖父江
- そうなのです。
- ─
- 『あのころ』『まる子だった』『ももこの話』の
あとがきを読むと、祖父江さんとの
表紙や本づくりのあれこれが書かれています。
さくらさんが、これだけ細かく手を動かして
表紙をつくられているんだと知ったとき、
びっくりしました。
- 祖父江
- さくらさんは、手仕事が好きで、
よく小物入れを手づくりしてて、
いいものができると周りにプレゼントしてたんです。
なので、そういう仕事とは違うことを
表紙でもやってもらいたいなと思って。
- ─
- さくらさんはどういう反応でしたか?
- 祖父江
- 最初は「できないよ」(声を真似て)と言われたけど、
いろいろ話しているうちに
「そういえば、小学校のときにやらなかった?」
とかいって、さくらさんが提案してくれたんです。
卵の殻に色を塗ったものを貼って、絵をつくったって。
- ─
- 卵の殻のモザイクアート
みたいなものですか。
- 祖父江
- 思いついたらすぐやってみるんです。
「それやりたい!」ってノリノリでした、
ゆで卵を何個もつくって。ぜんぶ食べたって。
- ─
- うわあ、それはすごい量を。
- 祖父江
- だから「卵はもうダメだ」
「あれ以来食べるのがイヤになっちゃったよ」
って話になって、
『まる子だった』は「フェルトはどう?」って
ぼくから提案したんです。
- ─
- 卵はもうダメだっていうのが、
まるちゃんみたいなエピソード(笑)。
- 祖父江
- 3冊目になると、
もうネタがなくなってきちゃって。
どうしたものかと考えたんだけど、
さくらさんがちょうどこのとき
不思議な世界にハマってたんですよ。
それで、チベットのお坊さんが
砂絵を描くっていうのを知って、
「あれやりたいよ」って、さくらさんが。
- ─
- チベットの仏教に伝わる、
砂絵で描く曼荼羅ですよね。
- 祖父江
- 色鉛筆を削って砂にして、
コツコツつくってくれました。
さくらさんは「やりたい」って気持ちがノルと、
ほんとに楽しそうにつくってくれるんです。
(つづきます)
2024-11-04-MON
-
2022年11月に高松市美術館ではじまり
全国を巡回している「さくらももこ展」が、
六本木ヒルズにある森アーツセンターギャラリーで
2025年1月5日(日)まで開催中です。
1984年に「りぼん」でデビューして以降、
『ちびまる子ちゃん』、『COJI-COJI』などの漫画や、
エッセイ、脚本、作詞などさまざまな
さくらさんの作品を一気に楽しめる機会です。
漫画の生原稿の繊細さ、
美しさももちろん素晴らしいですが、
さくらさん自身が大切にした小さな日常や、
ライフステージの変化によって生まれた作品群など、
また違った視点で、さくらさんの作品を
楽しむことができます。
アートディレクションをつとめたのは、
祖父江慎さん率いるコズフィッシュさん!
それぞれのパートのメッセージに寄り添った、
丁寧なつくりこみは見どころです。
展示点数は、なんと300点ほど。
前期・後期で一部カラー原画の入れ替えがあり、
前期は2024年11月20日(水)まで、
後期は2024年11月21日(木)から
2025年1月5日(日)までです。
グッズも見逃せないものがたくさんあるので、
時間に余裕をもっておとずれてみてください。
詳細はオフィシャルサイトをご確認ください。画像:©さくらももこ ©さくらプロダクション