『ちびまる子ちゃん』や『COJI-COJI』など
数々の名作を生んださくらももこさんの本の装丁を、
数多く手がけてきた
グラフィックデザイナーの祖父江慎さん。
長年、ともに仕事をしてきた祖父江さんにとって、
さくらさんはどのような存在だったのでしょう。
二度の機会をいただいて、
じっくりお話を聞いてきました。
第一弾は祖父江さんの事務所で、
貴重な過去の資料を見せていただきながら。
第二弾は東京に巡回中の「さくらももこ展」へ、
祖父江慎さんと糸井重里で行きました。
ヘッダー画像:©さくらももこ ©さくらプロダクション
祖父江慎(そぶえ・しん)
1959年愛知県生まれ。
グラフィックデザイナー。コズフィッシュ代表。
多摩美術大学在学中に工作舎でアルバイトをはじめる。
1990年コズフィッシュ設立。
書籍の装丁やデザインを幅広く手がけ、
吉田戦車『伝染るんです。』や
ほぼ日ブックス『言いまつがい』、
夏目漱石『心』(刊行百年記念版)をはじめとする、
それまでの常識を覆すブックデザインで、
つねに注目を集めつづける。
展覧会のアートディレクションを手がけることも多く、
「さくらももこ展」ではアートディレクションと
図録のブックデザインを手がける。
Xアカウント:@sobsin
- ─
- わたしが祖父江さんの存在を知ったのは、
さくらももこさんが編集長をつとめられていた
「富士山」がきっかけでした。
- 祖父江
- あれはねえ~、たいへんでした。
- ─
- 2000年に4冊も、2002年に1冊の全5冊が刊行されて、
雑誌のようにいろいろな記事が読める本ですけど、
全ページデザインが違っていましたもんね。
- 祖父江
- さくらさんが“一冊丸ごと責任編集”みたいなことを
やりたいっていう話があったんです。
それで、やろうやろうってはじまったんだけれど、
あらゆるページに手を入れたいっていうことで‥‥‥‥。
- ─
- 当時を思い返して、
祖父江さんが黙ってしまうほど。
- 祖父江
- 1号目は「どんなのができるのか楽しみだなあ」
って感じだったけれど、2号目から
全員ヘロヘロだったと思う。
- ─
- わりと、そうそうに(笑)。
- 祖父江
- おなじページがほぼないからね。
- ─
- 誌面からものすごく気合いを感じたので、
きっと祖父江さんも思い出が
たくさんあるんじゃないかななんて
勝手に思っていました。
- 祖父江
- 思い出はあります。
とくに思い出深いのは、ケンカしちゃって。
- ─
- さくらさんと祖父江さんで、ですか?
- 祖父江
- この話ありかなあ、どうかなあ。
もういいのかなあ。
- ─
- そんなに大ゲンカを‥‥。
- 祖父江
- いや、そこまでじゃないんだけど、
「富士山に登った人と登らなかった人」
っていう記事があるんです。 - 「富士山」っていうタイトルだから、
せっかくなら富士山に登ってみよう
っていう企画が立ち上がったんですよ。
それで、カメラマンさんとかライターさんとか、
いろいろ座組を組んで、取材準備をして、
富士山まで行ったんだけれど、
さくらさんが当日「やっぱり登らない」って。
- ─
- あらま。
- 祖父江
- 文章にも残っていますよ、
「やっぱり登らないことにした、と告げた」。
- ─
- 体調が悪かったんですかね。
- 祖父江
- ううん、違うの。
さくらさんってね、
根がまるちゃんみたいなんですよ。
- ─
- 根がまるちゃんですか。
- 祖父江
- もう、まるちゃんそのもの。
前日まではすごい楽しみにしていたんですよ。
みんなで登山用のグッズを買い揃えて、
ワクワクです。
だけどね、急にめんどくさくなったんだと思います。
楽しいとノリノリなんだけれど、
義務っぽい感じになるとすぐイヤになる。
小学生みたい。
- ─
- まるちゃんも、
めんどくさがり屋ですもんね。
- 祖父江
- 木村さんっていう担当編集の人はやさしいから、
こう書いてあるでしょ。
「富士登山を辞めることにした私のことを責めずに
『わかった。じゃあ五合目まで来てね』
と言ってくれた。車で行くのなら息子も連れて行った」。
だから、さくらさん以外のみんなは登ったの。
鼻水垂らして、ゼーゼー言いながら、
さくらさんは車で待ってたって。
それで「これはひどいよ!」って。
- ─
- 祖父江さんがさくらさんに言ったんですね。
- 祖父江
- 読者だって、富士山に登ったさくらさんの話は
どんなだろうって楽しみなはずなのに、
めんどうだから登るのをやめて、
他の人たちに行ってもらったってエッセイは
どうかと思うと話したんです。 - それでね、このページ、
真ん中がすっぽり空いているでしょ?
- ─
- ページの真ん中が真っ白ですね。
- 祖父江
- ほんとうは、
ここにエッセイを入れるつもりだったんです。
だけど、ぼくの怒ってる気持ちを伝えようと思って、
わざとエッセイを端っこに入れて。
そしたらさくらさんから、
「なんでページの真ん中を白くして、
原稿をこんなにちっちゃく隅っこにしたの」
って言われたから「登らなかったでしょ」とか言って。
- ─
- わあ‥‥
- 祖父江
- それで、ぼくが思っていることを話したら、
ちょっとケンカみたいになっちゃって。
「読めるようにレイアウトしてよっ」
「やだ!」
ってやり取りが続いたんです。
- ─
- 結果的に祖父江さんの意見が通ったんですね。
- 祖父江
- だって、ぼくが入稿するんだもん。
- ─
- ひえ~!
- 祖父江
- 今考えるとすごいよね。
- ─
- 祖父江さんも富士山は登ったんですか?
- 祖父江
- あー、それはね。登ってないです。
- ─
- ええ〜〜! さくらさんを責めた立場なのに。
- 祖父江
- ぼくとさくらさんはおんなじだよね(笑)。
- ─
- 言われたくない人に言われたと思います(笑)。
- 祖父江
- ちょっと嫌われちゃったかな、なんて
しょんぼりしたこともあったんだけど、
そんなこともなく、さくらさんとは仕事が続きました。
- ─
- ああ、よかったです。
- 祖父江
- おもしろかったのは『またたび』かな。
- ─
- 2003年に刊行された旅行エッセイですね。
- 祖父江
- さくらさんは94年にめろんくんが生まれて、
とにかくいそがしかったんですよ。
漫画はあるし、アニメはあるし、エッセイもあるし。
そんな中で「富士山」をやりだしたでしょ。
しかも、さくらさんは好奇心が旺盛過ぎる。
小物つくったり、熱帯魚飼ったり、大忙し。
- ─
- 時間がいくらあっても足りないですね。
- 祖父江
- その前のエッセイでは
卵の殻とかで表紙をつくってくれたけど、
『またたび』のときは子どものことに
興味がググっと向いてる時期だったんですね。
仕事を整理して、
なるべく子どもとの時間をつくられてて。
- ─
- お子さんとの日々も、
エッセイでたくさん登場しますもんね。
- 祖父江
- で、『またたび』の表紙について
相談しようと思って連絡をしたら、
「あたしゃもう仕事の時間より、
子どもといる時間を楽しみたいから任せたよ」
とか言われて。
「いい感じにしといてよ」とか。
- ─
- まるちゃんみたいです(笑)。
- 祖父江
- 任せたって言われてもぼくは描けないから、
カバーの絵だけ描いてほしいって言ったんだけど、
「富士山で描いたやつから使ってよ」
「適当にあるじゃん」とか言って。
どうにかして描いてもらいたかったから、
作戦を立てたんですよ。
- ─
- 作戦ですか。
- 祖父江
- 当時、さくらさんの仕事場とぼくの事務所は
すぐ近くだったんです。
それで「そっちに行ってもいい?」って電話をして。
「別にいいけど、ぜったい描かないよ」
とか言われながら仕事場に向かったんです。 - 「息子と遊んでる」って言ってたから、
ぼくはね、そのとき身体に、
おもちゃを仕込んでいったんですよ。
- ─
- 身体におもちゃ作戦‥‥。
- 祖父江
- トーマスが好きだって聞いてたんで、
数字柄のシャツにおもちゃをしのばせて行ったんです。
めろんくんに「ぼくのシャツの数字を押してごらん。
どれかが当たりだよ」なんて言ったら、指で押すでしょ。
「ブブーっ!」「うーん、こっちか!」
「もうちょっと右が怪しいかも?」「これ?」って、
正解のところでぼくの服から
トーマスのおもちゃがガラガラガラって出てくる。
- ─
- あははは、子どもはよろこびそうですね。
- 祖父江
- おおよろこびですよ。
さくらさんもちょっと笑っちゃってて、
「仕事のお話があるから向こうで遊んでおいで」って
時間をつくってくれたんです。
- ─
- 祖父江さんの作戦、成功ですね。
- 祖父江
- だけど、ここからが大変。
(さくらさんの声をマネしながら)
(ソ)「表紙の絵をなんとか描いてほしいんだけど」
(さ)「やっぱり、その話か。
描かないって言ったじゃん」
(ソ)「じゃあさ、どういうのがいいと思う?」。
(さ)「まあ、旅っていうからには旅の絵じゃない?」 - ぼくはね、スケッチブックを用意していったんですよ。
「どんなのかなあ」なんて
へたくそな絵を描いていたらさくらさんが、
(さ)「ソフエくん(さくらさんが呼んだ愛称)が
描けばいいじゃん」
(ソ)「ええっ、ぼくが描くの?」
(さ)「そうだよ」
(ソ)「‥‥じゃあ、描く!」
隠し持っていた絵の具と画用紙を取り出してさ。
- ─
- 用意周到ですね。
- 祖父江
- (さ)「なにそれ!
まさか描かせようってつもりじゃないでしょうね」
(ソ)「いやあ、どんなかなあと思って。
ふふふ~ん。こんな感じかなあ?」
(さ)「‥‥」
(ソ)「それとも、こんな?」「こっちか?」
(さ)「‥‥違うよ」
- 祖父江
- おっかしいんだよね。
さくらさんって筆まめな人だから、
戻しのFAXとかおたよりとかいっぱいくれたのに、
どうしたってこのときは描いてくれないの。
でも、ぼくも必死ですよ。 - (ソ)「目とか鼻って、どうだっけ?」
(さ)「‥‥まあ、そんな感じかな」
(ソ)「顔はこんな感じ?」
(さ)「‥‥‥‥違うよ。こうだよ」
って、ついに鉛筆を取ってくれて。
- ─
- わあ〜、さくらさんが手を入れると、
一気に雰囲気が変わりますね。
- 祖父江
- (ソ)「身体はこんなだっけ?」
(さ)「その手にはのらないよ」
- ─
- うまくいかない(笑)。
- 祖父江
- まあでも、最後には
「わかったよ、描けばいいんでしょ」
って描いてくれました。
- ─
- おおー、祖父江さんの作戦勝ち!
- 祖父江
- とっても大変でしたけど、
なんだかさくらさんだなあって思います。
(つづきます)
2024-11-05-TUE
-
2022年11月に高松市美術館ではじまり
全国を巡回している「さくらももこ展」が、
六本木ヒルズにある森アーツセンターギャラリーで
2025年1月5日(日)まで開催中です。
1984年に「りぼん」でデビューして以降、
『ちびまる子ちゃん』、『COJI-COJI』などの漫画や、
エッセイ、脚本、作詞などさまざまな
さくらさんの作品を一気に楽しめる機会です。
漫画の生原稿の繊細さ、
美しさももちろん素晴らしいですが、
さくらさん自身が大切にした小さな日常や、
ライフステージの変化によって生まれた作品群など、
また違った視点で、さくらさんの作品を
楽しむことができます。
アートディレクションをつとめたのは、
祖父江慎さん率いるコズフィッシュさん!
それぞれのパートのメッセージに寄り添った、
丁寧なつくりこみは見どころです。
展示点数は、なんと300点ほど。
前期・後期で一部カラー原画の入れ替えがあり、
前期は2024年11月20日(水)まで、
後期は2024年11月21日(木)から
2025年1月5日(日)までです。
グッズも見逃せないものがたくさんあるので、
時間に余裕をもっておとずれてみてください。
詳細はオフィシャルサイトをご確認ください。画像:©さくらももこ ©さくらプロダクション