──

自分は、田島先生の描かれた
『水は海に向かって流れる』という作品が、
好きな漫画ランキングで言うと、
おそらく‥‥１位か２位なんですけど。

田島

えええっ！

──

はい、永遠の１位が『ゴルゴ１３』なので、
順位で言えば銀メダルなのですが、
めちゃくちゃ大好きというのは本当でして。

田島

ありがとうございます（笑）。

──

あの作品が、つまり、大殺界を抜けた後に。

田島

そう‥‥ですね。

篠原

まず、読み切りが一本、できたんですよね。
『NOT FOUND』という作品ですが。

で、その原稿料で何とか食いつないで‥‥。

田島

でも、またお金がなくなるんです。

篠原

連載へ向けて、
また描きはじめましょうかってところから、
なかなか出てこなかったんです。

それから１ヶ月くらいかなあ、
田島さんが「グルメ漫画です」とか言って。

──

グルメ？

篠原

いや、『水は海に向かって流れる』には、
最初の方に、
ポトラッチ牛丼って出てくるんですけど。

だから、そう言ってくれてたんですけど、
「グルメ漫画‥‥どこが‥‥グルメ‥‥
これ、グルメ漫画か？」（笑）。

『水は海に向かって流れる』１巻より　©︎田島列島／講談社

──

そして結果的にはグルメ漫画にはならず、
あの奇跡のようなラストシーンの
大傑作がうまれた‥‥というわけですか。

その直前の「大殺界の３年間」には、
漫画に対しては、
どんなふうに、向き合っていたんですか。

田島

落書きのようなことはしていましたけど、
ん‥‥まあ、足掻いていましたね。

うん。足掻いたり、諦めて映画を観たり、
またちょっと描いてみたり‥‥
また諦めたり（笑）‥‥の繰り返しです。

──

その間に大殺界も去り、
お金もなくなってしまったりとかしつつ。

田島

単純にやっぱり「お金が」っていうのは、
大きいです。

描いてないとなくなっちゃうから（笑）。

──

すごいトリガーなんですね、お金って。

篠原

毎回ですよね。

田島

毎回ですね。ははは（笑）。

──

もちろん話の構想を練ったり、
他の漫画を読んだり映画を観たりとかの
インプットもしてるけど。

田島

そういう意味では、描いていないときも、
篠原さんが、
いろいろＤＶＤとか送ってくれるんです。

『子供はわかってあげない』のときは、
『桐島、部活やめるってよ』
のＤＶＤを送ってくれたりしたんです。

篠原

あ、へえ。

──

覚えてないんですか（笑）。

篠原

さすがに、そうとう昔の話なんで‥‥。

田島

あの映画を観て、
「高校生の物語を描いてみてもいいかな」
みたいな、
そういうきっかけをもらったかも（笑）。

篠原

あ、そうなんだ。いま、はじめて知った。

田島

ははは。

──

担当編集者としては、
そうやって
おもしろい作品を送るのも仕事ですよね。

篠原

そうですね、ＤＶＤとか漫画とか本とか、
「これ、良かったんで」って、
ことあるごとに送ってはいるんですよね。

──

それは、先生的に
描けてる描けてないとかには、関係なく。

篠原

言い方が難しいんですけど、
「才能が枯れんように、水をあげとこう」
というような感じですよね。

田島

ああー‥‥ありがたい（笑）。

──

他に篠原さんから送ってもらったもので、
たとえばでいうと‥‥。

田島

『アナ雪』とか送ってくれました。

篠原

『アナ雪』？　ほんと？

──

また覚えてない（笑）。

篠原

いや‥‥そうでしたっけ。
まあ、おもむろに送ったりしているので。

田島

アキ・カウリスマキの何だっけ、作品も。

篠原

俺が好きなやつだから、『街のあかり』？

田島

あ、そうです、それです。

篠原

自分の好きな作品を送ってるんだなあ。
末井昭さんの『自殺』って、送りました？

田島

それはもらってないです。

──

実のお母さまが隣の家の青年と不倫して
ダイナマイトで心中した、
編集者の末井昭さんのエッセイですね。

篠原

Amazonの履歴を見ると、
だいたいいつ何を送ってるかわかるけど、
『アナ雪』は、本当に覚えてない。

だって俺、実は『アナ雪』、観てないし。

──

観ないで送ったんですか（笑）。

篠原

なので『アナ雪』にはビックリしました。
いま、我ながら。

──

でも、そうやって、
担当編集者さんからのリコメンドはじめ、
インプットしながら、
足掻きながらの３年間を過ごし。

田島

はい。

篠原

子どもの絵画教室を手伝ったりとかもね。
やってたんですよね。

田島

ああ、そうそう。そうでした。

その絵画教室で見聞きした経験なんかが、
『子供はわかってあげない』の
「門司くんの書道教室」に活かされたり。

篠原

あの、『子供はわかってあげない』って、
子どもの描写が秀逸なんですよ。

「子どもって、たしかに
こういうことをめっちゃ言いそうだけど、
よく思いつきますね」って聞いたら、
「絵画教室のときの経験です」って。

──

仁子ちゃんって子が、
主人公の朔田さんに絵を描いて渡すとき、
照れてウネウネするじゃないですか。

子どもって、
ああいう動きをするよなあと思いました。

『子供はわかってあげない』下巻より　©︎田島列島／講談社

篠原

そうそう、たしかにね（笑）。

うちの子もいま１歳半だけど、
最近どんどん、仁子ちゃんぽくなってる。

田島

ふふふ。

──

あの‥‥漫画の編集って、
ぼく、ほとんど知らない世界なんですが。

篠原

ええ。

──

編集者って、関わっている媒体によって
仕事内容とか動き、
考え方や仕事観もぜんぜんちがいますが、
漫画の編集さんって、
なかでも、特殊な感じがするんですよね。

篠原

そうなんですかね。

──

だって３年間も描けなかった作家さんと
コンタクトを取り続けて、
仕事にならないけれども、
おもしろい作品を送り続けるんですよね。

篠原

いや、まあ、そうですけど。

──

作家さんと「伴走している感じ」が、
いちばんするっていうか。

そういうものなんですか、つまりは。

篠原

まあ、そうですね‥‥。

なんでしょう、若い漫画家に対して
『キングダム』全巻送ったりとか、
「キミはこの人に勝つんだ！」
という願望のケースもありますよね。

──

なるほど。

篠原

ある作家さんがまだデビュー前で
地方の大学生だったころ、
いい作品を描きそうなんだけど、
好きな漫画を聞いたら
「原哲夫さんの作品ばかり」で、
他はほとんど
読んだことない人だったんですよ。

──

へええ。

篠原

最初は『北斗の拳』と『マッドマックス』を
合体させたような漫画を送ってきて、
原稿の裏に書いてあったメールアドレスも
ヤル気に満ち溢れていて、
直訳すると
「ぼくは金持ちになりたい」だったりとかで。

──

荒い鼻息を感じますね（笑）。

篠原

もうこれは「大型新人が来たぞ！」と思って、
進んで担当になったんですけど、
漫画を読んでなさすぎだったんで、
当代一流の骨太な漫画を描いてる人の作品を、
片っ端から買ってあげたりしました。

「キミもこの人たちのようになれるはずだ！」
とか言いながら。

──

ようするに、
作家の才能を信じてるってことですよね。

いつ描けるかはわからないけど、
この人はきっといつか、
すばらしい作品を描くと信じればこその
プレゼント攻撃じゃないですか。

篠原

そうですね。

──

田島先生の場合は、じゃあ、
どういうところに才能を感じたんですか。

篠原

あ、それはですね。

──

はい。

篠原

この人は、
誰にも思いつかない物語を描く人だなと。

──

おお。

篠原

それに尽きますね。