元陸上選手の為末大さんと、
格闘技ドクターの二重作拓也さん。
お互いに興味はありながらも、
これまで会う機会がなかったそうです。
それはもったいない、ならばということで、
橋渡し役の糸井重里もあいだに入って、
3人でまったく自由に語り合いました。
陸上競技と格闘技という、
それぞれの視点からのパフォーマンス論。
似ていることから正反対のことまで、
おもしろい話が次々に飛び交いました。
あらゆる学びのヒントがここにあります。

>為末大さんのプロフィール

為末大(ためすえ・だい)

元陸上選手、
Deportare Partners代表。

1978年広島県生まれ。
スプリント種目の世界大会で
日本人として初のメダル獲得者。
男子400メートルハードルの日本記録保持者
(2024年4月現在)。
現在はスポーツ事業を行うほか、
アスリートとしての学びをまとめた近著
『熟達論:人はいつまでも学び、成長できる』を通じて、
人間の熟達について探求する。
その他、主な著作は
『Winning Alone』『諦める力』など。

X:@daijapan

note: DaiTamesue為末大

>二重作拓也さんのプロフィール

二重作拓也(ふたえさく・たくや)

格闘技ドクター、スポーツドクター、
スポーツ安全指導推進機構代表。

1973年福岡県生まれ。
リングドクター、チームドクター、
スポーツ医学の臨床経験から、
強さの根拠を追求した「格闘技医学」を提唱。
著作に『強さの磨き方』『Dr.Fの挌闘技医学 第2版』、
『プリンスの言葉 Words of Prince』など。
2023年10月に最新著書
『可能性にアクセスするパフォーマンス医学』 を刊行。

X:@takuyafutaesaku

note:二重作拓也

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第3回 不安定の中に「心」がある

為末
本だったか、対談だったか、
二重作さんのパンチの話が
とてもおもしろかったんです。
どういうパンチが強いパンチで、
パンチを打つときは
体のどこで衝撃を受けるべきなのか。
そのあたりの話は
もっと知りたいと思っていました。

二重作
前提からお話ししますと、
パンチを打つ、ボールを投げる、
そうやって手で何かするときって、
体のどの部分から動かすかっていうのが、
じつはめっちゃくちゃ重要なんです。
スポーツの世界ではよく
「体幹が大事だ」って言いますよね。
為末
言いますね、はい。
二重作
素直な人はこれを真に受けるので、
体幹を動かしてから手を動かそうとします。
でも、この順番だと体を壊します。
この順番だと靱帯や柔らかい組織が、
思いっきり引っ張られてしまうからです。
これ、パンチを打つときも同じで、
体を動かしたあとに手を伸ばそうとすると、
その反作用を柔らかい靱帯で
受け止めることになります。
なので順番としては、手を先に出す。
そうすると肩甲骨がぐっと外転するので、
肩甲骨でパンチの衝撃を受けることができます。
為末
まずは先に手を動かせと。
二重作
ぼくらの脳というのは、
まず「手で投げる」を先に決めます。
ジャッジの順番が「手、全体」なんです。
だから手を先に動かしてボールを投げると、
体はすごくよく動いてくれます。
実際にやってみるとわかりますが、
手を先にちょっとだけ動かすと、
全体のスピード感が上がります。
糸井
つい「体幹を使え」とか、
いかにも中心を語ってるような言葉に、
みんなやられちゃうんですよね。
二重作
本来、運動というのは
言語化できないものなんです。
いまの話のポイントは、
「使う部品を先に動かす」という時間の問題。
つまりタイミングの問題です。
手を使って投げるという動作だから、
脳は手を使うと認識する。
だからそれを先に動かしてあげると、
体を壊さないし、
威力も上がるよって話です。
糸井
「体幹を使え」と言ったほうが、
物質的には安定してるかのように思えるし、
手を先に動かしてしまうと、
ふつうは「バランスが壊れそう」と
考えがちでですよね。
二重作
がちですね、はい。
糸井
だけどそれは壊してるわけじゃなく、
動きの中での話なんですよね。
つまり、為末さんが
「すべての運動、基本は片足立ちです」と
おっしゃるのと同じことなんですよ。
不安定をつくるのが前提で、
そこから次のポーズにいくわけだから。
不安定の中に「心」があるというか。
二重作
まさにそうだと思います。
糸井
ややこしいけどおもしろいね。
為末
ぼくらも足を前に出したいとき、
「足を前に出せ、前に出せ」って言うと、
足だけが体の前に出ちゃって、
フォーム全体が崩れてしまうんです。
なので足を出させたいときは、
「肘を引け」って声をかけます。
そうすると自然と足が前に出る。

二重作
へぇーー。
為末
あるクセを直したいときに、
あえて違う部分に意識を向けることって、
けっこうよくあるんです。
さっきの「先に手で投げる」も、
最後まで手で投げろって話じゃないですよね。
二重作
違います、違います。
あとでちゃんと体重をのせますから。
為末
だから「手を先に動かす」とか
「肘を引け」みたいなアドバイスは、
体の「心」をうまく機能させるための
引き金みたいな言葉かもしれないですね。
二重作
いまはわかりやすく説明するために、
「手」と「体」の話をしましたが、
実際にボールを投げるときは、
「足の向き」とか「首の角度」とか、
もっと別の要素が入ってきます。
たぶんそれぞれの動きに「心」があって、
それぞれが別物なんだけど、
全体の動きの中でうまく統合されていくと、
ひとつステージアップするっていう、
そういうイメージなのかもしれません。

為末
それを最初に全部言っちゃうと、
ロボットみたいになりそうですね(笑)。
糸井
そうだね。
言わないほうがいいということも、
きっとあるんでしょうね。
二重作
一度に言っちゃうのはダメですね。
人間、同時にたくさんのことは意識できない。
「手はここに置いて、膝はここに置いて、
目を開いて、もっとにこやかにして、全体を見ろ」
っていうのはできない(笑)。
糸井
でも、いま世の中は、
それを全部言っちゃってますよ。
二重作
あー、そうかもしれない。
糸井
みんな頭にはいくら負荷かけてもいいって、
どっかで思い込みすぎかもしれないね。
「項目は全部で108ありますよ」みたいな。
全部をまじめに聞いてたら、
それこそがんじがらめになって、
何にもできなくなりますよね。

(つづきます)

2024-05-02-THU

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