なんにもなかったところから、
舞台とは、物語とは、
どんなふうに立ち上がっていくのか。
そのプロセスに立ち会うことを、
おゆるしいただきました。
舞台『てにあまる』の企画立案から
制作現場や稽古場のレポート、
さらにはスタッフのみなさん、
キャストの方々への取材を通じて、
そのようすを、お伝えしていきます。
主演、藤原竜也さん。
演出&出演、柄本明さん。
脚本、松井周さん。
幕開きは、2020年12月19日。
担当は「ほぼ日」奥野です。
物語に大きく影響してくるのが、舞台美術。
単なる「背景」ではなく、作品の一部だ。
今回、柄本明さんの「六畳一間」と、
藤原竜也さんの住む「瀟洒なリビング」を
かたちにした土岐研一さんに、
舞台美術がどうつくられていくかについて、
お話をうかがった。
- ──
- 舞台美術というものは、
どんなふうにできていくんでしょうか。
- 土岐
- スタート地点は、やはり脚本ですよね。
どういった物語なのかを理解すること。 - 次に、演出家の世界観です。
どのような風景を思い描いているのか。
- ──
- なるほど。
- 土岐
- 最後に、舞台美術家としてのわたしが、
具体的に、どんな場所をつくりたいか。
- ──
- その三角形のバランスの上に、
成り立っているのが舞台美術であると。
- 土岐
- そう思います。
- ──
- そのとき、ビジュアルをつくっていく
具体的なプロセスとしては‥‥。
- 土岐
- わたしの場合、写真集だとか画集‥‥
最近では
インターネットを検索すれば、
膨大なイメージ群が出てきますけれど。
- ──
- ええ。
- 土岐
- そういう、さまざまな「イメージ」を
何百枚と眺めながら、
作品の世界観に合いそうなものを拾い、
それらを
舞台上で機能する言語に翻訳していく、
というような作業です。
- ──
- まずはとにかく、たくさん「見る」と。
- 土岐
- そうですね。そうやって、
自分の中でイメージが定まってきたら、
演出家や脚本家の反応をうかがう。 - ちょっとでも渋い顔をしたら、
「あ、こっち方向はちがうんだな」と。
- ──
- あー‥‥。
- 土岐
- ただ渋い顔をされても、それはそれで、
「こういう方向性じゃない」
ということがわかるので、いいんです。 - 今回、藤原竜也さんの部屋は、
タワーマンション的な設定ですけれど、
わざと極端な‥‥
たとえば真っ赤な壁の部屋を見せて
「こんな部屋に住んでたりしますかね」
「いや、ちがうんじゃない?」
というようなやり取りを経ることで、
演出家の頭にあるイメージに
近づいていくことができるんですよね。
- ──
- なるほど。
- 土岐
- でも、たまに、
「うん、そうそう、真っ赤な部屋だ!」
と言われるケースもあって、
そういうときは、
テンションが上がるんですけど(笑)。
- ──
- え、こっちでいいの? ‥‥と(笑)。
- 舞台美術家さんの提案で、
「たしかにそういう雰囲気もアリだな」
ということだって、
演出家や作家の側にもあるでしょうし。
- 土岐
- 今回は、演出の柄本さんの「想い」が、
脚本の段階からかなり入っているなと
わたしには思えたんですが、
ひとつ、舞台美術に関して、
「おおーっ!」と思ったことがあって。
- ──
- 何ですか。
- 土岐
- 壁は要らない‥‥という。
- ──
- 壁は要らない。つまり舞台に壁がない。
- 土岐
- そうなんです。
- ──
- あー‥‥たしかに、なかった気がする。
それって、めずらしいことなんですか。
- 土岐
- いえ、そういうわけでもないんですが、
台本を読んだ印象ですと、
リアルな舞台装置を求められるだろう、
と思っていたので。 - 物語には非現実的な展開もありますが、
父と子のやりとりの部分をはじめ、
登場人物には
ちゃんと年齢や職業や立場もあるし、
そういう意味で、
彼らの住んでいる部屋には、
「壁」は、
あったほうがいいと思っていたんです。
- ──
- それを柄本さんは「なくていい」と。
- 土岐
- 「えっ!?」と思いました(笑)。
- ──
- 壁があるとないとでは、
見た目の風景、かなりちがいますよね。
- 土岐
- ぜんぜんちがいますね。
- ──
- では、土岐さんが、
舞台美術家として大切にしていること、
いわゆる
職業哲学のようなものがあったら、
教えていただけますか。
- 土岐
- そうですね‥‥舞台美術って、
劇場へ足を運んでくださったお客様が、
最初に目にするものなんです。
- ──
- ああ、なるほど。たしかに。
- 土岐
- ですので、舞台を見終えたあとにでも、
ああ、あの舞台そのものに
物語のエッセンスが染み込んでいたな、
と感じてもらえたら、
その仕事はきっと成功だと思うんです。 - 芝居の世界観を表現するもの、ですね。
つまりは、そういうものをつくりたい。
- ──
- 何をどれだけ用意するかについては、
きっと、
作品によって足し引きがありますよね。
- 土岐
- そうですね。
- 椅子一脚だけで成立する作品もあれば、
それだけで
役者に芝居を背負わせるのは酷だな、
というようなときは、
拠り所になるようなものを、置いたり。
- ──
- 何もない空間に何かが置かれるだけで、
変わるものですか、芝居って。
- 土岐
- 変わりますね。確実に。
- ──
- ちょっと前に‥‥YouTubeで、
『夜のヒットスタジオ』だったかなあ、
昔の歌番組を見ていたら‥‥。
- 土岐
- ええ。
- ──
- 佳山明生さんと日野美歌さんが、
おふたりで「氷雨」を歌ってたんです。
- 土岐
- はい。
- ──
- 1番を佳山さんが、2番を日野さんが
歌って、
最後はふたりで一緒に歌うんですけど。
- 土岐
- ほう。
- ──
- 佳山さんが1番を歌っている間、
出番を待つ日野美歌さんが、
ステージに
ぽつんと据えられた街灯の下に立って、
待っていたんです。
- 土岐
- ああ、なるほど。
- ──
- 何かこう‥‥昔ふうのガス灯みたいな。
- 土岐
- 演劇的ですね。
- ──
- いまの歌番組では、やらなそうな演出で。
おもしろいなあ‥‥と思いました。 - あの哀しげな歌の世界観を、
一本の街灯が、
より豊かに伝えてくれるようでした。
- 土岐
- そこに街灯しかない‥‥ことも、
たぶん、効果的だったんだと思います。 - Less is more‥‥の価値観というか、
観ている人の想像力にはたらきかける、
「今この瞬間、ここに注目してくれ」
という場合には、
舞台美術を「引き算」で考えたほうが、
うまくいくと思います。
- ──
- 要素を絞ったほうが雄弁である場合が、
ときとして、あると。 - お客の立場としても、
目の前の風景を受け入れるだけよりも、
足りないぶん、
想像をふくらませながらのほうが、
おもしろく感じる場合もありそうです。
- 土岐
- 舞台の場合は、それができるので。
- ──
- あー、そうか、なるほど!
映画で「街灯一本」は難しいですよね。 - ちなみにですけど、
ロックミュージシャンなりたい人とか、
わかりやすく、
「永ちゃんに憧れて!」
とかが、あったりするじゃないですか。
- 土岐
- そうですね(笑)。
- ──
- 土岐さんの場合、そういうのって‥‥。
- 土岐
- わたしは、舞台美術に関してはなくて、
もともとは
人類学や考古学に興味があったんです。
- ──
- そうなんですか。へええ。
- 土岐
- はい、そちらの方面から、
映画や演劇、物語の世界に入りました。 - なので、憧れていた‥‥と言いますか、
好きな作品で言ったら、
『インディアナ・ジョーンズ』とか。
- ──
- おお、考古学者の冒険譚!
- 人類学とか考古学から演劇の世界へは、
「道」が通ってるんですか。
- 土岐
- はい、自分のまわりを見渡してみても、
何らかのかたちで、
演劇以外のジャンルに詳しい人たちが、
けっこういるんです。
- ──
- そうか、そうか。そうでしょうね。
- どんな知識や教養でも、
演劇には役に立ちそうですもんね。
- 土岐
- はい、歴史が好きで学んでいた人、
化学に打ち込んでいた人、
イギリス文学に親しんでいた人‥‥。 - 演劇とは別の視点を持っている人の
考えることって、
やっぱり、おもしろい気がしますね。
- ──
- 建築みたいな分野を、
意識して勉強する必要もありますか。
- 土岐
- あります、それはもう。嫌でも。
- ──
- 部屋なんかをつくるわけですもんね。
- 土岐
- 机や椅子の高さはこれくらい‥‥とか、
そういうことは、
もちろん知っておく必要はありますが、
ただ、デザイナーとしては、
そこは本質ではないかなあと思います。 - それよりも、いかに、
目の前の脚本に描かれている世界観を、
舞台の上につくりだせるか、
‥‥のほうが重要だろうと思ってます。
- ──
- やっぱり舞台美術というものは、
ただの背景じゃなく、
作品の一部だと思うんですけれど‥‥。
- 土岐
- そうですね。
- ──
- 土岐さんがつくってらっしゃるものは、
いつか消えちゃうものですよね。
- 土岐
- はい。
- ──
- だって、壊してしまうわけですものね。
その公演が終わったら‥‥基本的には。
- 土岐
- ええ。
- ──
- それについては、どんな気持ちですか。
- 土岐
- そうであってほしいと思ってますね。
- ──
- あ、そうですか。
- 土岐
- なくなっちゃうからいいと思うんです。
- ──
- そう思われますか。
- 土岐
- やっぱり「演劇の醍醐味」というのは、
その場限りの時間と空間を、
直に、ナマで、
リアルタイムに共有することですよね。
- ──
- ええ。
- 土岐
- だとするならば、物語の終焉とともに、
舞台美術そのものも、
きれいサッパリなくなったほうがいい。 - 未練がましく
美術だけ残っていても、しょうがない。
- ──
- なるほど。
- 土岐
- 舞台美術に限らず演劇作品は終わると
2度と共有できないもの‥‥なんです。 - だからこそ永遠であると思っています。
(続きます。12月19日まで不定期で更新します)
2020-12-14-MON
-
出演:藤原竜也、柄本明、高杉真宙、佐久間由衣
演出:柄本明
脚本:松井周
会期:2020年12月19日(土)~2021年1月9日(土)
※12月28日~1月3日は休演
会場:東京芸術劇場プレイハウスチケットのお求めは以下よりどうぞ
ホリプロチケットセンター:03-3490-4949
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東京芸術劇場ボックスオフィス:0570-010-296
(※電話受付時間:休館日を除く10時~19時)