なんにもなかったところから、
舞台とは、物語とは、
どんなふうに立ち上がっていくのか。
そのプロセスに立ち会うことを、
おゆるしいただきました。
舞台『てにあまる』の企画立案から
制作現場や稽古場のレポート、
さらにはスタッフのみなさん、
キャストの方々への取材を通じて、
そのようすを、お伝えしていきます。
主演、藤原竜也さん。
演出&出演、柄本明さん。
脚本、松井周さん。
幕開きは、2020年12月19日。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第7回 稽古10日目。

数日前から、カンパニーは新宿の稽古場へ移動している。これまでの場所より、さらに広い。もともと小学校の体育館だった建物らしく、天井が高くて開放感がある。13時過ぎに到着すると、稽古はすでにスタートしていた。高杉真宙さんと佐久間由衣さんのやりとりを、柄本さんが演出しているところだった。
俳優の声がちがう。「張り」が、ぜんぜんちがう。前回の訪問から6日、俳優の演技が、まるで変わっている。稽古場に緊張感がみなぎっている。何だか別の芝居を見ているかのよう。ときどき柄本さんが「ぱん!」と手を叩いて、演技を止める。そして俳優のもとへ歩み寄っては、ヒソヒソ声で指導する。例のごとく何を言っているのかわからない(聞こえないという意味)。演技指導が終わると、もういちど同じシーンをあたまから。それを何度も繰り返す。ときどき、舞台の上の俳優に向かって腕をぐるぐる回している。どういう意味なんだろう。ヘッヘッヘ。あの笑い声。柄本さんの他には、誰ひとり笑っていない。
とつぜん柄本さんがダダダっと走り出した。え、何‥‥と思っていたら、柄本さんの「出番」だった。そうだった。この作品で柄本さんは、俳優と演出家を兼ねているのだ。軽く屈伸運動をしてから、舞台へと出ていく。
小道具も変わっているような気がしたが、どうなんだろう。外国製のキッチン家電が増えたような? 日に日に具体的になっていく世界観が、小道具のような細かい部分にも現れはじめている。この部屋に住んでいる人(=藤原竜也さん)の暮らしぶりと属性(=IT会社の若き経営者)を、より豊かにイメージすることができる。
見ると、柄本さんが白い薄手の下着いっちょうの姿に! いつの間に。観ているぼくらはそんなことないのだが、舞台の上の俳優はそうとう「暑い」ようだ。しばしトビラを全開にして、空気を入れ替える。寒い‥‥。
その間にも、舞台の上では、下着姿の柄本さんが「すいません、もう一回やらせてください」と繰り返している。あらためて「そんなにやるのか」と思う。観ているこっちがセリフを覚えてしまうほど、同じ場面を何度も、何度も。この積み重ねの果てに、ようやく「初日」を迎えるのかと思うと「うわー‥‥」という感じ。何事も近道はないと言うけれど、ここには、本当にない。一歩一歩でしか、進まない。舞台のつくり手にとっては、当たり前のことかもしれないが。
ふたたび、柄本さんが「すいません‥‥」と口にした。ああ、もう一回やるんだ‥‥と思いきや「すみません、いま、オナラしちゃって」「!」耳を疑った。そして、笑い声が自然にもれ出ていた。高杉さん佐久間さんも、めちゃくちゃウケている。ドリフとかなら全員ズッコケる場面。はりつめた空気が一気に緩む。稽古は20分の休憩に入った。舞台初日まで、あと3週間。

(続きます。12月19日まで不定期で更新します)

2020-12-15-TUE

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