編集・濱田髙志、アンソロジスト。
装丁・祖父江慎、コズフィッシュ。
版元・吉田宏子、888ブックス。
あきれるほどすごい手塚治虫さん本を
つくったのが、この3人。しかも3冊。
天才漫画家の煌めくクリエイションを
時空を超えて受け止め、
21世紀の世に放つ、現代の三銃士たち?
聞けば聞くほど「おそろしい」、
その本の制作過程を、
5時間がかりで、うかがってきました。
諸事情あって取材は実に1年半以上前。
時節柄、そろってマスク姿の三銃士よ。
担当は「ほぼ日」奥野です。
第5回
スキャンの見積り280万円!
- ──
- すでに取材開始から、1時間半ほど。
- ようやく
本題の『ママー探偵物語』のお話へと
突入していくので‥‥しょうか。
- 濱田
- ここまできたら
3部作のイメージが浮かんだので、
第3弾で何を出そうかと考えて、
よし、『ママー探偵物語』にしよう、と。 - 手塚先生が小学生のときに描いた漫画で、
モノクロなんです。
だから、サクッと出せそうだねって。
はじめのうちは、
ペーパーバックみたいな感じかなあって、
手塚プロの田中さんとは話してました。
- ──
- それが‥‥。
- 濱田
- 祖父江さんに原稿をお見せしたら、
鉛筆のトーンをちゃんと拾いたい、と。 - 原稿が描かれていたのは、
こういうノートだったんですけれども。
祖父江さんが言うには、
もし出版しなかったとしても、
スキャンなり写真撮影するなりして、
保存しておかなきゃダメだって。
このままだと、
紙がボロボロになって割れちゃうから。
- 祖父江
- コワいですよねー。
- 濱田
- 書籍化の企画書を手塚プロに出したら、
手塚財団のジャッジが必要になる、と。 - 手塚眞さんと松谷社長と、あとご遺族。
この作品、手塚先生以外に、
先生のごきょうだいも描かれてるので。
- ──
- そうなんですよね。弟さんと妹さんと。
- 濱田
- 妹さんは亡くなられていたんですけど、
弟さんの浩さんがご存命なので、
内容をチェックしていただいたうえで、
数ヶ月後に、正式なOKが出たんです。
- ──
- スタートまでに、まず時間がかかった。
- 濱田
- 当初は1年くらいで出るかなぁなんて
思ってたら、ぜんぜんでした。
- 祖父江
- まず、スキャニングでつまづきましたよね。
- ──
- と、おっしゃいますと?
- 吉田
- ノート自体も、紙もすごーく古くて、
簡単にこわれちゃったり、
破れちゃったりしそうだったんです。 - 古文書を扱うような慎重さが必要で。
- 祖父江
- このノートに描かれた時代は、
1939年から1945年、
ようするに世の中が戦時中なんです。 - つまりね、物資不足で、
質の粗悪な紙に鉛筆で描かれていたんです。
- ──
- 古いうえに、そもそも質が悪かった。
- 祖父江
- そう。江戸時代の古文書なんかのほうが、
まだましなくらい。
繊維がしっかりしてるし、紙灼けもない。
戦時中の紙は繊維が短くて、
一回、折ったのを伸ばしたりしただけで、
パキッて切れちゃったりするんです。 - 何度か糸で綴って修復されてるんですが、
開くのさえ危険な状態だったんで、
スキャニングにあたっては、
1回、糸を切っちゃって
製本し直せばいいんじゃないかと言って、
美篶堂さんに相談したんです。
- 吉田
- 日本最高峰の製本屋さん、ですね。
- 祖父江
- 写真を見てもらって説明したんです。
- これを1回バラして、スキャニングして、
また元に戻してもらいたいです‥‥って。
- 濱田
- そしたら。
- 吉田
- いや、そんな国宝級の代物は
ちょっと扱えません、
バラさないほうがいいです、壊れます‥‥
ということになって。
- ──
- 「日本最高峰」でさえも。
- 祖父江
- ちなみに、他のスキャン業者さんに
スキャニングを発注したら
どうなるかなと思って
金額を聞いたら、
なんと、スキャニング1枚あたりが。
- 濱田
- めちゃくちゃ高かったんです。
- 祖父江
- 4000円じゃなかった?
- ──
- 1枚スキャンするのに、4000円!?
- 吉田
- 本当に貴重なものなので。
ふつうは200円とか、高くて500円。
- 祖父江
- 手塚先生のノートの場合、
「芸術品扱い」になってしまうんで
1点4000円になっちゃった。 - そうすると、
ページ数が700ページ近くあるから、
4000円かける700は?
- 吉田
- 280万円。
- ──
- ひゃー。
- 濱田
- スキャンだけで、ですよ?
- 吉田
- もう、笑っちゃいました(笑)。
さすがに
そのお金を出すのは無理なので。
- 祖父江
- そこで1回、止まったんですね。
どうしようって。 - そしたら、ちょうどそのときに、
救世主が現れたのです!
- ──
- おおお、どんな救世主が!?
- 祖父江
- 武蔵美の学生さんで、
ぼくの会社コズフィッシュに興味があるということで
「お手伝いできることがあったら
何でも言ってください」
という若者が、現れてくれたんですよ!
- ──
- 救世主!
- 祖父江
- それで、
「はい、ぜひぜひ、
お手伝いしてもらいたいことあります。
ものすごい貴重なやつだけど」って。
- ──
- ようするに、自力で‥‥
自分たちで1枚ずつスキャンしよう、と。
- 祖父江
- そうです。
時間はかかるけど、できなくはないのよ。 - 完璧にスキャンできなくても、
ちょっとしたひずみとか何とかがあったら
データで戻せばいいし。
- ──
- なるほど。
- 祖父江
- で、その救世主が、ちょうどいいことに、
すごく「きれい好き」だったんです。
スキャンのとき、本を置く前に
スキャン台を必ず拭くんですよ。
- ──
- 必ず? 筋金入りのきれい好きですね。
- 祖父江
- あ、この子、向いてるなと思ったんです。
- そもそもがこわれやすいノートだから、
スキャニングの仕方も大変でした。
まず手を洗って脂分を落とし、
ノートを丁寧に開き、無理に押さえ込まず、
片方に重しを置いて、
背をこわさないよう細心の注意を払い、
手を添えながら開いた状態で、
スキャンのボタンを、静かに押します。
- ──
- 祈りの儀式のようです。
- 祖父江
- その間、少しも揺らしてはいけない!
そのまま静かにキープする。 - スキャンが終わったらもろもろ確認し、
光の方向によって
シワがシャドウになることがあるから、
そうなった場合は角度を90度変えて、
もう一回スキャンする。
高い解像度で撮ってるんで、
1回1回けっこう時間かかるんですよ。
その作業を
ぜんぶひとりでやってもらったんです。
- ──
- ぜんぶ‥‥というと、さっきの数。
- 吉田
- はい。700枚くらい。
- ──
- うわあ‥‥そんな作業を、
コズフィッシュさんのスキャナーで。
- 祖父江
- 救世主、本当に仕事が丁寧なんです。
- ちなみに、そういう場合って、
手袋をしたほうがいいと思うでしょ。
ダメなんですよ、古紙を扱うときは。
よけいに危険なんです。
- ──
- どうしてですか。
- 祖父江
- 微妙な指先の力加減がわからなくなる。
- 弱い紙を扱うプロは、
まず手を洗って、きちんと乾燥させて、
素手でやるんです。
- 吉田
- 手袋に繊維や色が付いたりしますしね。
- 祖父江
- 以前に『北斎漫画』をつくったときも
コレクターの方が
指じゃないとダメ、
手袋はめたら危険だって言ってました。
- ──
- 祖父江さんのところに来ると、
思いもよらない知識が増えていきます。
- 祖父江
- とにかくね、救世主が現れなかったら、
この本はできなかったんだけど、
スキャニングをしただけでは、ダメで。
- ──
- まだ、何か問題が?
- 祖父江
- あったんですよー。いろいろと。
(つづきます)
2024-11-01-FRI
-
手塚治虫さん三部作、
888ブックスのサイトで
特典つきで販売中!新聞漫画集成『マアチャンの日記帳』と
初の商業出版となる 『ロマンス島』をセットにした
『手塚治虫アーリーワークス』(20000円+税)。
意欲作「タイガーランド」と
「アバンチュール21」をはじめ、
初単行本化作品を含む8作品を収録した、
3分冊からなる豪華作品集
『手塚治虫コミックストリップス』(12000円+税)。
そしてなんとなんと、
手塚先生が10歳から15歳のときに描いたという
『ママー探偵物語』(22000円+税)。
そんな、あきれるほどすごい3部作が、
濱田さん+祖父江さん+吉田さんの3人組によって、
つくられてしまいました。
手間とコストがかかりすぎているので、
このままのかたちでは増刷不可能だろうとのこと。
今回のインタビュー全編を通じて、
その魅力について語っていただいているのですが、
収録時間約5時間の全18回と、なにぶん長大。
いったいどんな3部作なのか、
スライドショーで、いちはやく、ご確認ください。
888ブックスさんのサイトで購入すると、
それぞれに、素敵な特典がついてくるそうです!