編集・濱田髙志、アンソロジスト。
装丁・祖父江慎、コズフィッシュ。
版元・吉田宏子、888ブックス。
あきれるほどすごい手塚治虫さん本を
つくったのが、この3人。しかも3冊。
天才漫画家の煌めくクリエイションを
時空を超えて受け止め、
21世紀の世に放つ、現代の三銃士たち?
聞けば聞くほど「おそろしい」、
その本の制作過程を、
5時間がかりで、うかがってきました。
諸事情あって取材は実に1年半以上前。
時節柄、そろってマスク姿の三銃士よ。
担当は「ほぼ日」奥野です。
第6回
救世主、再びあらわる。
- 祖父江
- 小学生のときの手塚先生の鉛筆画の絵って、
「硬い鉛筆」と「ふつうの鉛筆」の2種類で
描かれているんです。 - で、「透明くん」の話がけっこう多いんです。
- ──
- はい、『ママー探偵物語』の物語に出てくる
「透明のキャラクター」ですね。
- 祖父江
- そう。「透明くん」は、
細くて硬い鉛筆で描かれているんですよ。
風景は硬い鉛筆、
キャラクターは柔らかめの鉛筆で
描きわけているページも多いんです。 - そこへさらに「落書き」が、
また別の鉛筆やペンで描かれています。
つまり2種類の手塚さんの線と、
きょうだいの描いた落書きの線とを
見わける必要があって。
- ──
- 落書きというのは‥‥これとか?
- 祖父江
- そうそう。
弟さんと妹さんと両方の絵があるんです。
- ──
- つまり「落書きである」っていうことを、
「印刷でわかるようにした」と。
- 祖父江
- そうです。そこをわかるようにしないと、
お話の筋がこんがらがっちゃう。 - たとえば、
姿の描かれていない「透明くん」と
会話してるシーンがあって、
「どうぞおはいりください」
「アレッ 空気がものをいった」
ってセリフなのに、
描かれていない空間に、
あとから弟さんに落書きされたために
「空気」じゃなくなっちゃってたり
してるんです(笑)。
- ──
- あ、ほんとだ。キャラが描き足されてる。
これが、あとから足された落書きなのか。 - 祖父江さんは、
このことにどうやって気づいたんですか。
- 祖父江
- 原画を見ればわかるの。
- ──
- 描き足されていることが。
- 祖父江
- 読んでいくと筋がわかんなくなるところがあって、
よく見ると書いた鉛筆のちがいがあるんです。
それで気付いたんです。 - あれ、「空気が」とかって言ってるけど、
空気って何だろう、って。
- ──
- なるほどー。
- 祖父江
- 本当は、落書きされるまえに戻したほうが、
わかりやすいかも知れないんだけど。 - でも手塚治虫お兄ちゃん、すばらしいの。
落書きされることに対して、
「やめろよ!」じゃないんですよ。
「どんどん、落書きしろよ!」なんです。
- ──
- わあ、弟さん&妹さんに。
- 祖父江
- で、ふたりの落書きをも混ぜたうえで、
お話を展開したりもしてる。 - 自分の作品をジャマするなじゃなくて、
当時の戦前、戦中下において、
きょうだいで漫画を描き合うっていう、
この幸福感ですよ。
- ──
- 感動しますね‥‥!
- 祖父江
- きっと弟さんや妹さんに
「じゃあ、今度はこの続き、描けー」
とか言って、
「描いてみたよー、お兄ちゃーん!」
って、そんな感じで、
漫画を描くのを楽しんでるんですよ。 - 手塚さんは、のちに虫プロを
プロダクション化するわけですけど、
このときのやりとりが
ベースにあったんじゃないかなあ。
作家なんだけど、作家だけじゃない。
まわりの人の盛り上がりも、
ちゃんと巻き込んで描いてるんです。
- ──
- なるほど。
- 祖父江
- ここなんか、ほら、見てくださいよ。
「ココカラダレデモイーカラカケイ」
- ──
- 「誰でもいいから描けーい」!
- 祖父江
- みんなで漫画を楽しみたかったんだね。
でも、他の人たちは、
手塚治虫みたいな漫画は描けないので。
- 濱田
- 明らかに別人のタッチが混じってる。
- 祖父江
- もうひとつ、大変だったこと言っていい?
- ──
- スキャン以外にも、
いろいろあったって言ってましたもんね。 - ぜひとも教えてください。
- 祖父江
- はい。ページのゴミを取ったりの作業を
こまごまやってるんですが、
どの鉛筆のラインが「主線」なのか
わかりにくかったりして、
大変なページは1枚直すのに1日かかる。
- ──
- ひえー。そんな速度。
- 祖父江
- どれが鉛筆でどれがゴミか‥‥の区別を
つけないといけないんです。
汚れもあるし、紙質が良くないから、
紙自体にゴミがいっぱい入ってるんです。 - たとえば、ここのママー、
目が2つ描いてあるように見えますけど、
でも、ひとつは紙のゴミなんです。
- ──
- あ、ママーの目はひとつですもんね。
- これ、一個は「ゴミ」なんですか。
めちゃくちゃわかりにくいトラップ。
- 祖父江
- あと、こういうのも困っちゃうんですよ。
塗りが濃かったり薄かったり。
もうイヤんなっちゃうくらい大変な作業。 - 現物のノートはもっと汚れているんです。
どれが描線なのか、
よーく見ないと判別できないんですよね。
じーっと目を凝らして‥‥
1本ずつ、線を起こしていったんですよ。
- ──
- あの、途方もないスキャン作業のあとに、
そんな苦行が待ち構えていたなんて。
- 祖父江
- データ化にさいしては
鉛筆の種類も「すみわけ」してるんです。
ふつうのペンと
硬いペンとでレイヤーでわけたりだとか。
もちろん、落書きは別レイヤー。
めっちゃくちゃ大変で、
ぜーんぜん、前に進まないんですよ。
- 吉田
- そこでまた、かの「救世主」が。
- ──
- 降臨!?
- 祖父江
- そう、救世主の人にやってもらいました。
でも、大変なページの修正は
1日1ページが限界で、1週間5ページ。
- 吉田
- ははは。
- 濱田
- ははは。
- 吉田
- 大げさじゃなくて。
- 濱田
- 本当に、大変な作業でしたよね。
- 吉田
- でも、またもや救世主に助けられました。
- 祖父江
- 救世主、毎日毎日来てやってくれました。
もちろん、ぼくもやったんだよ。
土日も返上で、ひたすらに修正しました。
- 吉田
- 難しいページは祖父江さん担当で。
- 祖父江
- はい、難しいページ‥‥と、
簡単なページは、ぼくがやっていました。 - 救世主には、
すべての線を拾わないと製版ができない
みたいな、
めちゃくちゃ面倒くさいページを中心に、
修正してもらったんです。
当時、通っていた大学の先生に
「キミは今やるべきことがあるはずだ!」
って怒られちゃったみたい。
- 濱田
- 美大の学生さんでしたからね、当時は。
- 吉田
- 学生生活の最後の年なんだから、
いまは自分の制作をしなさい‥‥って。
- 祖父江
- 本当にそのとおりだと思って
「卒制を集中してやったほうがいいです」
と言って、
その期間はお休みを取ってもらいました。 - 救世主は「でも、まだ終わってないので」
と言って卒制の合間にも来てくれました。
- ──
- すごいヤル気の救世主。
- 祖父江
- こんなに大切な仕事を、
いいかげんに出版してはいけない、
という気持ちがあったんですよね。
- 吉田
- さすがは救世主。
- ──
- 救世主、今はどうなさってるんですか。
- 祖父江
- うちの社員になった。
- ──
- うわー、よかったですね!
- 祖父江
- はい。小野朋香さん、です。
(つづきます)
2024-11-02-SAT
-
手塚治虫さん三部作、
888ブックスのサイトで
特典つきで販売中!新聞漫画集成『マアチャンの日記帳』と
初の商業出版となる 『ロマンス島』をセットにした
『手塚治虫アーリーワークス』(20000円+税)。
意欲作「タイガーランド」と
「アバンチュール21」をはじめ、
初単行本化作品を含む8作品を収録した、
3分冊からなる豪華作品集
『手塚治虫コミックストリップス』(12000円+税)。
そしてなんとなんと、
手塚先生が10歳から15歳のときに描いたという
『ママー探偵物語』(22000円+税)。
そんな、あきれるほどすごい3部作が、
濱田さん+祖父江さん+吉田さんの3人組によって、
つくられてしまいました。
手間とコストがかかりすぎているので、
このままのかたちでは増刷不可能だろうとのこと。
今回のインタビュー全編を通じて、
その魅力について語っていただいているのですが、
収録時間約5時間の全18回と、なにぶん長大。
いったいどんな3部作なのか、
スライドショーで、いちはやく、ご確認ください。
888ブックスさんのサイトで購入すると、
それぞれに、素敵な特典がついてくるそうです!