編集・濱田髙志、アンソロジスト。
装丁・祖父江慎、コズフィッシュ。
版元・吉田宏子、888ブックス。
あきれるほどすごい手塚治虫さん本を
つくったのが、この3人。しかも3冊。
天才漫画家の煌めくクリエイションを
時空を超えて受け止め、
21世紀の世に放つ、現代の三銃士たち?
聞けば聞くほど「おそろしい」、
その本の制作過程を、
5時間がかりで、うかがってきました。
諸事情あって取材は実に1年半以上前。
時節柄、そろってマスク姿の三銃士よ。
担当は「ほぼ日」奥野です。
第7回
描き版の時代のお話。
- 濱田
- 1冊目の『アーリーワークス』のときかな、
ぼくは、1000ページ以上もある
国書刊行会の『アドルフに告ぐ』オリジナル版と、
立東舎の『空気の底』とで、
合計3冊、同時につくっていたんです。 - その中でも「最後のお蔵出し」ってことで、
『アーリーワークス』を出したんですが、
あとから、こんなのも出てきちゃって。
- ──
- 『魔法屋敷』‥‥あ、ニュースになった?
- 濱田
- そう、藤子不二雄Ⓐ先生が亡くなったとき、
Ⓐ先生が若いころに手塚先生からもらった
原稿60ページが、
手塚プロに戻ってきたんです。
そのうちの40ページが、
この『魔法屋敷』の原稿だったんです。 - それで、すぐに復刻しようと。
これは、なるべく早く刊行したかったんで、
半年で出しました。
- ──
- すごい!
修正1日1ページとの差がハンパない。
- 濱田
- でもね、そのときに、
『アーリーワークス』をはじめとした
3部作は、
ものすごく丁寧につくっていて、
本当にいい本なんだなと確信しました。 - ふつうの版元は、
ここまでお金も時間もかけられませんから。
- ──
- 別の本をつくってみて、
そのことを、あらためて実感された‥‥と。
- 祖父江
- この『魔法屋敷』を復刻してよかったのは、
「描き版」についてのことだよね。
- 濱田
- そう、ぜんぜんちがうんです。絵が。
- いかに手塚先生の絵が上手だったか‥‥が、
よくわかると思います。
- ──
- 描き板‥‥と言いますと?
- 濱田
- つまり「トレース」です。
- 昔は「描き版」と言われる方法があって、
手塚先生の描いた原稿を
職人さんがトレースもしくは模写をして、
印刷用の版下をつくっていたんです。
- ──
- へええ、そうなんですか!
知らなかった‥‥描き写していたんですか。
- 濱田
- そういう職人さんがいたんですよね、昔は。
描き版師さん、という。 - これまでに出版されていた『魔法屋敷』は、
ずっと「描き版」だったんです。
- ──
- 写真製版の前の話ですか。
- 祖父江
- ぼくの高校時代にもまだ描き版屋さんいたよ。
- ──
- え、そこまでの大昔じゃないですね。
- 祖父江
- 高校の体育祭のときに、
冊子の表紙を頼まれて描いたんだけど、
上がってきたら、ぼくの絵じゃないの。 - なんか、下手っぴなんですよ。
えーっと思って。
でも「表紙:祖父江慎」とか書かれちゃってて。
こんな絵じゃないのにーなんて思ってたら、
印刷所の製版者が
ぼくの絵をなぞってフィルムに描いてるから
オリジナルとは違っちゃうんだって言われて。
えっ、印刷ってそんなもんなの‥‥って
思ったことがあった。
1975年くらいですねえ。
値段の安いとこは、まだ描き版やっていたんですね。
- ──
- なるほど。
- ともあれ手塚先生のオリジナル原稿を見ると、
その「うまさ」がわかる、と。
- 濱田
- そうです。手塚先生のすごいのは、
もうこれ以上出てこないだろうと思ってても、
まだまだ出てきちゃうところ。
晩年の作品なのに、
まだ一度も単行本になっていないって作品が、
どんどん出てくるんです。
- 祖父江
- ビックリしちゃうよね!
- 濱田
- 今年(2023年)の6月に出るのは、
丸々1冊、単行本に入ってなかった作品です。
- ──
- それって、どこに連載されていたんですか、
- 濱田
- 『ミッドナイト』という作品で、
『週刊少年チャンピオン』に連載されていました。 - ブラック・ジャックが出てくる漫画で、
これまでにも単行本で6巻出てるんですけど、
1冊分、まるまるエピソード抜けてたんです。
- ──
- そんなことが。
- 濱田
- その部分が、一度も単行本になっていない。
手塚先生って、好きな作品から
順番に単行本にしていったようなんですが、
たまたま抜けちゃって、そのままなんです。
- ──
- そんな貴重な原稿が見つかった、と。
- 濱田
- 別に誰かが隠していたわけじゃなく、
手塚プロの資料室に、ずっとあったんですよ。
いつ出せるかなとずっと考えていて、
今年つまり2023年は
『ブラック・ジャック』連載50周年なので、
そこで出したいと数年前から画策してました。 - 今回の888ブックスの3部作に関しても
単行本化されていなかったものだし、
中でも「ママー」は究極だなと思いますが。
- 吉田
- まったく表に出てなかった作品を、
こうして1冊にまとめることができたので。
- 祖父江
- 10歳のときの漫画が残っているって、
すごいよね。
ふつう、そんなことありえないでしょ。
- ──
- かなり意識的に「残そう、保存しよう」
と思わなければ無理ですよね。
ただでさえ戦争中に描かれたものだし。 - そして、
そう思わせる出来栄えなんでしょうね。
ご本人にとっても、
まわりにいらした方々にとっても。
- 吉田
- 古くて質の悪い紙に描かれた作品なので、
年月を経たら、
どんどんボロボロになってしまって
いつか読めなくなってしまう。
そういう作品を、
印刷物としてカタチにしておけたことは、
50年後、100年後のことを思っても、
すごくよかったんじゃないかと思います。
- ──
- いやあ、本当ですよ。
- 本にするというのは、
ある意味で美術館のようなお仕事ですよね。
保存して後世に伝える、という。
- 祖父江
- そういえば、ぼくのPCのハードディスクが、
クラッシュしちゃったじゃん。
- ──
- はい、忘れもしない「2022年の年末」です。
- ずーっと待ちわびていて、
ようやくデザイン完成の手前までこぎつけた
『バンド論』のデータも入っていた
祖父江さんのPCのハードディスクが壊れて、
そこで、
すべていったん白紙に戻った、あの悪夢の日。
- 祖父江
- あのパソコンに、
この『ママー探偵物語』のデータも
入ってたんですよー。
- ──
- えええ!
- スキャンだけで
業者さんに発注したら「280万円」もの
データが、
あの「2022年の年の瀬の悪夢」で‥‥!
- 濱田
- ‥‥どうなったんですか、それ。
- 祖父江
- 結局パソコンは復旧できなかったんですよ。
- それでやばいなと思って
救世主の小野朋香さんに聞いたら、
「いちおう、手元に残してあります」って。
- ──
- 本物の救世主ですね。
- 吉田
- 本当に!
(つづきます)
2024-11-03-SUN
-
手塚治虫さん三部作、
888ブックスのサイトで
特典つきで販売中!新聞漫画集成『マアチャンの日記帳』と
初の商業出版となる 『ロマンス島』をセットにした
『手塚治虫アーリーワークス』(20000円+税)。
意欲作「タイガーランド」と
「アバンチュール21」をはじめ、
初単行本化作品を含む8作品を収録した、
3分冊からなる豪華作品集
『手塚治虫コミックストリップス』(12000円+税)。
そしてなんとなんと、
手塚先生が10歳から15歳のときに描いたという
『ママー探偵物語』(22000円+税)。
そんな、あきれるほどすごい3部作が、
濱田さん+祖父江さん+吉田さんの3人組によって、
つくられてしまいました。
手間とコストがかかりすぎているので、
このままのかたちでは増刷不可能だろうとのこと。
今回のインタビュー全編を通じて、
その魅力について語っていただいているのですが、
収録時間約5時間の全18回と、なにぶん長大。
いったいどんな3部作なのか、
スライドショーで、いちはやく、ご確認ください。
888ブックスさんのサイトで購入すると、
それぞれに、素敵な特典がついてくるそうです!