編集・濱田髙志、アンソロジスト。
装丁・祖父江慎、コズフィッシュ。
版元・吉田宏子、888ブックス。
あきれるほどすごい手塚治虫さん本を
つくったのが、この3人。しかも3冊。
天才漫画家の煌めくクリエイションを
時空を超えて受け止め、
21世紀の世に放つ、現代の三銃士たち?
聞けば聞くほど「おそろしい」、
その本の制作過程を、
5時間がかりで、うかがってきました。
諸事情あって取材は実に1年半以上前。
時節柄、そろってマスク姿の三銃士よ。
担当は「ほぼ日」奥野です。
第8回
いろいろすごい濱田さん。
- ──
- ここまでお話をうかがってきて、
しみじみ感じ入ったのですが、
濱田さんって、
ものすごい数の手塚作品を
手掛けていらっしゃるんですね。
- 濱田
- そうですねえ、気づけば。
- ──
- 祖父江さんが、いつの間やら
どこかへ行ってしまったので、
濱田さんのお話を聞かせてください。 - 漫画、お好きだったんですか。
- 濱田
- 好きでした。
きっかけは、いとこが定期購読していた
雑誌の『月刊スヌーピー』のお下がりを、
まとめてもらったこと。 - 幼稚園児のときなんですけど、
それ以来ずっとスヌーピーが好きでした。
- ──
- あー、自分より少し上の世代で
スヌーピーが好きだった方って多いなと
思ってたんですけれども‥‥。 - 『月刊スヌーピー』って、あったんだ。
- 濱田
- そうなんですよ。
- その後、ぼくの父が会社の同僚の方から
『鉄腕アトム』の単行本を
1日に1冊ずつ借りてきてくれたんです。
幼稚園児で字も読めなかったけど、
絵を見ているだけで、物語がわかった。
それで、漫画ってすごいなぁと思って。
- ──
- なるほど。
- 濱田
- そのころは、講談社のディズニー絵本と、
『月刊スヌーピー』と、
手塚先生の『アトム』が大好きでしたね。 - 大人になってから、仕事で
手塚作品に関わるようになりましたけど、
読者としては、いまでも好きです。
- ──
- ご自分で描いたりはしなかったんですか。
漫画。
- 濱田
- ぼく、大阪出身なんですけど、
手塚先生が関西へいらっしゃるたびに、
ファンの集いみたいなイベントで、
自分の描いた漫画を、
先生に見てもらったりしていたんです。 - いずれ手塚プロに入りたいなあなんて
思ってたんですけど、
その前に手塚先生が亡くなっちゃって。
先生のアシスタントになれないなら、
漫画家の道は諦めようと思ってたら、
当時、日本で唯一のカラー漫画
『ハートカクテル』を連載していた
わたせせいぞう先生が、
アシスタントを募集されていたんです。
そこで3年間アシスタントをしました。
- ──
- あ、実際に漫画も描いてらした。
- 濱田
- はい。そんな流れで、
いつしか
手塚プロへ遊びに行くようになって。
資料室の森さんに
まだ単行本になっていない漫画を
教えていただいたりしていたんです。 - で、あるとき、その森さんに
「あの作品、単行本になってないなら
出してくださいよ」と言ったら、
「濱田くんがやったらいいじゃない」
って、そこからですね。
手塚先生の本を、つくりはじめたのは。
- ──
- はあー‥‥なるほど。
- そういう流れで、国書刊行会さんの
手塚作品の復刻をやられたり、
ムックとか単行本なども編集したり。
- 濱田
- その他にも、作品集の解題を書いたり、
手塚先生の小説を文庫にしたり、
手塚先生のエッセイ集をつくったり。 - そのうちに、立東舎で
雑誌連載のサイズの漫画を復刻する、
手塚治虫復刻シリーズをはじめて
定期的に出していたんですが、
コロナでぜんぶ止まっちゃったんです。
- ──
- で、その同じコロナのさなかに、
こちらの3部作をつくることになった。 - 編集の仕事も、やってらしたんですか。
それまで。
- 濱田
- やってたんです。宇野亞喜良さんとか、
柳原良平さんの画集をつくったりして。
- ──
- 多彩だなあ。
- 濱田
- 編集やったり、ラジオでしゃべったり、
テレビやラジオ番組の企画・構成や
監修もやってます。 - 漫画のアシスタントを辞めたあとは、
広告代理店にいました。
ほぼ同時期に音楽ライターもはじめました。
CDの企画・監修・解説もやっていて、
映画音楽とジャズ、歌謡曲、
それと洋楽のポップスのアルバムを
500枚くらい出してます。
- ──
- 500枚!? ‥‥すごすぎませんか。
どういう人なんだろう(笑)。
- 濱田
- 言ってみれば何でも屋なんですけど、
そういう雑多な仕事の中でも、
手塚本は、ぼくのライフワークです。
- 祖父江
- その濱田さんの「最初のアトム」って、
サンコミックスのやつ?
- ──
- 帰ってきた! しかも話を聞いていた。
- 祖父江
- ただいまー。休憩してきちゃった。
- ぼくは
ゴールデン・コミックスの『アトム今昔物語』なんです。
手塚先生の最初のきっかけ漫画って。
- 濱田
- あ、そうですか。
おもしろかったですよね、今昔物語。
- 祖父江
- 父が入院してたとき、病院の売店で見つけて
「なんてカッコイイ装丁なんだ!」
って感動して買ってもらいました。 - でも、アトムをはじめて知ったのは、
もっとちいさい保育園のころに見た
『実写版鉄腕アトム』です。
病院の待合室のテレビで放送してたんです。
- ──
- へええ。
- 祖父江
- ちっちゃいテレビから
「ぼーくーはー、むてーきだー、
鉄腕アトムー」って曲が流れてくるんだけど、
もうね、そのアトムが怖くて怖くて。
- ──
- 怖い?
- 祖父江
- 最後、頭を外しちゃうの!
- 濱田
- かぶりもののね。
- 祖父江
- で、頭を外したら包帯を巻いてるの。
- 「こんにちはっ!
いつも見てくれてありがとう」って、
アトムの頭を外したら、包帯。
病院で見てたら、もう怖くて怖くて。
- ──
- 祖父江少年には、刺激的だった。
- 吉田
- ちなみに祖父江さんは、
手塚先生の息子さんの手塚眞さんの
奥さまである
漫画家の岡野玲子さん本の装丁も、
手掛けてらっしゃいますね。
- 祖父江
- うん、やってます。
- 以前、たまたま
手塚眞さんと電車で一緒になったとき、
『星くず兄弟の伝説』のころだったんだけど、
「しりあがりさんは絵がお上手だと
父が言っていました」って。
- ──
- あ、つまり、手塚治虫さんが。
- 祖父江
- そうそう。
- 最近、どういう漫画がおもしろいかと
聞かれたので
『エレキな春』を貸したら、
「絵がうまいね」って言ってたそうです。
- 吉田
- いい話ですね!
- 濱田
- 祖父江さん、いままたもう一回、
手塚先生のこと好きになってますでしょ。
- 祖父江
- うん。いまはもうね、また大好き。
- というか、もう「好き」だなんて、
軽々しく言っちゃいけないね。敬意です。
- ──
- 敬意。
- 祖父江
- だって「どんだけうまいんだ」ですよね。
あと「どんだけ描いてるんだ」って。 - 本当にもう「敬意」ですー。
(つづきます)
2024-11-04-MON
-
手塚治虫さん三部作、
888ブックスのサイトで
特典つきで販売中!新聞漫画集成『マアチャンの日記帳』と
初の商業出版となる 『ロマンス島』をセットにした
『手塚治虫アーリーワークス』(20000円+税)。
意欲作「タイガーランド」と
「アバンチュール21」をはじめ、
初単行本化作品を含む8作品を収録した、
3分冊からなる豪華作品集
『手塚治虫コミックストリップス』(12000円+税)。
そしてなんとなんと、
手塚先生が10歳から15歳のときに描いたという
『ママー探偵物語』(22000円+税)。
そんな、あきれるほどすごい3部作が、
濱田さん+祖父江さん+吉田さんの3人組によって、
つくられてしまいました。
手間とコストがかかりすぎているので、
このままのかたちでは増刷不可能だろうとのこと。
今回のインタビュー全編を通じて、
その魅力について語っていただいているのですが、
収録時間約5時間の全18回と、なにぶん長大。
いったいどんな3部作なのか、
スライドショーで、いちはやく、ご確認ください。
888ブックスさんのサイトで購入すると、
それぞれに、素敵な特典がついてくるそうです!