特集「THE CHAMPIONS」の1人目は、
バックギャモンのプロプレイヤーで、
二度の世界一に輝いた矢澤亜希子さんです。
チャンピオンに必要不可欠なものといえば?
才能、努力、情熱などが浮かびますが、
じつは「運の強さ」こそ一番大事なのでは?
取材前に抱いていたその仮説は、
矢澤さんの話でひっくりかえされました。
運が大きく影響するゲームで、
どうやって勝ちをつかみ取っているのか。
バックギャモンの世界から、
人生のシンプルな法則を学んだ気がします。
担当は「ほぼ日」の稲崎です。

>矢澤亜希子さんのプロフィール

矢澤亜希子(やざわ・あきこ)

プロバックギャモンプレイヤー。

1980生まれ。
日本人3人目の世界チャンピオン。
世界各地のトーナメントを転戦し、
数多くの優勝を果たす。
2012年に「ステージIIIC」の子宮体がんが発覚。
手術と抗がん剤治療による副作用と戦いながら
14年に世界選手権を制し、18年に再び勝利を収め、
日本人初、女性としては世界初となる
二度の世界チャンピオンに輝く。
著書に『運を加速させる習慣』(日本実業出版社)、
『がんとバックギャモン』(マイナビ新書)がある。

X:@akikoyazawa

前へ目次ページへ次へ

02 賞金稼ぎのプロプレイヤー

──
バックギャモンには、
将棋のようなプロリーグはあるんでしょうか?
矢澤
いまはまだないんです。
日本の将棋界や囲碁界のしくみというのは、
世界的にもけっこう特殊なんです。
プロになると対局料がもらえるっていうのは、
すごく稀な世界だと思います。
──
そうなるとプロのみなさんは、
どうやって生活されているんですか。
矢澤
大きくはふたつあると思います。
ひとつはレッスンプロになって、
バックギャモンの教室をひらいたり、
個人レッスンをしたりして、
指導者としてお金をいただくという方法です。
もうひとつはトーナメントプロになる。
バックギャモンの大会に出場して、
賞金を狙うという方法です。
ただし、対局料のようなものはないので、
上位に入らないと賞金はもらえません。
──
バックギャモンで賞金稼ぎ‥‥。
なんだか映画のなかの話みたいですね。
矢澤
そうですね(笑)。
ただ、大会に出るには参加費が必要で、
それがけっこう大変という‥‥。
──
どのくらいかかるんですか。
矢澤
世界選手権の場合、
メイン種目だと1500ユーロくらいなので、
24~25万円とか。
──
えっ!
矢澤
1大会で3種目はエントリーするので、
参加費だけでトータル50万円以上かかります。
──
はーー、そんなにかかるんですね。
矢澤
なので出るからには、
常に優勝をめざして、
最低でも入賞の賞金を獲りにいきます(笑)。
──
大会賞金というのは、
上位何番目くらいまでもらえるんですか。
矢澤
ベスト8から出る大会もあれば、
ベスト16からという大会もあったり、
そこはいろいろですが、
参加人数の上位1割くらいはもらえます。
大会の参加人数が多いと賞金も高くなって、
分配もふえるという感じです。
──
参加費のことを考えると、
大きな大会のほうが効率はよさそうですね。
矢澤
はい。
その代わり、大きな大会だと試合数もふえるので、
上位にいくのがより大変になります。
大会はほとんどトーナメント形式なので。
──
ちなみに優勝賞金というのは‥‥。
矢澤
世界選手権のメイン種目だと、
だいたい1000万円くらいでしょうか。
──
おぉーっ!
矢澤
でも、大会に出るための
参加費や滞在費などの経費を考えると、
そんなに高いとも言えないんです。
いまヨーロッパはインフレですし、
例えばモナコに10日間滞在するとしたら、
ホテル代だけで80万円ほどかかります。
──
はぁぁ、そんなにかかるんですね‥‥。
矢澤
だから賞金が手に入っても、
差し引きでトントンでしたみたいなことは
よくある話なんです。
バックギャモンのプロでも、
トーナメントプロで生活しているのは、
ごく一部の人だけだと思います。
──
矢澤さんはトーナメントプロ?
矢澤
はい、たまにレッスンもしますが、
私は自由に海外のトーナメントに行きたいので、
時間の拘束があるレッスンのお仕事を
あまり受けないようにしています。
──
年間でどのくらい大会に出るんですか。
矢澤
コロナのことがある前までは、
年間で12回くらいですかね。
月に1回は海外に行っていました。
──
となると、遠征費だけですごい出費ですね。
矢澤
ここ数年は円安で経費もかさむので、
参加する大会をしぼってはいるのですが、
ウクライナでの戦争の影響もあり、
航空券も値上がりしていて大変です。
──
プロになってから、
ずっとそういう生活なんですよね。
矢澤
こういう暮らしになったのは、
2011年の終わり頃からずっとです。
コロナの前までは毎月海外だったので、
どんな国の食事でも平気になりました(笑)。

──
バックギャモンの大会は、
どの種目も男女混合だとうかがったのですが。
矢澤
男女の区別はありません。
ただ、プレイヤーのほとんどは男性で、
チャンピオンクラス(上級)だと、
100人中女性がひとりいるかいないかですね。
中級だともう少し女性の割合はふえます。
約200人の参加者がいて、
女性は私だけってこともありました。
──
男女でそんなに差があるんですね。
矢澤
バックギャモンのルーツが
エジプトやトルコあたりなので、
主にイスラム圏では老若男女問わず、
国民的に盛んなゲームなんです。
だけどプレイヤーの中には、
女性が表に出ることに
肯定的ではない人もいたりします。
──
あぁ、そういう文化背景も影響して‥‥。
矢澤
悲しいことではありますが、
私も「女は大会でプレーするな」と
直接言われたこともあります。
もちろん日本や欧米の大会で
そういう経験はないのですが、
一部の地域では文化背景もあって、
女性が競技に参加すること自体、
まだ珍しいという部分もあると思います。
──
それにしても、
参加者が200人いるなかで女性ひとりって、
それだけでもちょっと怖いですよね。
ましてや海外となると‥‥。
矢澤
それはすごく感じます。
試合中に何十人もの男性観客に
囲まれることもありますので、
本能的に危険を感じるというか(笑)。
有名な男性プレイヤーだと、
大会中に公開レッスンをひらいて
他のプレイヤーと交流したりもしますが、
私は積極的に目立つことをしようとは思わないですね。
基本的には安全で素敵な業界ですけど、
万が一後ろから刺されたりしても嫌なので。
──
それくらいに思っておかないと‥‥。
矢澤
海外ですし、宗教も多様ですし、
日本の常識っていうのは、
世界共通の常識ではありませんから。
──
そういう男性中心の世界にいて、
矢澤さんは2回も世界一になられたわけで。
矢澤
はい。
──
そういう方は他にもいらっしゃるんですか。
複数回チャンピオンになった人は。
矢澤
男性の方ですけど、
世界一に3回なった方がひとりだけいます。
スウェーデンのプレイヤーで、
歴史上3回チャンピオンになったのは、
その人だけなんです。
──
歴史上ひとり。
矢澤
その人だけですね。
──
矢澤さんは2回チャンピオンになったわけで、
3回目の可能性も十分ありますよね。
矢澤
もちろんあります。
私がもう一度チャンピオンになれば、
その人と並ぶわけですが、
そうなれたらかっこいいなって思います(笑)。
いまはその人に並ぶのが私の目標ですね。

(つづきます)

2024-10-29-TUE

前へ目次ページへ次へ
  • あなたの近くにもいませんか?
    チャンピオン大募集!

     

    読者のみなさんから
    チャンピオン情報を募集します。
    世間にあまり知られていないけど、
    じつはすごいチャンピオン。
    いや、すごいかどうかわからないけど、
    とにかく何かのチャンピオンになった人。
    あなたの近くにいたりしませんか?
    自薦他薦、ジャンルは問いません。
    気になる方には取材をさせていただき、
    この連載でご紹介できればと思っています。
    掲載につながる情報をくださった方には、
    ちょっとした粗品をお送りいたします。
    メールの宛先は「postman@1101.com」です。
    お気軽にどんどん投稿してみてくださいね。

     

    チャンピオン情報を投稿する

     

     

     

     

     

    Photo: Tomohiro Takeshita