染色家の柚木沙弥郎さんが、
世界的な彫刻家・安田侃(かん)さんを
ご紹介くださいました。
風にそよぐ布、微動だにしない石。
あつかうものは対照的でも、
おふたりの気持ちは、
芸術の一点で強く結ばれていました。
創造の源、人間の精神性について。
想像を絶する、彫刻という行為。
おふたりと縁の深い村山治江さんと
3人でお話くださいました。
うかがったのは「ほぼ日」奥野です。
柚木沙弥郎(ゆのき・さみろう)
1922年、東京に生まれる。染色家。
国画会会員。女子美術大学名誉教授。
1946年、大原美術館に勤務。
民藝にみせられ、柳宗悦の著作を読みはじめる。
1947年、芹澤銈介に師事。
以後、型染めの作品を発表し続けている。
布地への型染めのほか、染紙、壁紙、版画、
ポスター、絵本など、幅ひろいジャンルで活躍。
装幀、イラストレーションも手がける。
1958年、ブリュッセル万国博覧会で銅賞受賞。
主な絵本に『てんきよほう かぞえうた』
『トコとグーグーとキキ』『雉女房』『夜の絵』
など多数。
主な作品集に『柚木沙弥郎作品集』『夢見る手』
『柚木沙弥郎の染色』などがある。
安田侃(やすだ・かん)
1945年、北海道美唄市生まれ。彫刻家。
東京芸術大学大学院彫刻科修了。
1970年、イタリア政府招聘留学生として渡伊、
ローマ・アカデミア美術学校で学ぶ。
その後、大理石の産地として知られる
ピエトラサンタにアトリエを構え、
大理石とブロンズによる彫刻の創作活動を続けている。
生まれ故郷の美唄に
安田侃彫刻美術館アルテピアッツァ美唄がある。
ミラノ、フィレンツェ、ローマなど各都市で
野外彫刻個展を開催、
フィレンツェのボーボリ庭園、
ローマのトラヤヌス帝の市場、
東京ミッドタウン、
アートサイト直島などに作品がある。
公式サイトは、こちら。
村山治江(むらやま・はるえ)
1928年、大阪船場に生まれる。
1984年、東京渋谷にギャラリー・トムを開設。
ギャラリー・トムは、視覚障害者が
彫刻に触って鑑賞できる場所として設立された
私設の美術館である。
「村山亜土と治江の一人息子、(故)錬(れん)は
生来の視覚障害者として生まれ育ちました。
あるとき、錬が
「ぼくたち盲人もロダンをみる権利がある」
と言った言葉に突き動かされた二人が、
視覚障害者のための美術館を設立したというのが
ギャラリーTOMの誕生の経緯です。」
(ホームページより)
- ──
- 安田さんは、若いころに
イタリア政府の「国費留学生」として、
イタリアへ渡られた、と。
- 安田
- ええ。
- ──
- そのとき、すでに抽象だったんですか。
- 安田
- 具象でした。
- ──
- じゃ、イタリアに行ってから今のような。
もう何年くらい‥‥。
- 安田
- 石切場の下に住み着いて、50年。
- ──
- わあ。
- 安田
- 70年からだから、49年か。
- イタリアに住んでますって言ったって、
ミラノでもない、
ローマでもない、
トスカーナ州のはずれのちいさな村の、
石切場の下にずっといます。
- 柚木
- ミケランジェロの彫刻は、
みなさんごぞんじのとおりだけれども、
ピエタってね、いくつかあるけど、
その中にひとつ、
キリストが十字架から下ろされるとき、
とんでもないところに
手がついてるようなのがあるんですよ。 - 若いころの舟越(桂)さんみたいなね。
- ──
- ピエタというのは、
ドラクロワやゴッホなどの画家たちも
主題にしてきた、
キリスト教の宗教的場面のことですね。
- 柚木
- ああいった抽象的なものの美しさをね、
もうミケランジェロの時代にも、
人は感じてたんだろうと思うんですよ。 - それは形象の‥‥「形」の持つ美しさ、
たとえば人体の美しささえ、
ときに超えてしまうようなこともある。
- ──
- なるほど。
- 柚木
- それはね、精神的な美しさですよ。
- だいたいね、
安田さんの住んでるピエトラサンタの、
ミケランジェロなんかも通っていた
大理石の石切場、
あそこまで行って買ってくる人なんか
いないんだ、日本人では。
- ──
- そうなんですか。
- 柚木
- でも、あちらの本物の彫刻家たちはね、
みんな知ってて、そこまで行って買う。 - 大理石を切り出す親方がいて、
自然の大理石の塊を切り出すだなんて、
一大事だよ。人力なんだから。
- 安田
- そうですねえ(笑)。
- 柚木
- 不意に落っこちたら死んじゃうような、
そんな高みへ上っていく親方たちと、
このギャラリーのそっちの部屋で、
この先生はね、
大声で電話でやりあったりしてるんだ。 - ぼくには、ビックリ仰天だよ。
- 村山
- はは、先生(笑)。
- 柚木
- 渋谷の松濤とね、
イタリーのピエトラサンタの石切場が
直通してさ、
大きな大理石の壁をどうしろとか言う。 - 人間業じゃないよ。
石の精神性を彫り出すようなことをね、
やってるんだから。
- ──
- 精神性、ですか。
- 柚木
- 何千年も何万年もときを超えていくね、
人間の精神性を彫り出すのが、
先生たち、アーティストだと思うんだ。
- 安田
- さっきお話に出た「軸線」のことでね、
ひとつ、
わかりやすい例があるとすれば、
「大理石彫刻」です。 - イタリアでは、
ギリシャ時代もローマ時代も、大理石。
中世も、バロックも、ルネッサンスも。
- ──
- ずーっと大理石。
- 安田
- 3000年前から現代まで、
石という、この地球上の一部の素材の、
それも大理石の「白」で、
ヨーロッパの歴史はつくられてきた。 - ある評論家がぼくを批評したときに、
侃の作品は、おそらく
日本にいたんじゃできなかっただろう、
いち東洋人が、
イタリアの大理石の石切場のふもとに
生涯ほとんど住んでいる、
そのことからうまれた彫刻なんだって。
- ──
- 西洋人にはつくれなかった、と?
- 安田
- そんなふうに言ってました。
- ──
- ご自身、そういう意識はありますか。
- 安田
- そうですね‥‥どうだろうなあ。
- まあ、少なくとも、ぼくのところで
いきなり
3メーターや4メーターもある
巨大で単純な抽象の形が
ゴロンと生まれたのは事実なんです。
- 柚木
- 過去3000年の歴史には、
ああしたものは、なかったわけです。
- 安田
- 彫刻とは人体がほとんどでしたから、
大きな人体彫刻はあっても、
何の意味も持たない
シンプルで単純な石をつくったので、
驚いたんでしょう。 - それで、あちらのみなさんは
侃が東洋人、日本人だからだ‥‥と。
- ──
- 安田さんが抽象彫刻をはじめたのは、
石切場に住みはじめてからで、
それまでは
具象だったということですが。
- 安田
- ええ。
- ──
- なぜ、具象をやめて、抽象に?
- 安田
- 簡単ですよ。
- 具象じゃ、手も足も出ないんですよ。
25のときイタリアに来て、
そのことが、すぐさまわかりました。
- ──
- こりゃかなわない、と?
- 安田
- 西洋の3000年もの具象の歴史や、
西洋人の持っている
具象に対する3次元能力というのが、
ぜんぜん、ちがった。 - われわれ日本人は、鎌倉で‥‥
仏像で止まっちゃってるんだと思う。
- ──
- そう思われますか。
- 安田
- ひとつの頂点としての運慶・快慶が
素晴らしい作品を残しましたけど、
それ以降、日本の具象の歴史は
江戸時代に入り、
数百年、止まってしまうんです。 - その間にも西洋は、
倦まずに、
人体というものをつくり続けてきた。
- ──
- 3000年もかけて。
- 安田
- そりゃあ、かなわないでしょう。
- さっき柚木先生がおっしゃったのは、
ミケランジェロの
ロンダリーニのピエタという作品で、
まさしく
具象の中の精神性が表現されてます。
- ──
- なるほど。
- 安田
- あんなものを見せられてしまってね、
具象なんてとうてい無理だと
思い知らされていたところで
抽象に出会った‥‥というか、
大理石を掘ってたら、
どうしてもタマゴ型になるんですよ。
- ──
- そういうものですか。
- 安田
- どうにもこうにも、タマゴ型になる。
- でも、ただのタマゴでは
あまりにもシンプル過ぎると思って、
へその緒をつけたんです。
- ──
- あ、そういう経緯で。
- 安田
- あんなふうにピューッとしたものを
へその緒みたいに
タマゴから出して、
その先っちょをスパッと切ってみた。 - 25でイタリアに来て3年目かな、
その技術に自己満足してたら、
ある評論家が、この作品のすごさは、
へその緒を切った断面の鋭さだと。
- ──
- 「断面」が、評価された。
- 安田
- よく意味がわからなかったんだけど、
つまり、へその緒を切られた瞬間、
そいつは、ひとつの生命として、
その場で生きていかなきゃならない。 - その生命は、再び母親には戻れない。
ゆえに安田侃は、
この抽象的なタマゴ型の作品で、
人間の生命の精神世界を表現したと。
- ──
- 解釈が、さすがのすごさです。
- 安田
- そういう読みかたがあるのか‥‥と。
イタリア人は、
彫刻を、そんなふうに捉えるのかと、
ビックリしちゃったわけです。 - そんなこともあって、
抽象の世界で、
何らかの精神性を表現できないかと、
これまでずっと、やってきたんです。
(つづきます)
2019-11-18-MON
-
柚木沙弥郎さんの展覧会、
広島と愛知で開催中!まず、先日まで葉山で開催されていた
「鳥獣戯画」展が、
現在、広島県の泉美術館に巡回中です。
ユーモラスなどうぶつの姿をつうじて、
平家物語の「諸行無常」感が
大きなパネル5枚に表現されています。
劇作家・村山亜土さんと共作した絵本
『トコとグーグーとキキ』や、
柚木さんの絵の魅力が大爆発している
『てんきよほうかぞえうた』の原画も
展示されているそうです!
また、愛知県の豊田市民芸館では、
「柚木沙弥郎の染色」展を開催中です。
昨年、日本民藝館で開催した展覧会を
再構成したもの。
柚木さんが生み出してきた「模様」を、
そのあざやかな「色彩」を、
たっぷり堪能できるチャンスです。
こちらも、ぜひ、足をお運びください。
くわしくは、それぞれの公式サイトで。広島・泉美術館
「柚木沙弥郎 生きとし生けるもの」
公式サイトは、こちら。愛知・豊田市民芸館
「柚木沙弥郎の染色 もようと色彩」
公式サイトは、こちら。