韓国のエンターテイメントが
ちょっとおもしろくなる授業、その2です。
韓国語のドラマや映画の字幕翻訳を
手がけられている朴澤蓉子さんに
翻訳の世界について教えていただきました。
字幕ってどう作られているんだろう?
翻訳家はどんなことを考えて訳している?
いろんな好奇心がくすぐられる
現場のお話を、たっぷりご紹介します。

協力:小池花恵(and recipe)

>朴澤蓉子さんプロフィール

朴澤蓉子(ほうざわ・ようこ)

1985年生まれ。宮城県出身。
東京外国語大学在学中よりアルバイトで
韓日映像翻訳に携わり、
2010年からはフリーランスとして活動。
映画『ミッドナイト・ランナー』『最も普通の恋愛』
『詩人の恋』の字幕翻訳やドラマの吹き替え翻訳など、
手がけた作品は100タイトル以上。
2020年、「第4回日本語で読みたい韓国の本
翻訳コンクール」で最優秀賞を受賞。
同受賞作『ハナコはいない』をクオン社より刊行。

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(8)ドラマが現実を引っ張ってる。

朴澤
そのほか、ちょっとした小ネタとしては、
「マキシム」というインスタントコーヒーが
韓国ドラマによく出てくるんですが
これはだいたい広告ですね。
──
たしかに、ときどき見る気がします。
朴澤
韓国ドラマって、間接広告が多いんです。
なにかの商品が、ロゴが見えるように
何秒間か映っていたら、それはだいたい広告。
毎回同じカフェに行ってたら、
それも広告だし。
だからみなさんやたらと「サブウェイ」で
サンドイッチを食べているという(笑)。
──
たしかに(笑)。
朴澤
ピザ、ハッドグ、チキンとかも、
お店の名前が出てたら広告。
よく吸ってる高麗人参のエキスもそう。
車も多いですね。
マッサージチェアとかまであります。
化粧品もそうですね。
登場人物が「ちょっと待って」と
いきなり化粧を始めたら、それは広告(笑)。
ロゴが見えるように始めたら、絶対そう。
‥‥とはいえ私自身もそれに乗せられて、
けっこう買ってるんですけど。
──
たしかに好きなキャラクターが使ってたら、
親近感がわきますもんね。
朴澤
でもうまいなと思ったのが、
『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』
というドラマで、主人公の女の子が
貧しい生活をしているんです。
自分の食費を切り詰めながら
寝たきりのおばあさんの世話をしていて。
その子が働いたあと、
暗い家に帰ってきてまずやることが、
ポットに電源入れて「マキシム」を
コップに2つ注いで飲むんですね。
たぶんそれがその子の夕飯なんです。
それだけで境遇がわかるというか。
広告がうまくハマった
すごくいい演出だなと思いました。

──
翻訳をされていて、韓国のドラマ全体で、
「最近こんなジャンルが増えてきた」
ということってありますか?
朴澤
常に新しいものを作ってるし、
そのクールの流行りというのもあるので、
一概には言えないですね。
ただ「いつもいろんな挑戦をしているなあ」
ということは、よく感じます。
たとえば韓国のドラマって、
けっこうファンタジーが多いんですよ。
1クールに何作品もあったり。
少し前までは
「このCGで大丈夫?」みたいなものが
多かったんですけど、やるたびに
どんどんクオリティが上がってるんですね。
必要だからやるのではなく、
作りたいから新しいことに挑戦して、
どんどんレベルが上がっていく。
そういう勢いはあると思います。
──
わぁ、いいですね。
朴澤
漫画原作のドラマも多くなっていますし。
しかも、その漫画家さんが
脚本を書いている場合もあって、
そのあたりも新しいことに積極的ですよね。
いいものが書ければ新人さんでも
バンバン起用する。
脚本家さんも、新しい人が
どんどん出てくるんですよ。
あとは感覚的なものではありますけど、
ここ数年、全体的に
「制作費があるんだな」とは感じますね。
これについてはなにか
詳しい説明ができるわけではないんですけど。
──
若い脚本家さんや監督さんも増えてますか?
朴澤
増えてると思います。
あと業界全体で、女性の活躍が
増えている気がしますね。
たとえば2021年の「百想芸術大賞」
(日刊スポーツが主催する韓国の総合芸術賞)
を見ても、女性のノミネートが多く、
映画部門では受賞者の半数が女性でした。
──
へぇーっ。
朴澤
ドラマや映画の制作現場って、
きつい仕事だと言われていますが、
その表彰式を見て、
そのあたりの環境も改善されつつあるのかな
と思いました。
推測で、実際のところはわからないですけど…。
でも少なくとも、最終回の放送日まで
撮影していた頃とは
格段に違っているとは思います。
いろんな問題を、時代に合わせてすごい速さで
改善・解決していってるんじゃないかな。
──
そういった改善に勢いがあるのって、
どうしてなんでしょうね。
朴澤
なんででしょうね。ひとつ思うのは、
韓国では視聴者がすごく厳しいんですよ。
ちょっとでもおかしいと思ったら
「この演出はない」とか
ネットですぐつっこむので(笑)。
その声をしっかり吸い上げて、
いいほうに持っていこうとする
意識はあるかもしれないですね。

──
作品のなかで、社会問題についての
作り手側の意識を感じる瞬間もありますか?
朴澤
それはここ数年、ものすごくありますね。
ジェンダー問題の例を挙げると、
まず、女性に料理させるシーンがないですね。
ホームドラマとかだとまたちょっと違うんですけど、
若者向けの作品は本当にそう。
配膳させるシーンもほとんどないし、
料理を作るように要求されるシーンもないし、
やらないことを責めるシーンもない。
『愛の不時着』でも、
ヒロインのユン・セリが料理するところは
なかったと思います。
全部リ・ジョンヒョクが作って、もてなしてとか。
──
たしかに。
朴澤
それからちょっと前までは、
男性が女性を突然抱きしめたり、
突然キスをしたりして、その強引さに惹かれる
‥‥みたいな演出があったと思うんですけど、
それはもうない。
「主人公がオレオレな感じの男性に
振り回されながら、
ふとした優しさに惹かれて‥‥」
という展開は、
少なくなってきたなと思います。
相手に触れるときも、男性が
「抱きしめていい?」
「キスしてもいい?」って聞いたりとか。
いろんな部分で
「女性は男性が好きにしていい対象ではない」
「力ずくで何かしていい存在では絶対にない」
というはっきりとした意志を感じますね。
もしいま「結婚によって人生を変える」
「金持ちの男の人が現れて助けてくれる」
といった展開が出てきたら、
ものすごく古い印象になると思います。
それから、
「男のくせに」「男はこうあるべき」
なんていう台詞も、減りました。
──
より現実に近くなってるんですかね。
朴澤
近くなったのかもしれないし、
もしかしたら
「もっと先を描こう」としているの
かもしれないです。
韓国ドラマって
「こうなったらいいなと思えることを
描いてくれてるな」と思うことが、
けっこうあるんですよ。
担当作品のひとつで、彼女が彼氏に
「子宮頸がんのワクチンを打って」
と言うシーンがあるんです。
子宮頸がんのワクチンって、
女性だけじゃなくて、
男性が打っても効果があるから
「私たちのために、愛のために打ってください」
と彼女に言われて、
男友達と3人で打ちに行くシーンがあるんですね。
韓国でもすごく話題になったんですけど、
見たときに「わぁ、すごいな」って思いました。
しかも広告でも何でもなく、
脚本家が入れたシーンだったんです。
だからドラマの中でそういうことを
さらっとやってくれる心強さというか。
「こうあってほしいな」という世界が
ドラマにあって、励まされるというか。
そういうところがありますね。
──
ドラマが現実を引っ張ってる。
朴澤
「引っ張っていくぞ」という意識もあると思います。
関わる人たちがドラマやテレビが持つ
影響力の大きさを自覚していて、
「本気で世の中を変えられるんだ」
と意識しているのをすごく感じます。
社会問題の取り上げ方もすごく上手だし。
映画やドラマに限らず、小説もそうなんですけどね。
若い方たちが作っているのもあるのかなとは思います。

(つづきます)

2023-02-13-MON

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