SNSやブログを通じて、書きたいことが書ける時代。
それが仕事になるひとも、そうでないひとも、
「書く」がとても身近なものになりました。
47歳で広告会社をやめて、フリーランスで書き始めた
青年失業家こと田中泰延さんもそのひとり。
しかし、ひろのぶさんは「書きたいこと」ではなく
「読みたいこと」を書くといいます。
このたび自身初の本を出版されたひろのぶさんに、

もっと話を聞いてみることにしました。
集まったのは、「ほぼ日の塾」の卒業生たち。
本当に、読みたいことを書けばいい?

編集・構成:松岡厚志
イラストレーション:堤淳子(223design)

>田中泰延さんのプロフィール

田中泰延 プロフィール画像

田中泰延(たなか・ひろのぶ)

コピーライター、CMプランナーとして
電通で24年間勤務したのち、2016年に退職。
ツイッター(@hironobutnk)を通じて
多くのファンを獲得し、
「ひろのぶ党」の党首と呼ばれることも。
2019年、初の著書となる
『読みたいことを、書けばいい。』を上梓。
自称・青年失業家。

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第2回 誰に書けばいいですか?

田中
事象と心象が交わるところに生まれるのが「随筆」。
その「随筆」において、まず大事なのは、
「何を書いたか」より「誰が書いたか」。
ここまでは、わかりましたか?
一同
(うなずく)

田中
つまり、あなたがどう思うかは、
「誰も興味がない」。
まずはそのスタートラインに立ちましょう。
いきなり「わたしはこう思いました」と書いても、
読んでもらえない。
それでも誰かに読んでほしいなら、
ちょっと調べに行きましょう。
たとえばこのコップの水を飲んで
「なんでこんなにおいしいんだろう」
「このおいしさを、ひとに伝えたい」と思ったとき、
「ごくっと飲んだ、おいしい」と書いても意味がない。
ひとに読んでもらうための武器は「調べる」です。
このペットボトルの水だったら
「お、なんかちょっと水道の水とちがうぞ」
「群馬県の嬬恋で採水した水なのか」
「嬬恋の水って、どんな水なんだろう」
「調べてみたら江戸時代に水で争いが起こってた」
いや、この水がおいしいって言いたいだけなんですけど、
「こういう理由で調べに行ってみました」
「調べてみたらこんなことがわかりました」
「だから私はおいしいと思ったのかも」
そう書けば、ちょっとは読んでもらえるかもしれない。
書くものを調べるんじゃなくて、
読者がどういう人か調べるというのもありますね。
よくいう、「読者ターゲットを想定する」。
でも、ぼくは、これが一番アカンと思います。
ペルソナとか言いますね、ラテン語で「仮面」。
「この文章は10代女性に響くように書きましょう」
そんなこと考えてどうなるかって話で。
たとえば、そこのあなた。

塾生
はい。
田中
あなたの住んでる部屋のとなりに
誰かおっさん住んでますよね。
塾生
えっ。
田中
いや、ぜったいおっさん住んでる。
塾生
えっ。
田中
確率的にどっちかのとなりには住んでる。
右どなりか、左どなりか、どっちかです。
そのおっさんが、今晩、何食べたいか知ってます?

塾生
わ、わかんないです。
田中
そうでしょう。わかんないでしょう。
自分のとなりに住んでるおっさんが
きょう何を食べたいかもわからんのに、
10代女性のペルソナがわかるわけがないんで。
わかったつもりになって書くと、だいたい失敗します。
ターゲットやペルソナの設定は要らないんです。
読者なんか想定しなくていいんです
あと、よく言うでしょう、
「たったひとりの誰かに手紙を書くように」って。
それはLINEしてください、既読つきますから。

一同
(笑)
田中
では、誰に書くのか。
それがこの本のタイトルにもある
『読みたいことを、書けばいい。』で、
自分に向けて書くんです。
自分に書く、読み手として書く。
これは糸井さんからいただいた金言です。
僕は電通という会社で広告の仕事を長くやって、
このクセというかスタイルが身についてたのですが、
たとえばペットボトルの水の会社に呼ばれて
「新製品の水が出たので、誰々に売ってください」
と依頼されても僕は知らないんです、この水のこと。
ということは、まず、ぼくは、
この水についての話の「読み手」なんです。
ここがすごく大事で、心がゼロのところから
「この水のいいところって何なんでしょうね」
と思って飲んでみたり、嬬恋村に行って知ろうとする。
自分が好きなものについて書こうとしたら
心象のほうが前に出てしまうけど、
たとえば自分が知らない食べものについて書くときは、
好きより前に知らないですから、調べに行く。
で、このカレーのスパイスは
ネパールのすごい景色のところで作られてるとか、
そこの自然はすげえよかったと知ることができたら、
そのポイントを一生懸命書けばいいんです。
すごいラクです、調べればラク。
ただ、たとえば何かの映画のことを書くにしても、
みんなネットでめっちゃ書いてるでしょ?
で、思ったことはだいたい書かれてるわとなったら、
もう書かなくていいです。
いかりや長介さんに言わせれば、
「次行ってみよう」です。
それでもいろいろ感想をあさってみて
「誰もわたしが面白いと思ったことを書いてないなあ」
というときに、はじめて自分が書けばいいんです。
自分に向けて書けばいい。
だって、自分が読みたいから。
自分が一番感動したところを書いてるひとがいないから
「あれ? じゃあ、わたしが書くの?」ってことですね。
その「自分の感動」には理由がある。
だから調べる。
今はもやもやしてるけど、探れば根拠に当たるはず。
その感動に根を張って、調べてみたらある事実があった。
わたしがこの水を一口飲んだときの「おいしい」に
ちょっと納得できた、そう書けばいいんです。
「何を書いたか」より「誰が書いたか」と言いましたけど、
もっと大事なことは「なぜ書くか」。
そこに感動がなければ、書く意味がないんです。
ものすごく簡単にまとめると、
この本で僕が言いたかったのは、そういうことです。

(つづきます)

2019-10-09-WED

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  • 好評発売中です!

    『読みたいことを、書けばいい。
    人生が変わるシンプルな文章術』

    田中泰延 著
    発行:ダイヤモンド社
    定価:本体1,500円+税
    ISBN:978-4-478-10722-5

    幼稚園の先生にも、
    大柄なジゴロにも、
    大飯食らいの居候にも、
    交響楽団指揮者にも
    なれそうな男が、
    本を書いてしまった。
    ――糸井重里


    元電通コピーライターにして青年失業家、
    田中泰延さん初の著書、増刷に次ぐ増刷中。
    かたくなに本題から脱線しつつも、
    やっぱりしっかり役に立ってしまう一冊です。
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