18歳でデビューしてからというもの、
あの印象的なポカリスエットの広告、
サカナクションや
星野源さんや米津玄師さんのМV、
大河ドラマ『麒麟がくる』の
メインビジュアル‥‥などなどなど、
みなさんもきっと、
どこかで目にしているはずの作品を
次々と作ってきた奥山さん。
さぞ「撮影漬け」な日々なのかなと
思いきや‥‥。大切なのは、
シャッターを切ることよりむしろ、
一回の打ち合わせ、一通のメール、
ひとつひとつコミュニケーションだと。
その創作論、全5回でおとどけします。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第5回 正直に、生きていきたい。

──
奥山さんって、おいくつなんですか。
奥山
30です。
──
ひゃー。その若さで、
いまの考えにいたるってすごいです。
奥山
いえ、試行錯誤ばかりです。
まだ、キャリアのはじめのころには、
まったくの独りよがりで
つくってしまったものもありますし。
──
そうですか。たとえば‥‥。
奥山
以前『EYESCREAM』という雑誌で
「君の住む街」
という連載をやっていたんですね。
──
ええ、女優さんを撮ったやつ。
奥山
1ヶ月に1回、ポラロイドカメラで
東京の街と、35人の女優さんを
撮らせていただいた企画なんですが、
3、4回撮ってみて、
決定的に気づいたことがありました。
どの女優さんを撮っても、
同じような写真に見えてしまうんです。
──
へえ‥‥ご自身の中で、ですか。
奥山
このまま続けていても、ダメと思いました。
どうして同じような写真に見えるんだろう。
そう考えたとき、
最初は、どなたが来ても、
コミュニケーションを取らなかったんです。
自分から話しかけたりとかもあまりせずに、
カメラ側のギミックとか、
そういう小手先のことで
「奥山由之の個性」を、出そうとしていて。
──
なるほど。
奥山
目の前にいる人を、
きちんと見れてなかったんですよね。
マネキンとまでは言わないですけど、
当然、
そこまでドライではないんですけど、
被写体の方だ、というくらいで。
──
そういう時期もあったんですね。
奥山
なのに、自分らしさみたいなものを
どうにか出そうと思って、
結局‥‥カメラの側で内にこもって、
あれこれやっていたんです。
──
でも、それだと、自分自身としては
どなたを撮っても、
同じような写真に見えてしまったと。
奥山
そうです。そのことに気付いてからは、
撮影に入る前の段階で、
できるだけその人の作品を見たりとか、
会話を重ねたりとか‥‥。
こういう思いで、
自分は東京の街を撮っていますだとか、
なんでポラロイドを使ってるのかとか、
他愛もない話ですけど、
相手とコミュニケーションすることで、
ぼくの写真が、その連載が、
どんどん、いきいきしていったんです。
──
おお。
奥山
毎回、その方じゃなければ撮れなかった、
という写真に変化していきました。

「EYESCREAM」多部未華子(2016) 「EYESCREAM」多部未華子(2016)

──
そのことに気づいたのって‥‥。
奥山
22とか、23くらいですかね。
──
そんな若いときに。
奥山
漫然とシャッターを押すのではなく、
押すよりも大事なのは、
その人とどんな時間を共にしたのかとか、
短い時間の中で、
どれだけ信頼関係を築けたか‥‥とか。
最近、アートディレクターの須山悠里さんに
「奥山さんの写真が好きなのは、
撮られるものがスッと真ん中にあること。
さまざまな手法を駆使したとしても、
人と話すときに
自然と相手の目を見つめるような、
虚栄や記号による操作に邪魔させない芯が
身体化されていると思う」
とおっしゃっていただいたんですが、
その言葉がとても嬉しくて、
自分が信じている道は間違っていないのかな、
と思えました。
──
奥山さんには、
たとえば、いまみたいなことを教えてくれる
「師匠」的な存在の人が、
どなたか、いらっしゃるんですか。
存じ上げなくて申しわけないんですけど。
奥山
いないんです。
──
少し前の感覚だと、めずらしいですよね。
ファッションがやりたいからこの人に、
広告がやりたいからあの人に‥‥って、
どなたかの門を叩いて、
そこで何年か修行するのが
「カメラマンになる常道」でしたから。
奥山
そうですね。
──
あるいは、写真の学校を出てから、
撮影スタジオではたらいて‥‥だとか。
奥山
学生のころは映像を作っていたんです。
アニメーションだったり、実写の映画とかを。
──
あ、そっちが先でしたか。写真より。
奥山
そうなんです。
映画の場合、絵コンテを描くんですね。
その資料として、
撮影場所の写真を撮ったりするんです。
そのときに、
瞬間を切り取る「写真」には、
たしかに
流れる時間の中の一点が写るんだけど、
でも、人って、その一点よりも
むしろ、
その前後を見ていると気づいたんです。
──
前後。ああ‥‥なるほど。 
何となく、でも、すごーくわかります。
ある「一瞬」が写っているんだけれど、
気持ちは、その前とか後に向いている。
そういうところが、たしかにあります。
奥山
そこにあるのは、そこにないものの、すべて。
写真って、そういうものだと思いました。
映像とは「逆」というか‥‥映像の場合、
たとえば、
目の前のコップそのものだけでなく、
そのコップが、
そこになかったときはどうしていたかまで、
説明出来てしまうようなところがあるので。
これはネガティブな意味ではなく。
──
なるほど。
奥山
その点、写真の場合は、
このコップは、
どうしてここに置いてあるんだろうだとか、
中にジュースが入ってるけど、
誰が飲んだのか‥‥を人に想像させる。
そして、
見る人も答えを断定することはできない。

N. 2017 春夏コレクション(2017) N. 2017 春夏コレクション(2017)

──
そのときぼくらは、
コップそのものを見ているわけじゃなくて、
コップ以外を見ている‥‥そうかも。
奥山
その表現の余白の広さとか曖昧さ、色気が、
当時のぼくには手馴染みがよかったんです。
──
写真に特有の、あの、
エモーショナルな感覚って何なんですかね。
奥山
時間の流れのなかの一点にしか穿たれない
刹那的な瞬間が、
想像力の中で広がっていくからでしょうか。
切り取った「ある瞬間」の前後の可能性が
広ければ広いほど、
イマジネーションや想像が膨らんでいくし。
──
ぼくは「あ、自分は写真が好きだな」って、
わかったような写真を覚えているんです。
それは、
1950年代のアメリカで撮られた写真で、
その時代にしては、めずらしくカラーで。
奥山
ええ。
──
洋服屋さんの店先に、
きちんと折りたたまれた白い襟付シャツが、
ぽんと置かれている写真でした。
奥山
はい。
──
いまから、「70年」くらい前の風景です。
このシャツは、このあと、
アメリカのビジネスマンかわからないけど、
知らない誰かに買われて、
しばらく、気に入られて着られたけど、
だんだん出番が減って‥‥
いまでは、お役御免となっているわけです。
奥山
ええ。
──
それどころか、もう捨てられて燃やされて、
すでに、この世に存在しない可能性も高い。
着ていた人だって、亡くなっていると思う。
奥山
ああ‥‥。
──
つまり、さっき奥山さんがおっしゃった
「ある一瞬、その一点」の後を、
ものすごーく、想像させられたんですね。
しかも、いま言ったことが、
ぜんぶ的はずれな可能性もありますよね。
あのシャツの行く末を
この世の誰も知らない‥‥ということに、
クラクラする感覚もあって。
奥山
ええ。
──
そのときに「俺、写真、好きだな」って。
奥山
やっぱり、写真によって
「止めた」ように感じる「瞬間」の前後は、
それくらい、いろんな可能性が、
豊かに、
ゆらゆら、うごめいているんだと思います。
炎をずっと見続けていられるように、
人は「変化するもの」に、
不思議と、惹かれますからね。
──
そうか。写真って「動くもの」だったんだ。
じつは、ぼくらは、写真というものを、
動きあるものとして捉えていた‥‥のかも。
奥山
そうだと思います。

「GINZA」モトーラ世理奈(2017) 「GINZA」モトーラ世理奈(2017)

──
いい写真、惹かれる写真って、
シャッターを押した瞬間のことだけでなく、
前にも後ろにも
時間的にも空間的にも、広がりがある‥‥。
そういう考えに、
写真学校の授業で先生に教わりましたとか、
あるとき師匠が言ってたんですじゃなく、
奥山さんは、自分でたどり着いたんですね。
奥山
ええ。
──
師匠がいないって、
当然、ご苦労も多かったとは思いますけど、
その意味では、
師匠がいなくてよかったこともありますか。
奥山
あるかもしれません。
ずっと手探りだったぶん、
より経験が深く身体化されたとも思いますし。
ノウハウを知らないから、
遠回りかもしれない道を、
それなりに負荷をかけて、加速してきました。
そのスピードでぶつかったときの衝撃って、
なかなかすごいものがあるんです。
──
そうですよね。
稽古をつけてくれる人がいないってことは、
受け身の取り方も知らないわけで。
奥山
でも、そんなふうにやってきたから
気付けたことも、きっとあると思います。
──
これ‥‥もしかしたら
よく言われることかもしれないですけど。
遠くから眺めていただけの奥山さんって、
若くしてすごい賞を獲って
みんなに注目されて、スマートな感じで、
写真もカッコいいし、
おしゃれな女性誌にもよく呼ばれるし、
やってることも大きな広告だし、
挙げ句の果てに、
アトリエに来てみたら、こんな素敵だし。
奥山
あ、ありがとうございます(笑)。
──
でも、お話させていただいたら、
いい意味での「地べた感」を感じました。
まわりの人や現場から学んできたことを、
ひとつひとつ、
何度も反芻してきた人なんだとわかって、
何だか、すごくよかったです。
奥山さんの作品を見る目も、
またちょっと変わりそうな気がしました。
奥山
本当ですか。
──
まだ30歳、写真の活動をはじめてから
たったの12年なのに、
こんな作品集ができるのも、わかります。
奥山さんには、この「12年」が
あと4回も5回もあるのかあと思ったら、
どこまで行くのか‥‥。
なんか、この先の展望とか、ありますか。
奥山
正直に、
切実さをもって生きていきたいですね。
──
おー、いいなあ(笑)。
奥山
真剣に生きなきゃもったいないというか、
極力、嘘をつかないで伝えていこうとか。
言葉にするとあたりまえなんですけれど、
これまでの創作を通じて、
ぼくが教わってきたのは、
そういう、あたりまえのことだったので。
──
はい。
奥山
あたりまえって、大切です。

(終わります)

2022-02-11-FRI

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  • 奥山さん、デビューから12年間の クライアントワークの集大成!

    2010年のデビュー以来、
    奥山さんが、これまでの12年間に撮った
    広告、雑誌、映画、アパレルブランド、
    大河ドラマのメインビジュアル、
    俳優やミュージシャンのポートレイト‥‥。
    作品制作と並行して
    撮影してきた写真が1冊にまとまりました。
    あ、これも? ええー、これも!!
    そんな写真集です。
    何より、この物体としての存在感、強さ。
    インタビューでも語られていますが、
    この本の分厚さや重量は、
    奥山さんが、たくさんの人々と結んできた
    コミュニケーションの集積なんだと思うと、
    「何という30歳だろう!」
    と、あらためておどろき、あこがれます。
    そして、この「12年間」が、
    奥山さんにはあと何回あるのか思うと‥‥。
    ぜひ、手にとってみてください。
    この厚みと重みを、感じてみてください。

    Amazonでのおもとめは、こちら

    特集 写真家が向き合っているもの。

    001 浅田政志/家族

    002 兼子裕代/歌う人

    003 山内悠/見えない世界

    004 竹沢うるま/COVID-19

    005 大森克己/ピント

    006 田附勝+石内都/時間

    007 森山大道/荒野

    008  藤井保+瀧本幹也/師と弟子。

    009 奥山由之/わからない/気持ち。

    特集 写真家が向き合っているもの。

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    009 奥山由之/わからない/気持ち。