ひさしぶりにご登場いただきます。
クジラの研究でおなじみ、
国立科学博物館の田島木綿子先生。
先生監修の『大哺乳類展3』が
絶賛開催中というのを口実に、
楽しいお話を、
いろいろとうかがってきました。
話題は「わける」「つなげる」
「自然選択と性淘汰」「収斂進化」
などなど。今回もおもしろかった。
担当は「ほぼ日」奥野です。

>田島木綿子先生のプロフィール

田島木綿子 プロフィール画像

田島木綿子(たじまゆうこ)

獣医師。国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹。筑波大学大学院生命環境科学研究科准教授。日本獣医生命科学大学客員教授、博士(獣医学)。日本獣医生命科学大学(旧日本獣医畜産大学)獣医学科卒業。学部時代にカナダのバンクーバーで出会った野生のオルカ(シャチ)に魅了され、海の哺乳類の研究者として生きていくと心に決める。東京大学大学院農学生命科学研究科にて博士号取得後、同研究科の特定研究員を経て、2005年からアメリカのMarine Mammal Commissionの招聘研究員としてテキサス大学医学部とThe Marine Mammal Centerに在籍。2006年に国立科学博物館動物研究部支援研究員を経て、現職に至る。獣医病理学の知見を生かして海の哺乳類のストランディング個体の解剖調査や博物館の標本化作業で日本中を飛び回っている。雑誌の寄稿や監修のほか、率直で明るいキャラクターにテレビ出演や講演の依頼も多い。著書に『海獣学者クジラを解剖する』『クジラの歌を聴け』(山と渓谷社)『海棲哺乳類大全』(緑書房)などがある。

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第3回 なぜ「海へ戻った」のか。

──
モテたいがために、
みっともないほどがんばるところに、
先生は、生物たちの潔さ、
カッコよさを感じてらっしゃる、と。
田島
そうです。
──
イッカクという海の哺乳類のツノって、
めっちゃ長いじゃないですか。
ファンタジーに出てくる生物みたいに。
 
で、2メートルとか伸びるんですよね。

イッカクの全身交連骨格(国立科学博物館所蔵) イッカクの全身交連骨格(国立科学博物館所蔵)

田島
ええ。
──
あれも、メスへのアピールのために
一本だけ伸びた「歯」なんだと知って、
「え、それ歯だったんですか!?」と。
あくなき「モテ」への強い気持ちが、
歯を、一本だけ、あんなにも長く。
もう感心しきってます。
自分はそこまでやれるかとか思うと。
田島
あっはっは。
──
他にも、メスへのアピールのために
どんどん歯を伸ばしていって、
それが途中から、
なぜかくるっと
顔の方にカールしちゃって、
いずれ頭蓋骨を貫いて死んでしまう、
みたいな動物もいませんでした?
田島
バビルサね。
あれは、ちょっと特殊すぎますね。
何も、あそこまでする必要はない。

バビルサの頭骨標本(国立科学博物館所蔵) バビルサの頭骨標本(国立科学博物館所蔵)

──
わはは(笑)。
「あそこまでする必要はない」。
いやあ、そうですよね。
でも、それもまた「モテ」のため。
田島
らしいですよ。モテたいがために、
歯が伸び続けちゃうんです。
成長をストップする遺伝子がない。
生き残り戦略としては、
本当に下手だなあって思いますね。
──
生き残り戦略にも、上手い下手が。
じゃ、個体数は少なめなんですか。
田島
いや、ぜんぜんたくさんいます。
頭蓋骨を貫くまでいっちゃうのは
ごく稀な個体だと思います。
そんなことで全員が死んでたら、
もう絶滅しちゃってるでしょうね。
──
とにかく「モテ」ってすごいなと
しみじみ思うんですけど、
その意味では、自然界には、
人間社会でいう「少子化」問題は、
存在しないってことですか。
田島
人間と同じ少子化問題はないです。
環境汚染物質なんかのせいで
生息環境が劣悪化して、
子どもが生まれなくなったりとか、
外的要因はあるでしょうけど。
──
本人たちのほうから
「俺、モテとかどうでもいいわ」
みたいなことはないと。
田島
彼らは「種を存続させる」という
与えられた「使命」を
まっとうしてるんですよ、単純に。
俺は強いオスになれなかったけど、
でも、それでもがんばるわけ。
それが、生物の基本です。
その点、われわれ人間の社会には
大変なこともたくさんあるので、
同じようには論じられないですし、
わたし自身がそうですけど、
子どもをうまないとか、
結婚しない個体もたくさんいます。
──
はい。
田島
でも、他の生物たちが、
種を存続させるために、
そこまでがんばっている姿だとか、
その結果として
精子と卵子が出会うということが
いかに奇跡的なことなのか‥‥
については、
わたしは、伝えたいなと思います。
他の動物の生き方から学べること、
たくさんあると思うので。
──
生物たちは、基本的には、
みんな子孫を増やそうとしていて、
そのために必死にがんばっている。
田島
そうです。
──
そこのところを理解したうえでの
質問なんですが、
先生が愛してやまないクジラって、
陸上にいたものが、
わざわざ海へ戻ったわけですよね。
田島
はい。
──
自分は閉所恐怖症気味なんですが、
それって、つきつめると、
息ができないことへの恐怖感だと
個人的には思っているんです。
で、そういう自分からすると、
息をするために、
定期的に
海面上へ出てこなきゃならない、
そんなところへ、
なんだって戻る気になったのかが、
どうしても理解できなくて。
田島
その部分についての
本当の理由をつきとめることって、
かなり難しいとは思います。
多くの研究者は、
突然変異で説明するしかないって
考えているようです。
たまたま水の中で生きてくことに
すごく適応できる遺伝子を
持って生まれた個体が生き残って、
そこから
イルカやクジラに進化したんだと。
──
なるほど。
田島
ちなみに進化の考え方については、
最近では、
ポジティブ説を支持する研究者が、
増えてきている印象ですね。

──
ポジティブ説。
田島
ポジティブ説とネガティブ説って
ふたつの考え方があって。
昔は、ネガティブ説が優勢でした。
たとえばキリンの首はなぜ長いか。
ふつうの高さの草を食べる競争に
負けちゃったから、
仕方なく首を長くしたっていう説。
──
それが、ネガティブ説。
聞いたことがあります。
他が届かない高さに生えてる草を
食べざるを得ないところへ
追いやられていった‥‥みたいな。
田島
それに対して、ポジティブ説では
俺たちだけ首を長くすりゃ、
高いところの草を
独り占めできるよねって考えです。
最近では、進化の問題については、
こっちの
ポジティブ説が浸透してるんです。
──
そうなんですか。
首は、伸ばしたいから伸ばしたと。
「仕方なく」ではなくて、
なんというか、前向きな気持ちで。
田島
そう、負け組が伸ばしたんじゃなく、
「あそこの草を食うぞ!」って。
同じように、イルカについても、
カバだとか水辺に棲んでいた動物が、
海の中のほうがエサもあるし、
強そうな敵もそんないなさそうだし、
俺ら王者になれるじゃん、って。
──
そういう気持ちで海へ戻ったのなら、
みごとに成功してますよね。
イルカとかクジラなんて、
海の中では生態系の頂点ですもんね。
ポジティブ説が優勢になったことに、
何かきっかけはあるんですか。
田島
さまざまな研究成果の集約によって、
ネガティブ説では、
限界あるよねってことだと思います。
ネガティブなベクトルでは、
遺伝子が
いい方向へ発現しないだろうとかね。
変化する環境に適応するために
遺伝子が変わっていったり、
ましてや突然変異が起こるためには、
やはり能動性が必要なのではないか、
ということでしょうね。
──
イヤイヤで海の中へ入ってくよりも、
「海へ行こうぜ!」みたいな、
ヤル気のあるほうが生き残りやすい。
何となく、理解できる気がしますね。
田島
そうやって哺乳類は、海の中にまで
進出していったわけですが、
これだけ、世界のあらゆる場所で
哺乳類が繁栄しているのも、
結局、他の種より、
彼らの繁殖戦略が成功したからです。
かつて、哺乳類と同じ時期にうまれ、
地球の王者になった恐竜たちは、
卵を産んで、お母さんと子どもとが
離れて生きるという戦略をとった。
他方で哺乳類は、あるていどまで、
お母さんのお腹の中で成長しますね。
──
ええ。
田島
恐竜たちは「数」で勝負したんです。
卵ってたくさん産めるから。
でも、結局
いま生き残っているのは、哺乳類。
数は少なくても、お母さんと一緒に
確実に大きくなる戦略が勝った。
他の爬虫類、魚類、両生類は、
わたしたち哺乳類ほど、
ありとあらゆるとこにはいません。
──
熱いところにも、寒いところにも、
空にも、地上にも、
海の中にさえいるわけですもんね。
われわれ哺乳類の仲間たちは。
水の中では呼吸さえできないのに。
田島
そうですね。
ともあれ、
哺乳類がここまで繁栄した理由は、
メスの体内に
胎盤と子宮とを獲得したからだと、
考えられているんです。

(つづきます)

2024-05-29-WED

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  • 東京・上野の国立科学博物館で 大哺乳類展3、開催中!

    田島木綿子先生が監修している
    「大哺乳類展3ーわけてつなげて大行進」
    が、国立科学博物館で開催中です。
    毎回大盛況のシリーズですが、
    今回のテーマは「分類と系統」とのこと。
    これが、じつに、おもしろい‥‥!
    会場で音声ガイド(600円)を借りたら、
    田島先生も登場して、
    楽しいクイズを出してくれました!
    クジラには、
    他のどの骨ともつながっていない、
    宙に浮いたような骨があるんですけれど、
    これって何でしょう‥‥とか。
    かの「ヨシモトコレクション」も交えた
    動物の剥製の「大行進」は圧巻。
    会期は6月16日まで。ぜひ。
    詳しくは公式サイトで、ご確認を。