太陽の出ない北極圏の「極夜」を、
何ヶ月も、さまよう。
ゴールは、太陽の出る瞬間。
誰もやったことのない旅から、数年。
探検家の角幡唯介さんが、
いま、取り組んでいることについて、
話してくださいました。
舞台は、ふたたび、北極圏。
極夜は明けて、次なるフィールドへ。
担当は「ほぼ日」奥野です。
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976(昭和51)年、北海道芦別市生れ。探検家・ノンフィクション作家。早稲田大学政治経済学部卒、同大学探検部OB。2003(平成15)年朝日新聞社入社、2008年退社。著書に『川の吐息、海のため息』、『空白の五マイル』(開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞)、『雪男は向こうからやって来た』(新田次郎文学賞)、『アグルーカの行方』(講談社ノンフィクション賞)、『探検家の憂鬱』、『探検家の日々本本』(毎日出版文化賞書評賞)、『漂流』、『旅人の表現術』、『探検家、40歳の事情』、『極夜行』(Yahoo! ニュース 本屋大賞2018年ノンフィクション本大賞、大佛次郎賞)、『新・冒険論』、『極夜行前』、『探検家とペネロペちゃん』、『エベレストには登らない』など。
- ──
- 犬ぞりって、どんな乗り物ですか。
スピードは速い‥‥んですか。
- 角幡
- 硬い雪面だったら、
時速15キロくらいは出るのかな。 - モサモサの新雪だと、
仮に荷物を軽くしたとしても、
7キロか、せいぜい
8キロくらいしか出ないんですが。
- ──
- 氷や雪の状況によるんですね。
- 角幡
- それでも、
徒歩にくらべたら、倍くらい速い。 - 荷物も、500キロは積めますし。
荷物が少なくて
季節も暖かかったりしたら、
1日で、40キロから50キロは、
移動できます。
- ──
- 現地では、やっぱり、
優秀な移動手段ってことですね。
- 角幡
- 乗りこなすまでに、
けっこうたいへんではありますが。 - 犬たちとの意思を統一するために
訓練しなきゃならないし、
犬たちが疲れちゃったりして
乱氷などで
一度止まると動かなくなるんです。
- ──
- 動かない?
- 角幡
- わめこうが、怒鳴ろうが、
ムチで叩こうが、そうなるとダメ。 - まったく、ガンとして動きません。
こっちも疲れちゃうんで、
怒鳴り続けることもできませんし。
- ──
- その状態から脱するには‥‥。
- 角幡
- いやあ、とにかく、なだめたり
すかしたり、怒ったりして、
犬をけしかけて、
奴らを「その気」にさせないと。
- ──
- あらゆる手段を尽くして。
- 角幡
- ちょっと動けば、いいんですよ。
- 犬って休んでいるときでも、
綱がピーンと張ってるんですね。
そりがちょっとでも動いて
その綱が緩むと、
みんな「あっ」っという感じで、
前へ進もうとするんです。
- ──
- へえ‥‥。
- 角幡
- 逆に、犬が暴走したりもします。
- ──
- 今度は、止まんなくなっちゃう。
- 角幡
- そりに人間が乗っていなくても、
暴走した犬ぞりは、
どんどん先に行っちゃうんです。 - 氷の段差を下りるときなんかに、
人間はそりから降りて
犬たちを誘導するんですけど、
何かの拍子で
ズズーッとそりが滑り出したら、
自分たちの方に
突っ込んでくるのを恐れて、
犬たち、走り出しちゃうんです。
- ──
- じゃ、置いてかれちゃう‥‥。
- 角幡
- 最初は、ものすごく苦労しました。
- 氷河の上り下りの訓練中に、
3回くらい、置いていかれました。
一度なんか、暴走した犬たちが、
アイスフォールに突進していって、
フッと姿が見えなくなって‥‥。
- ──
- えっ。
- 角幡
- わあ、みんな落ちて死んじゃった‥‥
と思ったんですけど、
追いついてみたら、
穴の手前でギリギリ止まってました。
- ──
- よかった。
- 角幡
- もし村から何百キロも離れた地点で、
犬ぞりを失ったら、
人間も、そこで「終わり」ですから。 - ムチしか持ってない状態(笑)。
- ──
- そうか。北極圏、独りぼっち。
- 角幡
- 衛星電話も食糧もテントも何もかも、
積んでますから、そりに。
- ──
- 何か、生命そのものって感じですね。
北極圏における犬ぞりというものは。
- 角幡
- 犬も、1対1なら、
そいつだけ見てりゃいいんですけど、
12頭もいると、
まとめあげるのがタイヘンなんです。 - じっとしてられず動いてしまう犬が
1頭でもいると、
そいつに引きずられて、
12頭が、
あっちいったりこっちいったり‥‥。
- ──
- わー‥‥。
- 角幡
- 複雑系のカオス理論、みたいな感じ。
- ──
- 一筋縄ではいかないんですね。
- 角幡
- でも、そうやって共に苦労しながら
旅を続けて、
修羅場をくぐり抜けることによって、
犬のことを把握して、
統率できるようになってくるんです。 - すると、犬のほうでも、
ぼくが何をやろうとしているのかを、
理解してくれるようになる。
- ──
- わかりあえるようになる、と。
- 角幡
- そんなふうにして、
徐々に、危険を回避できるようには
なっていくんです。
- ──
- ふつうの乗り物とは、まったく違う。
犬ぞりというものは。
- 角幡
- 犬ぞりの最終的なイニシアティブは、
犬たちのほうが握ってるし。
- ──
- 操縦する側の人間じゃなく。
- 角幡
- たとえば乱氷の上を走行してて、
そりの上の人間が
「左行け、左!」って言っても、
犬は、右へ行ったりする。 - 犬のほうが地表に近いし、
見え方も違ってるからだと思う。
- ──
- 「左」と人に言われても、
「いや、右でしょ!」みたいな。
- 角幡
- 結果として、
犬の判断のほうが正しいことが
多いんです。
- ──
- すごい。
- 角幡
- 去年、犬ぞりをはじめたときには、
3年かかるって言われたんです。
- ──
- 乗りこなせるように、なるまで。
- 角幡
- そう、でも、1年目から、
けっこう遠くまで行ったんですよ。 - ただ、犬ぞりを
コントロールできてるかというと、
まだまだだけど。
- ──
- じゃ、北極圏にいるときは、
ずっと犬ぞりで走ってるんですか。
- 角幡
- もう4000キロは走ったかなあ。
これまで、訓練を含めて。 - それくらい乗ったら、
だいぶ、わかるようになりました。
犬たちの個性も、
地表の状況に応じた対応策とかも。
- ──
- ちなみに、ワンちゃんたちには、
名前ってつけてるんですか。 - ワンちゃんって感じでも、
ないのかもしれませんけれども。
- 角幡
- つけてますよ。12頭いますけど、
それぞれの個性を
なるべく、きちんと表した名前を。
- ──
- 日本人風、じゃないんでしょうね。
あちらの犬ですものね。
- 角幡
- はじめは、日本人っぽい名前を
つけたりしてたんですけど、
しっくりこないんで、
途中で変えちゃったりしてます。
- ──
- 改名。
- 角幡
- でも、彼らもすぐに気づくんです。
- 新しい名前で呼び続けていると
何日かしたら
「あ、オレの新しい名前それかよ」
みたいな感じで(笑)。
(つづきます)
2020-08-28-FRI
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