──
以前、石川さんから
「自分は、風景を『切り取る』というよりも
 キャッチャーみたいな
 飛んできたボールを受け取るような意識で
 写真を撮ってる」と聞いたことがあって。
石川
ええ。
──
それはきっと、
8000メートルを超える山とか大海原とか
深い森とか、
撮る対象がそんなだからなんだろうなと
思っていたんですが。
石川
まあ、そうですね。
──
シェルパの写真については
ちょっと「ちがう」ような気がしたんです。
石川
ちがう?
──
シェルパって、石川さんたち登山隊といっしょに
ヒマラヤの山を登る現地の山岳民族ですけど
石川さんが彼らを撮った写真を見ると
何か「一歩、踏み込んでる」感じに見えるんです。

「受け取る」じゃなくて。
石川
ああ、そうですか。
──
それは、つまり、石川さんにとって彼らは
言ってみれば「戦友」というか、
「釜の飯」という以上に、
何週間も「生死」までともにする人たちだから、
シェルパの写真からは
そんな感じを受けるのかなあと思って。
石川
まあ、とくに意識してるわけじゃないんですが
たしかに、シェルパについては
「この人のことを、もっと知りたい」と
思っている部分があるので、そう見えるのかも。
──
知りたいんですか。
石川
知りたいです。

僕にはわからない部分、はかりしれない部分が
たくさんあるから、彼らには。
──
たとえば?
石川
彼らが「ヤク」って動物のことを
すごく大事にしているのはわかるんですけど
毎日の生活のなかで、
本当の意味で、
ヤクとは、彼らにとってどういう存在なのか。
──
そういうことを、知りたいんですか?
石川
知りたいですね。

そういうことを知って、もっと底の部分で、
つながり合いたいって思います。
ただ一緒にいるだけでは、
そういう細かいところまでは、わからない。
──
なるほど。
石川
言葉も文化もちがいますから、
僕のほうから積極的にはたらきかけないと
なかなか扉を開いてくれない。

だから、無意識のうちに
そういう感じの写真に、なってるのかも。
──
石川さんがたまに話題に出すシェルパの人、
何て人でしたっけ?
石川
プルバですかね。
──
プルバさん。
石川
プルバ。プルバ・タシ。

エベレストに21回も登頂していて、
世界4位のローツェ、6位のチョ・オユー、
8位のマナスル、14位のシシャパンマ‥‥とか、
他の山も入れると40回ちかく、
8千メートル峰の頂きに立っている超人です。
──
すごい人なんですね。
石川
ダイバーのジャック・マイヨールが
深海への人間の限界を拡張した人だとしたら
プルバは、空の方向へ向かって
人間の限界を拡張していった男だと思います。

山を登る能力の究極的な進化形。
──
プルバさんとは、いつも一緒に?
石川
ええ、登ってます。
──
ずっと勘ちがいしていたんですけど
「シェルパ」というのは
登山隊のサポートをする人のことではなくて、
「民族の名前」なんですね。
石川
そうですね。山岳民族シェルパ族のなかでも
一部の山登りに長けた人が
「クライミング・シェルパ」になります。
──
その、選ばれし猛者たちのなかで
プルバさんの、たとえば、どういうところが、
すごいんでしょうか?
石川
まず、身体的にものすごく強靭だというは
前提のこととして言うと
山に対する知見が豊富で頭がよく、思慮深い。

そして、人間的な優しさがある。
──
スーパーヒーローかのような。
石川
そうですね、ヒーローみたいな資質を
すべて備えているからこそ、
シェルパのなかでも
リーダーとして尊敬を集めているんです。

もう、本当にすごい男です。
ああいう人、なかなかいないと思います。
──
シェルパって、そもそも、
酸素の薄いところに強い族なんですよね。
石川
3000メートル、4000メートルの高所で
生まれて以来、
ずっとそこで生活している人たちですから、
酸素を運ぶ赤血球の量が
そもそも、僕らとはちがってるんです。
──
シェルパというのは、
山では「導く人」という感じですか?
石川
うーん‥‥「切り開く人」かなあ。
──
荷物を運んでくれる人とは、また別?
石川
ええ、荷物を上げる人は「ポーター」と言って
それはそれで大変な仕事ですけど
クライミング・シェルパは
ポーターなどを統率して
ベースキャンプまで荷物を運び、
さらにそこから
頂上へのルートを切り開いて行く人、というか。
──
つまり、「切り開いて行く」ってことは、
その都度その都度、
頂上までの道ってのは、変わるんですか?
石川
もちろん、もちろん。

そもそも山に「道」なんてものはないですし、
「去年のルート」も、1年後には
雪が覆い被さって、
わからなくなることも多いですから。
──
そうか‥‥まさに、生と死の狭間の仕事。
石川
うん。
──
実際に、亡くなったりとかも?
石川
してますよ。去年の春にも
7~8人のシェルパが雪崩に巻き込まれて。

つねに危険と隣り合わせですけど
そのぶん、稼ぎのいい仕事ではありますね。
「サミット・ボーナス」と言って
頂上に立てたら、ボーナスが出たりとか。
──
石川さんも
おととし秋のアマダブラム北稜への遠征を
途中で撤退されてましたけど、
頂上まで行けずに
途中で断念することだってありますもんね。
石川
ええ、それは、わりとよくあることです。
あと、キッチンに入るシェルパも重要です。
──
ごはんをつくる人?
石川
うん、いつも僕が一緒なのはラチューって人。

標高8000メートルを超える山って
世界に14座あるんですけど、
そのうちの「13」のベースキャンプで
キッチンを担当したことがあって。
──
標高8000メートルの、人気シェフ。
石川
カトマンズで
約2ヶ月分の食事の材料を買い出して、
それらをうまく切り盛りして、
毎日毎日、僕らが飽きないように工夫して
うまい飯をつくってくれる。

そのなかでも
ラチューは、腕もよくって、人もいい。
──
「腕がいい」のは当然かもしれませんが
「人」の部分も重要なんでしょうね。

2ヶ月間も、一緒にいるとなったら。
石川
そうですね。
超人・プルバさんの奥さまと、ふたりのお子さん。
──
石川さんにとって
ヒマラヤって、どういうところですか?
石川
学校みたいな場所。
──
いろんなことを学ぶって意味ですか。
石川
そう、大切なことを、いろいろ。

たかだか2ヶ月、3ヶ月の間に
感覚的には
5年や10年分くらいのことを学べるような‥‥
僕にとっては、
そういう、すごく大切な場所です。
──
具体的には、どんなことを?
石川
たとえば、
自分の強い部分と弱い部分を同時に知れるし、
「人間って何なんだ?」って考えたり
「山っていったい、何なんだろう?」とか。
──
雪山を前に、そんなことを考えてる?
石川
「俺、何やってるのかなあ?」とか。
──
考えるんですか。
石川
考えますよ。だって「エベレスト」って言うけど
宇宙空間から見たら
まるい地球の、ちょっとしたでっぱりです。

そこに、命をかけてまで登ったりとかして、
何のためにやってるんだろう、
ひょっとしてバカなんじゃないか俺、とか。
──
‥‥何のためにやってるんですか?
石川
うーん‥‥そうですね。
無理やり言おうと思えば、いろいろ言えます。

ヒマラヤに登る「垂直方向の旅」って、
水平方向の旅では得られない、
全身を使い果たすような感覚があるんです。
──
へぇー‥‥。
石川
そういう垂直方向の旅を終えたときには
自分自身が、
細胞から生まれ変わっちゃう感覚があって、
そういう感覚を得るために、
年に一度は行ってるのかもしれない、とか。

まぁ、無理やり言えばだけど。
──
そこでは、
海抜数十メートルの港区にいるのとは
いろんなことが、ちがうんでしょうね。
石川
ああいう場所にいると
「ここでは、深く早く呼吸をしよう」とか、
ふだん無意識でやっている
「息を吸って吐く」ということに対しても
意識的にならざるを得ない。

飲むことも、食べることも、
すべてが「何か」につながってると思って、
やってるんです。
──
次の瞬間、その次の瞬間の、自分のために。
石川
12時になったからお昼だとか、
6時になったから夕ごはんだ‥‥じゃなくて、
明日、具体的に「登る」ために、
あるいは1週間後に迫ったサミットプッシュ、
つまり、頂上へアタックするときのために、
今日はこれを食べておこう、とか。

食欲ないけど、今、このチョコレートのかけらを
噛み砕いて食っておかなきゃ、とか。
あらゆることに対して、意識的になります。
──
ヒマラヤ学校ってことですね。
石川
うん、もう10年以上通ってる。
──
歩いて。
石川
そう、歩いて(笑)。

<つづきます>
2015-02-13-FRI
現在、東京近郊で
ふたつの「石川直樹展」が開催されています。
ひとつめは、
アーティスト・奈良美智さんとの二人展、
外苑前のワタリウム美術館。
2014年6月、奈良さんと二人で
青森からサハリンまでの「北の地」へ向かい
そこで出会った人や風景を撮影、展示。
奈良さんも、絵ではなく「写真」だそうです。
そういう意味でも、楽しみな内容。
そして、ふたつめ。
2000年、まるまる1年かけて
北極から南極までの道のりを人力踏破した
「ポール・トゥ・ポール」から
2011年、2度目のエベレスト登頂まで、
約100点の作品を選りすぐった大きな展覧会、
「NEW MAP - 世界を見に行く」。
言ってみれば、この15年の集大成、
石川さんの「ベスト盤」的な展覧会です。
アジアで撮った新作も見られるそう。
奈良さんとの二人展は5月まで、
NEW MAPは2月22日(日)まで。ぜひ。

会場 ワタリウム美術館(公式HP
住所 東京都渋谷区神宮前3-7-6
会期 2015年5月10(日)まで
※開催時間・休館日・料金などは
 公式ホームページでご確認ください

会場 横浜市民ギャラリーあざみ野(公式HP)
住所 横浜市青葉区あざみ野南1-17-3
会期 2015年2月22(日)まで
※開催時間・休館日・料金などは
 公式ホームページでご確認ください

©HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN