- ──
- 石川さんのことを知ったのは
20年ちかく前、まだ大学生のころでした。
- 石川
- ああ、言ってましたね。
- ──
- 当時、男性ファッション誌の
『MEN'S NON-NO』をよく買ってたんですが
毎号、後ろのほうの見開き2ページで
自分と同い年くらいの「石川直樹」って人が
写真とエッセイの連載をしてたんです。
- 石川
- やってた、やってた。
たしか「星の航路、書物の海」みたいなやつ。
- ──
- 自分は、単なるだらけた学生にすぎないのに
この、同い年くらいの石川直樹って人は
「遠くの国まで出かけて行って
写真を撮って、エッセイまで書いてるのか。
何て、うらやましい!」と。
- 石川
- あはは(笑)。
- ──
- もちろん「すごいな」って感情もありつつ、
でも、それより
「いいなーこの人、うらやましい!」
という気持ちのほうが強かった気がします。
自分の「誰でもなさ」を棚に上げて。
- 石川
- いやいや。でも、そうですか。
- ──
- それから、ことあるごとにチラチラと
石川さんの仕事を見続けてきたんですけど
とつぜん話は現代に飛びまして
今回、刊行した「ヒマラヤ4部作」ですよ。
- 石川
- 本当は「5部作」のつもりだったんだけど。
- ──
- ええ、5冊目は少し先になるんですよね。
ローツェ・エベレスト・マナスル・マカルー、
山ごとにまとめられた写真集ですが
素人が言いますけど、
「石川さんの写真、変わった」と思いました。
- 石川
- そう思います?
- ──
- すごく「わあ!」って感じが増えました。
うまく言えないんですけど、
これまでのなかで、いちばん好きですね。
- 石川
- あ、ほんと? ありがとうございます。
でも、変わった感じがするんだとしたら
風景メインだからかもしれない。
- ──
- なるほど。
- 石川
- ぼくは、何でもかんでも撮っちゃうんですよね。
テーマに縛られて撮っちゃダメでしょって
意識もあって。
で、そうやって撮った写真を、
何でもかんでもやっぱり入れるんです、写真集に。
でもこれは、おもに風景を並べているから。
- ──
- 撮っていたときの意識は、変わらず?
- 石川
- 変わってないです。
ただし、今までは年上の装丁家とつくることが
多かったんですけど
今回のヒマラヤ・シリーズは、
自分と同い年の、
しかも、作家活動をしているデザイナーさんと
つくったので
そこは、大きかったですね。
- ──
- ひとつには「額縁」が新しくなっていると。
- 石川
- 写真のセレクトや並びについても
デザイナーと相談しつつ決めていくんですが、
そのあたりで
今までにない感覚が加わってるとは思います。
- ──
- 今の「石川直樹」につながる道のりって、
高校生のときに
「インドへひとり旅をした」ってところから
はじまってると思うんですけど‥‥。
- 石川
- いや、そもそものはじまりを言えば
僕、電車で40分から50分くらいかかる小学校へ
通っていたんですけど
その行き帰り、ずっと本を読んでたんです。
- ──
- 毎日2時間ちかく、読書の時間ですか。
ちなみに何駅から何駅まで?
- 石川
- 小竹向原と飯田橋の間。有楽町線の。
満員電車のなか、
背広のサラリーマンに押しつぶされながら。
- ──
- どんな本を読んでたんですか?
- 石川
- もっぱら冒険とか旅、探検の本ですね。
『トム・ソーヤーの冒険』とか、
『十五少年漂流記』とか、
『ロビンソンクルーソー』とか、そんなのばっかり。
- ──
- じゃあ、そこで「憧れ」を膨らませて。
- 石川
- いつか僕も世界を旅してみたいな、と。
それも単なる観光旅行じゃなく、
人が行ったことのない場所に行ってみたい、
見たことのない風景を見てみたいって
ずーっと妄想してました。
- ──
- 通学電車に揺られる小学生だけど
頭のなかでは、すでに旅人になってたんだ。
- 石川
- 「謎」とか「未知」という言葉に魅かれて、
そんな場所があるなら
自分の足で行って、自分の耳で聞いて、
自分の目で確かめて、
自分の身体全体で感じてみたいなって。
- ──
- はじめての旅というのは?
- 石川
- 中学2年の冬休みに「青春18きっぷ」で
高知まで野宿しながらの、ひとり旅。
- ──
- そのとき、カメラは?
- 石川
- 持って行きましたけど、
ぜんぜんふつうの、コンパクトカメラ。
家のそこらへんに転がってたやつ。
- ──
- じゃあ、写真家としてカメラを持ったのは、
いつからなんですか?
- 石川
- その曖昧な境界上でゆらゆらしているのが
22歳のときに参加した
「ポール・トゥ・ポール」なんです。
- ──
- あの、世界各国から選ばれた8人の男女が
まるまる1年かけて
北極から南極へ人力で縦断したやつですね。
- 石川
- そう。
- ──
- 大学に休学届を出すとき、理由の欄に
「北極から南極まで1年かけて旅をするため」
と書いたら
「ウソ言うんじゃない!
適当なこと書いとけばいいと思いやがって」
と言われたって話は好きです(笑)。
- 石川
- ひどいですよね。正直に書いたのに。
- ──
- でも、話を元に戻しますと、
写真のことは
その時点までは「曖昧」だったんですか?
- 石川
- 旅には必ずカメラを持っていってましたけど
高校のときのインドひとり旅も、
家族のコンパクトカメラで撮っていただけで。
- ──
- そうなんですか。
- 石川
- で、その「ポール・トゥ・ポール」のとき、
新聞社の人から
ポジ・フィルムをたくさんもらったんです。
当時は貧乏で、フィルムなんて
高くて、そんなにたくさん買えなかったので
「うわあ、無尽蔵に使える!」と。
- ──
- 若者には、すごいことですよね。
- 石川
- それからだと思います、
意識して、自覚的に写真と向き合ったのは。
- ──
- つまり「カメラ」の前に「旅」があったと。
じゃあ、そのあたりから徐々に
写真家として歩みはじめたってことですか。
- 石川
- 新聞社の人からは
「1日1本は撮りなさい」って言われました。
でも、それまではフィルムがもったいなくて
ちまちま撮るのが習い性になってて
1日に36枚とか、なかなか急に撮れなくて。
- ──
- そんなもんですか。
- 石川
- 毎日毎日、何か撮るものがないか探しながら
なかば無理やり撮ってるうちに、
だんだん、撮ることに慣れていった感じです。
何も撮れなかった日は、すごい反省したりね。
- ──
- でも、
まわりに何もなければ、撮れないですよね?
- 石川
- いや、何もないなりに
今だったら、身体が反応するような出来事を
見逃してたんだと思います。
- ──
- ともあれ、写真は独学ではじめたと。
- 石川
- そう、カナダのユーコン川を下ったり、
アラスカのデナリ、
つまりマッキンリー山に登ったりはしてたけど
写真やカメラの技術的なことはもちろん、
何にも知らなかった。
ただ、写真はずっと、好きだったんです。
だから
「ポール・トゥ・ポール」から帰ってから
1年、写真の専門学校に通いました。
- ──
- それからもう、17~8年くらい経ちますが。
- 石川
- あっという間でしたねえ。
- ──
- 旅に憧れた有楽町線のなかの小学生が
本当に旅人になり、
いろんなところへ行って
いろんなものを見てきたんでしょうけど、
時間としては、短いですか。
- 石川
- 短い、短い。
- ──
- 何十万キロ、移動したんでしょうね。
- 石川
- わかんないけど、とんでもない距離です。
マイル、すっごい貯まってるし。
- ──
- 飛行機以外も、いろいろ乗ってますよね。
南極へ行くために大きな船に乗り、
北極圏では犬ゾリから振り落とされそうになり、
パキスタンではラクダに揺られ。
- 石川
- 何でも乗りますよ。
- ──
- 行ったことのないエリアってありますか?
- 石川
- ない。
- ──
- ない?
- 石川
- エリアということだったら、ほぼ行ってます。
日本では佐賀県以外、行きました。
- ──
- 佐賀県には、ご縁がなかった?(笑)
- 石川
- うん、そろそろ行こうと思ってるけど。
おもしろそうな祭りがあるらしいので。
- ──
- 何関係ですか。
- 石川
- まれびと関係。
僕が撮ってきたシリーズでいうと
「異人」ってやつですね。
- ──
- 今後も、旅は続けるんだと思いますが‥‥。
- 石川
- それは、そうでしょうね。
ただし「垂直方向」の旅については、
次の「K2」でやめようと思ってる。
- ──
- やめる?
- 石川
- うん、やめる。
- ──
- K2っていったら、エベレストの次に高い、
世界第2位の山ですよね。
- 石川
- そう‥‥本当に山をやっている人が好きで、
山容がカッコよくて、
世界最高峰エベレストの何十倍も難しくて
10人中3人くらい死んじゃう山。
- ──
- そんなに危ないんですか?
- 石川
- まあ、単なる「割合」ですけど。
- ──
- そこを最後に、山はやめる?
- 石川
- ひと区切りします。
- ──
- いつ登るんですか?
- 石川
- 今年の6月。
<つづきます>