チベットの峠では、タルチョという旗が舞っている。
チベット仏教の経文が書かれた旗で、山の頂上や丘や峠など風の通り道にかけられている。
写真は、チョモランマへ向かう途中に撮影したもの。
──
さっき聞いて驚いたんですが
今年、石川さんが挑戦する「K2」では
「10人に3人」くらいの割合で
登山者が亡くなっている‥‥んですか。
石川
ええ。
──
それほど難しいというか、
行く手を阻むようなところなんですか。
石川
エベレストなんて比較にならないほど
難しい山でしょうね。
──
なのに、登りたい?
石川
登山をやってる人だったら
誰もが憧れる、カッコいい山なんです。
──
難しいからこそ、行きたいとか?
石川
それもありますよね。

いつも、チームを組んでいるシェルパたちも、
今回は一緒に来られることになって。
──
というと?
石川
基本的にシェルパは「ホームグラウンド」で
仕事をしているわけです。

でも、K2というのはパキスタンにあるから
いつものシェルパにとっては
環境もちがう、言葉もちがう、宗教もちがう。
──
つまりシェルパごと遠征、という意味ですか。
石川
今までだったら、急用かなんかできたら、
「ごめん、ちょっと帰ってくるわ」
とか言って、自宅に帰って
用事を済ませてくるやつなんかもいたけど、
今回は、そうはいかない。

パスポートをつくって、ビザも取得して、
飛行機に乗ってまで行くわけです。
──
それって、めずらしいことなんですか?
石川
個人単位ではあるかもしれないけど
いつも一緒にやってる、
あのシェルパたちが仲間みんなでというのは
まあ、ないことでしょうね。

いつも、山ではすごく頼りになる彼らが、
アウェイの地で
どれだけ力を発揮できるかっていうのも、
すごく興味あるところです。
──
K2の付近には
シェルパみたいな人たちはいなんですか?
石川
いますけど、はじめての人たちより、
やっぱり、
ふだんから気心の知れたシェルパたちと
登りたいってことです。
──
そこは「信頼」ってことですか。
石川
それが「すべて」ですよね。
──
じゃあ、ヒマラヤ最強のシェルパたちも
K2には、はじめて登るんだ?
石川
もちろん、もちろん。

ヒマラヤ山脈というのは本当に大きくて
K2のあるカラコルム山脈は
その一部ですけど、山域がちがうんです。
──
なるほど。
石川
K2の「K」は、カラコルムのK。

うしろの「2」というのは
カラコルム1、カラコルム2、カラコルム3、
カラコルム4‥‥って、
測量のための名前がそのまま残って、K2。
──
ようするに「記号」ってことですか。
そこがまた、何だか不気味ですね‥‥。
石川
ヤバいですよ。超ヤバい。
──
具体的には、どう難しいんですか?
石川
落石や雪崩も多いし、エベレストに比べたら
決まりきったルートはないですからね。
ふつうに歩ける場所じたいが
そんなに、多くないんじゃないかな。

もう、見るからに
「え? ここ?」みたいなところを
いかなきゃならないと思う。
マカルーも上のほうはそんな感じでしたけど。
──
緊張してますか?
石川
いや、ふだんと同じ緊張感があるだけ。
とりわけどうって感じでもない。

もう、たくさん登ってきましたからね。
──
そうですよね、この20年間。
いくつの山に登ってるんでしたっけ。
石川
総数ではぜんぜんわからないけど
8千メートル以上の高峰に限れば、4つです。
ローツェ・エベレスト・マナスル・マカルー。
──
じゃあK2で、5つめ。
石川
でも、エベレストには2回、登ってます。

あと、世界14座ある8000メートル峰のうち、
高いほうの山を登っていて、
その点ではめずらしいタイプかもしれません。
2011年、2度目のエベレスト頂上より。
──
あ、そうなんですか。
石川
マカルーは世界で5番目に高い山で
ローツェは4番目。
エベレストは1番だし、K2は2番。

カンチェンジュンガという山が
3番めに高いので
死ぬ前にいつか、
登りたいなって思ってますけどね。
──
でも「垂直方向の旅」は
K2でいったん、ひと区切り。
石川
はい。
──
なぜ山に‥‥というのは、
これまで、
嫌というほど聞かれているでしょうし
ご自身、
何度も考えてらっしゃると思いますが
20年くらい旅をしてきて、
あらためて、
今の時点での「答え」を教えてください。
石川
うーん‥‥このあと、歳を重ねるごとに
どんどん
更新されていくことを前提に言うならば
やっぱり「楽しいから」です、今は。
──
楽しい。
石川
なぜ楽しいかというのも単純で
町にいるときとはちがう風景が見えるし、
さっきも言ったように
自分自身が「ゼロ」になっちゃうような、
そういう感覚を得られるからです。

行く前と行ったあとじゃ、
まったく別物って感じなんです、自分が。
──
見た目的にも、雪焼けで黒ずんで、
ガリガリに痩せて、帰ってきますもんね。
石川
そうそう、カリントウみたいになってね。
──
つまり、別に誰のためにやってるわけでも
ないってことですね。
石川
俺? 誰のためにもやってないです。
自分のためにやってます。
──
でも、垂直方向は「ひと区切り」ですが
水平方向には、
これからも旅を続けていくわけですよね。
石川
驚き続けたいですから。

高校生のときから変わってませんけど、
見知らぬものに出会って、驚きたい。
──
自分が驚くものに対して
シャッターを切ってきたわけですものね。
石川
うん。
──
聞いたことなかった気がするんですが
「尊敬する写真家」って、誰かいますか?
石川
森山大道さんとか。
──
あ、若いころに
写真を見てもらったんですよね、たしか。
石川
そう、ゴールデン街の飲み屋の2階でね。
昼間だから、お客は誰もいなかったけど。
──
連絡したら、そこに来いと?
石川
うん。23歳か24歳くらいのとき。
──
じゃ、カメラをはじめてすぐのころですね。
どんな写真を見てもらったんですか?
石川
「ポール・トゥ・ポール」の写真です。

人に見てもらうのは
ほとんどはじめてくらいの経験でした。
──
それが森山大道さんって、すごいですね。
石川
直前に新聞社の人にはお見せしてました。

「ポール・トゥ・ポール」のとき、
たくさんのフィルムをもらっていたから
持っていったんですけど、
「新聞じゃ使えねえな」って一蹴されて。
──
え、なんで?
石川
報道写真として失格だったんでしょうね。
ものすごいションボリしました。
──
そうですよね‥‥。まるまる1年かけて、
北極から南極へ、
人力で移動しながら撮った写真ですもんね。
石川
「あぁ、俺には
 写真家になるなんて無理だったんだな」
とガックリきちゃって。
──
そんな言われかたしたら、そうでしょう。
石川
旅に出る前は
「石川くんの写真で新聞記事をつくりたい」
とまで言ってくれてたんです。

「北極から南極までの連載をやりましょう」
みたいな。
──
それなのに。
石川
そう、1年後に帰ってきて
写真部の部長さんみたいな人に見せたら
「これじゃぜんぜんダメ」って言われて。

それで超ショックを受けていたときに
森山さんにお見せしたら
ぜんぜんちがう観点から
いろいろ写真を褒めてくれたんですよ。
──
ゴールデン街の片隅で。
石川
そう(笑)。たとえば
「シロクマが、遠くのほうに
 米粒みたいにちっちゃく写ってる写真」
を見て、
「これ、いいね」って褒めてくれた。

新聞社の人には
もう、完全にスルーされていた写真に
いちいち反応してくれたんです。
──
へえ。
石川
「あ、自分が行く道は、こっちなんだな」
「写真家って、おもしろいな」
と思ったんです。
──
若き無名の写真家に
進むべき道を、示してくれたんですね。
石川
やっていけるかもしれないって思った。
──
ちなみに、新聞社の連載はボツ?
石川
いや、さすがにかわいそうだと思ったのか
1回くらい記事になったんだけど、
連載とかには、ぜんぜんなりませんでした。

でも、まぁ、そこで褒められたら、
新聞カメラマンになってたかもしれないし、
今から思えば、よかったです。
──
新聞社の人にダメ出しされて。
石川
森山さんのほうに、褒めてもらってね。

今日まで、旅と写真を続けてこれたのも
そこからはじまってるような気がする。
──
そしてこれからも、旅は続くと。
石川
うん。驚きたいから。
──
K2、無事に帰ってきてくださいね。
石川
はい。もちろんです。
──
帰ったらまた、話を聞かせてください。
石川
ええ、ぜひ。

<終わります>
2015-02-18-WED
現在、東京近郊で
ふたつの「石川直樹展」が開催されています。
ひとつめは、
アーティスト・奈良美智さんとの二人展、
外苑前のワタリウム美術館。
2014年6月、奈良さんと二人で
青森からサハリンまでの「北の地」へ向かい
そこで出会った人や風景を撮影、展示。
奈良さんも、絵ではなく「写真」だそうです。
そういう意味でも、楽しみな内容。
そして、ふたつめ。
2000年、まるまる1年かけて
北極から南極までの道のりを人力踏破した
「ポール・トゥ・ポール」から
2011年、2度目のエベレスト登頂まで、
約100点の作品を選りすぐった大きな展覧会、
「NEW MAP - 世界を見に行く」。
言ってみれば、この15年の集大成、
石川さんの「ベスト盤」的な展覧会です。
アジアで撮った新作も見られるそう。
奈良さんとの二人展は5月まで、
NEW MAPは2月22日(日)まで。ぜひ。

会場 ワタリウム美術館(公式HP
住所 東京都渋谷区神宮前3-7-6
会期 2015年5月10(日)まで
※開催時間・休館日・料金などは
 公式ホームページでご確認ください

会場 横浜市民ギャラリーあざみ野(公式HP)
住所 横浜市青葉区あざみ野南1-17-3
会期 2015年2月22(日)まで
※開催時間・休館日・料金などは
 公式ホームページでご確認ください

©HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN