映画『夢売るふたり』は‥‥  ややこしいから すばらしい。  糸井重里×西川美和監督    試写会からの帰り道‥‥ 「やっぱりあの監督はすごいな」と糸井重里。 文藝春秋から出版される単行本の企画で、 その監督、西川美和さんと3年ぶりの対談になりました。 映画の話題を軸にしながらも、 ふたりのやりとりは不定形に、あちこちへ‥‥。 この対談を「ほぼ日バージョン」でもお届けします。 映画と本と、合わせておたのしみください。 観れば観るほどややこしい。 ややこしいからおもしろい。 『夢売るふたり』は、すばらしいです。
  
第5回 「もうちょっとホメてください」
糸井 主人公の、阿部サダヲさんが
結婚詐欺を重ねていくなかで、
自分で自分をマニュアル化していって、
どんどん女性をだますのが
上手になっていくじゃないですか。
最初は自信がなかったのに。
西川 はい。
糸井 妻役の松たか子さんから、
「あんたは素でやっていればいい。
 女は自然と哀れみも含めて
 愛を感じるから、とにかくやりなさい」
というようなことを言われて、
やってみたらほんとにできちゃった。
西川 ええ、ええ。
糸井 そこからどんどん阿部サダヲさんが、
いい意味で輝きを出してきますよね。
それがものすごくおもしろかったんですが、
西川さんはそういう主人公の変化で、
なにを描きたかったんですか?
西川 そうですねえ、なんだろうな‥‥(長考)‥‥
やっぱり人って、
求められるとエンジンが動きだすというか。
糸井 ああ、なるほど。
西川 もともとは、
奥さんにそそのかされてはじめるんだけれど、
「ミイラ取りがミイラに」じゃなくて‥‥
糸井 豚もおだてりゃ木にのぼる?
西川 そうそう、それです。
たとえば演技なんかしたことのない一般の方だって、
カメラを向ければ慣れてくることがあります。
理解してくれて、ノッてきてくれて、
ついには自分自身を演じはじめる。
糸井 西川さんは
そういう現場を見てるわけですね。
西川 ええ。
最初は自主的にやったことではないのに、
ディレクターの目が輝いてるとか、
うれしそうに撮ってるカメラマンがいるとか、
そういう様子を見ると、
ますます演技に力が入っていくことがあります。
糸井 つまり、阿部サダヲさんが演じた男の場合は、
女性という鏡に、
すてきな自分が映っていたわけですね。
西川 女性という鏡に‥‥そうですね(笑)。
人に求められてこそ
生きる意味を感じるタイプという設定なので。
糸井 はあー。
あの成長はおもしろかったですねぇ。
西川 ありがとうございます。
糸井 さっき西川さんがおっしゃった、
「最初は自主的にやったことじゃないのに、
 どんどん力が入っていくことがある」
っていうのはまさしくそうで、
だいたいの人は、
「自分がこうなるべくしてなった」
と思っていないと思うんですよ。
西川 はい、はい。
そうですね、ほんとにそうです。
糸井 ひょんなことから、
ひとつホメられたのがきっかけで、
もうひとつエサを求めるように、
「もうちょっとホメてください」と(笑)。
西川 そうですね(笑)、
「もうちょっとホメてください」。
糸井 「もうちょっとホメてください。
 そしたらそのたびに、
 その方面でもうちょっと良くなりますから」
西川 そういうものなんでしょうね。
糸井 西川さんだって、
少女時代のころ、自分が映画監督になるとは‥‥?
西川 まったく思ってなかったです。
糸井 思わないですよね。
でもやっぱり、才能はちゃんとあったんですよ。
ひとつずつホメられて、監督になった。
西川 いやぁ、そこは怪しいですよ?
糸井 怪しい?(笑)
西川 怪しいです。
糸井 ぼくはもっと怪しいんで(笑)。
西川 そんな(笑)。
糸井 いやいや、ぼくは怪しいです。
「イトイシゲサト? なんであんなやつが?」
というご意見を耳にするたびに‥‥
「そんなの俺も知ってるよ!」
西川 えー(笑)。
糸井 自分の怪しさは、
俺がいちばんよく知ってます。
西川 ふふふふ‥‥。
ちなみに糸井さんは子どものころ、
何になりたいっていうのはあったんですか?
糸井 ほんとのことを言えば、なかったんです。
でも、なにか言わないといけないから、
デタラメなことを言ってました。
中学のときは、漫画家になりたいと。
西川 へえー。
糸井 漫画家だったら勤めなくてもいいと思って。
西川 (笑)勤め人になるのはいやだった?
糸井 無理だと思って。
西川 中学でそう思うのは早いですね。
糸井 遅刻したり、
先生に怒られたりすることが多いんで、
勤めたらお給料とかもらうらしいから、
クビになったり、ガミガミやられるだろうなと。
そんなことは、とてもできない。
西川 うーん。
糸井 だから、ほんとうに無理だと思ったんで、
漫画家という道が唯一あるかもなぁと思って。
西川 消去法的に、漫画家を選んでいた。
糸井 そうです。
別に誰にもホメられてはいないんです。
で、漫画の練習をしようと思って
大学に入ったら、すぐ学生運動に誘われました。
「きみを必要としてるんだ」
そう言われると、動いちゃうんですよ。
西川 ああ‥‥。
糸井 そもそも、
思いの根っこが弱かったんです。
「漫画家になりたい!」が弱かった。
西川 そんなに本気ではなかった。
糸井 ええ。
‥‥思いの根っこの大事さについては、
「震災以後に映画を撮る」
ということについても言えますよね。
前々から強い確信を持って
映画を撮っていた人は、
あのときにブレなくてすんだんだと思います。
でも、
「俺はいつまで撮れるんだろう‥‥?」
と思っていたような人は、
震災を機会に映画をやめているかもしれない。
西川 うーん‥‥そうかもしれないですねぇ。
まあ、私の場合は、
プロジェクトがもう動いていたから、
なんとか映画ができたんですけど。
糸井 それがすごいんです。
プロジェクトが止まらなかったのが。
西川 ‥‥そうですね。
あきらめずにいてくれたことに、
救われたと思います、わたしは。

(つづきます)

2012-09-10-MON

 

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