糸井 | 主人公の、阿部サダヲさんが 結婚詐欺を重ねていくなかで、 自分で自分をマニュアル化していって、 どんどん女性をだますのが 上手になっていくじゃないですか。 最初は自信がなかったのに。 |
西川 | はい。 |
糸井 | 妻役の松たか子さんから、 「あんたは素でやっていればいい。 女は自然と哀れみも含めて 愛を感じるから、とにかくやりなさい」 というようなことを言われて、 やってみたらほんとにできちゃった。 |
西川 | ええ、ええ。 |
糸井 | そこからどんどん阿部サダヲさんが、 いい意味で輝きを出してきますよね。 それがものすごくおもしろかったんですが、 西川さんはそういう主人公の変化で、 なにを描きたかったんですか? |
西川 | そうですねえ、なんだろうな‥‥(長考)‥‥ やっぱり人って、 求められるとエンジンが動きだすというか。 |
糸井 | ああ、なるほど。 |
西川 | もともとは、 奥さんにそそのかされてはじめるんだけれど、 「ミイラ取りがミイラに」じゃなくて‥‥ |
糸井 | 豚もおだてりゃ木にのぼる? |
西川 | そうそう、それです。 たとえば演技なんかしたことのない一般の方だって、 カメラを向ければ慣れてくることがあります。 理解してくれて、ノッてきてくれて、 ついには自分自身を演じはじめる。 |
糸井 | 西川さんは そういう現場を見てるわけですね。 |
西川 | ええ。 最初は自主的にやったことではないのに、 ディレクターの目が輝いてるとか、 うれしそうに撮ってるカメラマンがいるとか、 そういう様子を見ると、 ますます演技に力が入っていくことがあります。 |
糸井 | つまり、阿部サダヲさんが演じた男の場合は、 女性という鏡に、 すてきな自分が映っていたわけですね。 |
西川 | 女性という鏡に‥‥そうですね(笑)。 人に求められてこそ 生きる意味を感じるタイプという設定なので。 |
糸井 | はあー。 あの成長はおもしろかったですねぇ。 |
西川 | ありがとうございます。 |
糸井 | さっき西川さんがおっしゃった、 「最初は自主的にやったことじゃないのに、 どんどん力が入っていくことがある」 っていうのはまさしくそうで、 だいたいの人は、 「自分がこうなるべくしてなった」 と思っていないと思うんですよ。 |
西川 | はい、はい。 そうですね、ほんとにそうです。 |
糸井 | ひょんなことから、 ひとつホメられたのがきっかけで、 もうひとつエサを求めるように、 「もうちょっとホメてください」と(笑)。 |
西川 | そうですね(笑)、 「もうちょっとホメてください」。 |
糸井 | 「もうちょっとホメてください。 そしたらそのたびに、 その方面でもうちょっと良くなりますから」 |
西川 | そういうものなんでしょうね。 |
糸井 | 西川さんだって、 少女時代のころ、自分が映画監督になるとは‥‥? |
西川 | まったく思ってなかったです。 |
糸井 | 思わないですよね。 でもやっぱり、才能はちゃんとあったんですよ。 ひとつずつホメられて、監督になった。 |
西川 | いやぁ、そこは怪しいですよ? |
糸井 | 怪しい?(笑) |
西川 | 怪しいです。 |
糸井 | ぼくはもっと怪しいんで(笑)。 |
西川 | そんな(笑)。 |
糸井 | いやいや、ぼくは怪しいです。 「イトイシゲサト? なんであんなやつが?」 というご意見を耳にするたびに‥‥ 「そんなの俺も知ってるよ!」 |
西川 | えー(笑)。 |
糸井 | 自分の怪しさは、 俺がいちばんよく知ってます。 |
西川 | ふふふふ‥‥。 ちなみに糸井さんは子どものころ、 何になりたいっていうのはあったんですか? |
糸井 | ほんとのことを言えば、なかったんです。 でも、なにか言わないといけないから、 デタラメなことを言ってました。 中学のときは、漫画家になりたいと。 |
西川 | へえー。 |
糸井 | 漫画家だったら勤めなくてもいいと思って。 |
西川 | (笑)勤め人になるのはいやだった? |
糸井 | 無理だと思って。 |
西川 | 中学でそう思うのは早いですね。 |
糸井 | 遅刻したり、 先生に怒られたりすることが多いんで、 勤めたらお給料とかもらうらしいから、 クビになったり、ガミガミやられるだろうなと。 そんなことは、とてもできない。 |
西川 | うーん。 |
糸井 | だから、ほんとうに無理だと思ったんで、 漫画家という道が唯一あるかもなぁと思って。 |
西川 | 消去法的に、漫画家を選んでいた。 |
糸井 | そうです。 別に誰にもホメられてはいないんです。 で、漫画の練習をしようと思って 大学に入ったら、すぐ学生運動に誘われました。 「きみを必要としてるんだ」 そう言われると、動いちゃうんですよ。 |
西川 | ああ‥‥。 |
糸井 | そもそも、 思いの根っこが弱かったんです。 「漫画家になりたい!」が弱かった。 |
西川 | そんなに本気ではなかった。 |
糸井 | ええ。 ‥‥思いの根っこの大事さについては、 「震災以後に映画を撮る」 ということについても言えますよね。 前々から強い確信を持って 映画を撮っていた人は、 あのときにブレなくてすんだんだと思います。 でも、 「俺はいつまで撮れるんだろう‥‥?」 と思っていたような人は、 震災を機会に映画をやめているかもしれない。 |
西川 | うーん‥‥そうかもしれないですねぇ。 まあ、私の場合は、 プロジェクトがもう動いていたから、 なんとか映画ができたんですけど。 |
糸井 | それがすごいんです。 プロジェクトが止まらなかったのが。 |
西川 | ‥‥そうですね。 あきらめずにいてくれたことに、 救われたと思います、わたしは。 (つづきます) |
2012-09-10-MON