第2回 雲の上の人

ほぼ日 沼澤さんには
雲の上のような存在だった
ジェームズ・ギャドソンさんと、
いったいどういう経緯で
いっしょに練習をするようになったんですか?
沼澤 まず、ギャドソンのことは
ドラムをまだ触っていない、
音楽を聴くだけのころから知っていて、
彼のドラムが、もう大好きでした。
当時、買うレコードの基準は、
クレジットに彼の名前があるかどうかでしたね。
ほぼ日 おぉー、ジャケ買いならぬ、
クレジット買い。
沼澤 そうそう。
ぼくは日本の大学を卒業してから、
ミュージシャンズ・インスティチュートという
ロサンゼルスにある音楽学校の
P.I.T(Percussion Institute of Techology)、
いわゆる「ドラム科」に留学したんですね。
それから何年かたって、
アメリカでドラムをプレイすることが
仕事になってきたときに、
ボビー・ウーマックっていう
ソウル系のシンガーのツアーに雇われたんですよ。
そのときのプロデューサーが、
ギャドソンだったんです。
当時売れていたウーマックのアルバムの
プロデューサーも、ギャドソンなんですよ。
ほぼ日 ギャドソンさんって、
プロデューサーとしても活躍されてたんですね。
沼澤 ギャドソンはもともとシンガーだから。
10代のころにはシングルもだしてるし。
だから、歌手としても一流だし、
楽器もできるから、
プロデュースもできちゃうんですよ。
ほぼ日 はーー。
多才な人なんですねぇ。
沼澤 なので、一番はじめに会ったのは、
ウーマックのツアーをやっていたときです。
ぼくにとっては長年の憧れだった人が、
目の前にいるわけじゃない?
もう、すっごく緊張しましたよ。
(ピッと背筋を正しながら)
「は、は、はじめまして‥‥」みたいな(笑)。
ほぼ日 雲の上だった人が、目の前にいる。
それはもう、
めちゃくちゃ緊張するでしょうね。
沼澤 そしたら、ギャドソンが
「あ、お前ウーマックのところでやってる
 日本人ドラマーだろ?」って。
ぼくのこと、知っててくれてたんです。
そしてすぐに、
「いっしょに練習しよう」って。
ほぼ日 えぇ!?
会って、いきなりですか!?
雲の上の人から!?
沼澤 すぐすぐ、会ってすぐにいわれた!
「ウーマックのバックで演奏してるってことは、
 聴かなくたって、
 お前のドラムはいいに決まってる」って。
舞い上がってたからか、
電話番号を交換した記憶が全くないんだけど、
そのあとすぐに
ギャドソンから電話がかかってきて、
「今、何してんの?」っていうの。
ほぼ日 何してんのもなにも、
雲の上の人から、会ってすぐに電話‥‥。
沼澤 そう、雲の上の人から、
電話きちゃったよ、ってなるじゃん!?
「あ、とくに何も‥‥」みたいなことをいったら、
「じゃ、うち来いよ」って。
ほぼ日 えーーーーっ!
で、行ったんですよね?
沼澤 行きますとも、もちろん。
すぐにギャドソンの家に行ったら、
ドラムが2台置いてあって
「それじゃぁ、行くぞっ!」(笑)。
ほぼ日 いきなり「行くぞっ!」(笑)。
沼澤 そうそう、もう内心ずっと、
「うわーーーーー」と思いながら、
いっしょに練習させてもらって。
それから、けっこう長い期間、
ギャドソンの家で練習しましたね。
で、いっしょにプレイしていると、
当たり前だけど訊いてみたいことが
出てくるわけですよ。
あの右手は、
どういう動きをしてるんだ?とかって。
ふつう、まずは質問しますよね。
「あのー、すみません、その右手は、
 どうやってるんですかね?」って。
そしたらギャドソンは、こういったんですよ。
「フィールズ グゥーード(Feels Good)」。
ほぼ日 え‥‥?
気持ちいいだろってことですか?
沼澤 そう、あの人、
ぼくがどうやってるんですかって
訊いてるのに、
「これか? きーもちいいだろぉー」って
返してくるんですよ(笑)。
一同 (笑)
沼澤 だから、ギャドソン本人は
自分がやっていることのすごさが
まるでわかってないというか、
全く意識なく、すごいことをふつうにやってるわけで。
だから、どうやってるのって訊かれても、
説明できないんです。
たとえば、ギャドソンから
まず何よりも先に手振り付きで
「One is this big」といわれたんですけど、
どういうことか、わかります?
ほぼ日 「1はでかい」‥‥。
うーん、わかるようでわかりません‥‥。
沼澤 簡単にいうと、
4/4拍子でも、6/8拍子でも、
1打目にくる音の「位置」っていうのは、
大きな幅として存在するってことを
わかってプレイしろよってことだと、
ぼくは理解しています。
こんなふうに、ギャドソンが話す言葉は、
彼が感じている生のままの言葉なので、
単にそのまま翻訳をしても、
その意味がとてもわかりづらいんですよ。
ほぼ日 さきの「Feels Good」も、
単に訳したら「気持ちいいだろ」ですもんね。
沼澤 「彼は気持ちいいだろといっているけど、
 その意味はこういうことです」
という補足がぼくにはできるんです。
というか、日本語では
ぼくにしかできないかもしれない(笑)。
ほぼ日 ギャドソンさんの「Feels Good」を
日本でただ一人翻訳できるのが、
沼澤さんなんですね。
沼澤 そうですね。
唯一でしょうね、きっと。

(次回は、あまり知られていない
 沼澤さんのP.I.T時代のお話を。)
2012-10-11-THU