笠井さんが老人ホームに入った。 ほぼ日の老いと死特集 笠井さんが老人ホームに入った。 ほぼ日の老いと死特集
元ほぼ日乗組員の笠井宏明さんが、
老人ホームに入ったと聞いて驚いた。

12年前までは海外の工場とのやり取りなどを
ばりばり仕切っていた笠井さんだ。
ときどきお会いすると相変わらず姿勢がよくて、
しゃきしゃきしゃべるあの笠井さんだ。

「老いと死」の特集をやるまえから、
ぼくは笠井さんがなぜその判断をしたのか、
話を聞いてみたかったのです。
#3 お金の話
明るい食堂でのランチは終わり、
食器が下げられて、
久しぶりに会った笠井さんとの雑談は、
だんだん取材へと移行していく。



まずは、お金のことを、笠井さんは話す。
そのへんのスピード感とリアリティが
とても笠井さんらしいとぼくは思う。



「そういう意味でいうとね、
この老人ホームは、比較的、高いです。



ざっくりいうと、まず入るのに入居金を払う。
それなりに、まとまった金額のね。
それで、あの部屋に死ぬまでいる権利が手に入る。



この老人ホーム、公共の施設なんかと比べると、
住居者一人あたりに対しての
介護士と看護師の数が多いんです。
国の取り決めだと利用者3人に対して
スタッフが1人なんだけど、
ここはだいたい1人か、1.5人くらい。
そういう人たちに診てもらうという看護料、
介護料や定期的な健康検診等の健康管理費用が
入居料とは別に、何百万か、かかる。



それが入るときに必要なまとまったお金としてあって、
月々の管理料と食事代的なものが、
1人分で20万円強くらい。
だから、なんていうのかな、
ともかくぎりぎり生きていければいい、
というのとは違うものを目指している人が入ってる」
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たしかにそういう雰囲気をここには感じる。
なにしろ相手が笠井さんだから、
ぼくも余計な気をつかわずに話を広げる。
「けっこう蓄えがないと入れないですね」とぼくは言う。
俺はね、と笠井さんは即答する。



「俺はね、ものすごく計画的にここに入ってる。
いわゆるライフプランとして、
介護の問題、老後の問題というのは、
ずいぶんまえから考えて、準備していたと思う。



それは、どう暮らしたいか、どこに住みたいか、
自分に向いているのはどういう生活なのか、
みたいなところはもちろん重要だけど、
やっぱり大きくは、お金の問題なんだよね。



言っちゃうと、たぶん、
ぼくのこれまでの年収の履歴でいうと、
ふつうにやってるだけだと、ここに入れないと思う。
こういうところに入るためには、
こういうところに入ることを目的として、
ある程度のお金をつくらなきゃいけない。



そういうことについて、
たぶん、永田さんもそうだと思うけど、
一般の人たちって、俺からすると、
驚くほど疎いし、興味を持ってないよね」



おおっ、とぼくがテンションを高めたのは、
自分のライフプランが指摘されたからではない。
老後の選択や価値観についての取材のつもりが、
単刀直入にずばりと「お金の話」になったからだ。



ふわっとした老や死のイメージではない、
現実的な輪郭が、
おしゃべりのなかに突然たちのぼる。



そうだ。
理想を語るにも、選択肢を知るにも、
お金の話は避けて通れないどころか、
そこがないと「話にならない」のだ。
むしろ、老後というテーマをお金と
イコール記号でつなげてもいい。
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笠井さんは言う。



「俺は、たとえば、
ほぼ日じゃない会社に勤めているときに、
企業年金基金を整える仕事をしたことがあって。



かんたんにいうと、
その会社が属していた企業年金基金が、
予定していた利率が上がらないし、平均年齢も上がって、
入るお金と出ていくお金のバランスが崩れて、
機能しなくなりそうだった。
それで、国から基準に達しない基金だと判断されて、
解散せざるを得なくなったんだ。



じゃあ、いままで積み立ててたものをどうするんだ、
これからどうしていくんだというので、
ほかの大手の基金と相談したり、
別の制度を利用したりして、
違う運用のかたちで道をつくった。



そういうことを、社員全員を集めて説明したとき、
ようやくみんなは老後のお金のことについて、
ほんとうに考えはじめたんだ。
みんながそのときに言ったんだよ、
『笠井さん、今日の話を10年前、
いや、20年前に聞いてたら、
もうすこしちゃんとお金を貯められたのに』って。
逆にいうと、それだけふだんはちゃんと考えてないわけ」



うわあ、それは自分だ。
ぼくも思いっきりそういうことを先送りしている。
お金や蓄えや年金が大切で、
近い将来に破綻は起こり得ると、
ニュースや読み物で何度伝えられても、
自分のこととは重ねないようにしている。



「考えたほうがいいよね。
たとえば、なぜいま国がNISAっていう制度を整えて、
一般に広めようとしているのか。



これの背景ははっきりしていると思っている。
国は、年金をいままでどおりには払えなくなるんだよ。
だから、俺がもらってる年金より、
永田さんやたぐちゃんがもらう年金のほうが
少なくなると予想している。
70%とか67%とかになっちゃうんだよ。



それはもちろん、
きちんとした制度をつくらなかった国も悪いんだけど、
人口が減って、利率の安定しないなかで、
理想どおりに年金の制度を
続けていくのは所詮無理なんだ。



だから、破綻してどうしようもなくなる前に、
個人で自分のお金は自分でつくりなさいっていうことでさ。
そのかわり、税制で優遇してあげますよ、
っていうのをつくったのがNISAなんだよね。
NISAっていうのは、少額投資で儲けたお金に対しては
税金をかけませんよ、っていうものだから。
だから少額でも投資をはじめましょう、と国は言ってる。



それは、従来の年金が、
ますます厳しくなっていく傾向にあるから。
だから、新NISAっていって、もっと拡大して、
国もお金出したりし、広報をやったりして、
みんなではじめましょうっていって、
そういう世論や空気をつくってるわけ」



よくわかる。そのとおりだ。
しかし、とぼくは子どもじみたことを思う。
笠井さんが相手だから、
思いっきり子どもじみた質問もできる。
この取材は、そういう取材だと思っている。



「でも、NISAをやれば、
100%お金が増えるわけじゃないですよね?」
そりゃそうだよ、
と自分でも思いながらぼくは言う。



しかし、笠井さんは丁寧に答えてくれる。



「NISAは、ある一定の金融機関ならどこでもできるけど、
投資できる商品、証券だとか国債だとか債権だとか、
選択肢はたくさんある。
ひとつひとつの商品によってリスクとリターンは違う。



NISAとは違うけど、お金を預けるという意味でいえば、
いちばん安全で利率が低いのは、定期預金。
いちばんハイリスク・ハイリターンなのは、
NISAと違って税金がかかるFXだよね。



どっちにしても、いま永田さんが言ったように、
絶対にお金が増える、老後が安心っていうことはない。



たぶん、どんなにAIが発達しても、
永田さんにどの商品が合っていて、
ここに投資しておけば絶対安心です、
みたい答えは出ないと思う。



だから銀行とか証券会社とか、
相談する相手がいるんだけど、
もうひとつ厳しいことを言うと、
そういう人たちって、相談してくる全員に
かならず親身になってくれるかというと、
なかなか難しいものがあると思う。



もちろん、嘘はつかないよ?
でも、ほんとにほんとのことも言わない。
わかりやすくいえば、そういう人たちは、
『そのとき自分たちが一番売りたい商品』を
おすすめする可能性が大きいと思っている。
あと、やっぱり自分たちは手数料で儲けてるから、
手数料が発生することを優先する傾向がある。



これは完全に俺の個人的な感覚だけど、
営業マンが10人いたとして、
ちゃんとコンサルやって、
お客様のニーズを満たして、
満足感をいただいている担当者って、
経験上、ひとりかふたりくらいだと思う」
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ぼくの子どもじみた質問は続く。
「そういう優秀な人は、
ふつうの営業マンとどこが違うんですか?」



「たとえば、そんなにリスクはとらずに、
年利3%の商品でいいよ、という相談をするとする。
3%でいいなら、商品自体はけっこうあるから。



で、それを一旦決めて、毎月毎月、積み立てる。
ところが、その商品がいまいいとしても、
来年もいいとは限らない。



だから、ほんとうは、
何か月かに1回とか、何年かに1回、
『組み換え』というのをしたほうがいい。
そのときどきで見直して、
ほんとうにいい商品に組み替えながら、
平均3%になるように積み立てていく。
平均3%でいいなら、そんなに非現実的なことじゃない。



それを30年、複利で回してみな。
順調なら2倍くらいになるから。
うまくいけば2.5倍くらいになるよ。
1000万円の投資が、30年後に2000万円近くになる。



10人のうち1人いる優秀な担当者っていうのは、
そういうことをやってくれる人」



でも、とぼくは言う。



「でも、ぼくから見ると、窓口で対応してくれるのは、
全員、そういうことをやってくれそうな人ですよ」



それはもう、出会うしかないね、と笠井さんは言う。



「証券会社には、そういう組み換えだけを
やっているようなプロがいるんだよ。
そういう人に会うには、まず、行かなきゃいけない。
もちろん、こうやれば絶対うまくいく、
なんていうことは簡単にはいえない。
でも、探さなきゃ。行かなきゃ。考えなきゃ」



ああ、そういうところが、
まさに笠井さんだなあとぼくは思う。



現場に行くこと、行動すること、
それによって知識と経験を一次情報として得ること。



お金のことに置き換えるなら、
投資のことを、ちゃんと考えて、
そういう会社のプロに会いに行くこと。
そして会いに行くだけじゃなく、
きちんと調べて、疑って、比較して、
自分の判断を少しずつでも重ねていくこと。



そうする以外ないだろ? と、
笠井さんは言っている。
ああ、ほんとうに、そのとおりだ。



さて、と笠井さんは切り替える。



「この食堂はもう閉まっちゃうので、
別の部屋を用意してる。
ご飯はもう、いいよね?」



はい、お腹いっぱいです。ごちそうさまでした。
ぼくらは席を立って、取材のための部屋に向かう。
そうだ、ちゃんとした取材はこれからなのだ。



笠井さんはなぜ、このタイミングで、
老人ホームに入ることにしたのか?



それが、ぼくの聞きたいことだ。
(つづきます)
2025-03-20-THU