「老い」と「死」をテーマに、
集中的にコンテンツをつくっていきます。ひさびさにほぼ日が取り組む本格的な特集です。
簡単ではないテーマですが、
食らいついていくのでおつき合いください。
さて、そのはじまりに
これほどふさわしい人もいないでしょう。
解剖学者の養老孟司さんです。
鎌倉にある養老さんのご自宅を尋ねるとき、
糸井重里はちょっとたのしそうにこう言いました。
「養老さんはそんなに簡単に
死を語ってくれないんじゃないかなぁ」
果たして、そのとおりだったのです。
しかし、だからこそ、おもしろかったのです。
最終的に、養老孟司さんはこう言います。
「生死については、考えてもしょうがないです」
ええええ、そうなんですか。
そんなふうにはじまる「老いと死の特集」は、
いったい‥‥どうなるんだろう?
- 養老
- 最近、日本のGDPがドイツに抜かれて
世界4位になったというニュースが
流れていましたが、
僕は「これはそんなにマイナスなことなのか」
ということが引っかかりました。
日本のGDPがここ30年間伸びていない理由は
「自然を破壊する公共投資をしなかったから」
だと、はっきりしているからです。
高度経済成長期には、経済発展のために、
これでもかというほど自然をいじりました。
それを、みんなが「嫌だなあ」と感じたんだと
思います。
その「嫌だなあ」の結果、
GDPが伸びなくなっていったんですよ。
- 糸井
- ああー。
- 養老
- 日本のGDPが、仮に他国と同じくらい
伸びていたとしたら、
その間にどれだけ温室効果ガスを出したり、
石油を使ったりしたでしょうか。
そう考えると、
GDPが下がっている日本は
褒められてもいいくらいだと思うんです。
日本の実質賃金が上がらないのは、
GDPを上げるための自然破壊を
してこなかったぶんのマイナスを、
国民全員が背負っているからだと解釈できます。
つまり、GDPが下がっている間の日本は
「全員が損してもいいから、
これ以上無理をして発展しなくていい」
という選択をしたのではないかと。
- 糸井
- 自然を破壊してまでする経済成長に、
嫌気がさしたということですね。
- 養老
- そうです。
「嫌だな」という空気ができたんですね。
- 糸井
- 「このまま進んでいくのは、息が苦しいな」と。
この気持ちは、僕自身にも覚えがあります。
養老さんも持っていますか。
- 養老
- もう、だいぶ前から持っています。
だって、虫がいなくなっちゃうんだもん、
嫌ですよ。
だから田舎に引っ越したというのもあります。
- 糸井
- 子どもが駄々をこねるみたいに
「やだやだ!」って気持ちで(笑)。
- 養老
- そうそう。
そもそも僕は都会じゃない場所に
住んでいて問題ないわけですから。
若い人は、
けっこう東京に出ていきたがりますけどね。
- 糸井
- たぶん、若い頃の僕もそうだったんですが、
都会の方からは、くじ引きが当たったときの
「カランカラーン」っていう
音が聞こえる気がするんですよ。
- 養老
- ああ、それで「なんだなんだ」って駆け寄る。
- 糸井
- そうそうそう。
- 養老
- でも、人だかりの真ん中まで行くと、
多くの場合はなにもないんですよね。
- 糸井
- 虫取り少年だった養老さんも、
勉強して学校に行って、
大学の先生になって‥‥という道のりを
たどったあとで
「なにもなかった」と思ったんですか。
- 養老
- そうですねえ。
一度やってみないとなにがあるのか
わからないですから、しょうがないですが。
僕はもともとお医者さんになりたかったんですが、
結局その道は絶たれて、解剖学者になったわけです。
だから、言ってしまえば、自分の意志ではなく、
ひとりでに今の道のりになっちゃった。
- 糸井
- 「なっちゃった」、そうですね。
だいたいの人は、
どこかで妥協したり我慢したりしながら
生きていきますもんね。
でも、大学の先生を務めておられた間も、
つまらなかったわけではないでしょう?
- 養老
- うーん、ずっと
「自分には合ってないな」
という感じはありましたね。
だから、常に機嫌が悪かった気がします。
- 糸井
- 「機嫌が悪かった」。
そうだったんですか。
東大の学生さんの間には
「養老先生は怖いぞ」って噂が轟いていたと
聞いたことがありますが(笑)。
- 養老
- それもね、機嫌が悪かったからです(笑)。
- 糸井
- 合ってなかったとおっしゃいますが、
解剖学者をなさっていた時期は結構長いですよね。
- 養老
- そうですね。
いまになって振り返ると
「あの時期もおもしろかったな」とは思いますね。
でも、結局、僕が一番幸せそうな顔をしているのは、
虫を取ってるときらしいですよ。
NHKの番組で、
僕がオーストラリアで虫を取る様子を放映したことが
あったんですが、
それを見た母が
「子どものときと同じ顔してるから安心したよ」
と言ってきたんです。
- 糸井
- はいはい、その番組、僕も見ました。
ほんっとうに、嬉しそうでした(笑)。
好きなことをやっているときに、
あんな顔になれているだろうか、と
自分に問いかけましたよ。
- 養老
- やっぱり、根本的に、
大学で教えるより虫取りのほうが
性に合っていたんでしょうね。
当時、学生を怖がらせてしまうほど
機嫌が悪かったというのは、
反省していますが(笑)。
- 糸井
- 国が経験を積んでいくことと、
個人が老いていくことが重なるという話に
立ち返ると、
無理をして発展していた高度経済成長期は、
日本も我慢していたから
機嫌が悪かったということですね。
「合わないなぁ」と思いながら
大学教授をなさっていた養老さんと同じように。
- 養老
- そうだと思います。
「お金にはなったけど、
ほかのものにはならなかった」時期ですね。
- 糸井
- つまり、昔のドラマによく出てくる
「お父さんはいま仕事のことで頭がいっぱいなんだ」
と言ってる不機嫌な父親が、
当時の日本だったということになるんですかね。
で、たまには子どもになにか買ってあげようと
言い出したかと思えば
「効率」や「経済成長」みたいな、
子どもにとっては、
ほんとはあんまりうれしくないオモチャを与える、
みたいな。
長かったあの時代が、
僕らにも影響を与えているんでしょうね。
- 養老
- そうでしょうね。
僕も、つい最近まで
「どんなときも作業していないといけない」
と感じていました。
実際は「そろそろ虫の標本をつくらなきゃ」とか、
好きなことだからいいんですけど。
- 糸井
- 「やらなきゃ」という気持ちが、
だいたいよくないですよね。
- 養老
- そうなんですよ。
誰に頼まれてるわけでもないし、
やったからお金になるものでもないんだから。
(つづきます)
2024-05-11-SAT
「ほぼ日の學校(月額定額制)」では、
この対談のようすを動画でご覧いただけます。
くわしくは、下のバナーをクリックしてください。
(C) HOBONICHI