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そんなことをあれこれ考えながら図面を引き、
模型を作っていると、1ヵ月などあっという間です。
先生に最初のプランをお見せする日の前の晩は、
徹夜をしてプレゼンテーション資料をつくりました。
コンセプトは同じでも、
部屋の配置、動線計画や、
窓やドアなど開口部のデザインが異なる
3つの模型を選んで箱にしまい、
ふたたび神戸へ向かいました。
新幹線の中で何度もプレゼンを練習していると、
緊張が高まっていきます。
ご自宅に着くとこたつに入り、
白い模型をとり出して図面を見せます。
内田さんはすぐさま模型を手に取って
覗き込んでいました。
その好奇心に満ちた反応を見て、
ほっとしたのを覚えています。
ぼくが練習どおりにプレゼンを始めようと
第一声を発する前に、
内田さんの方から
「どうして屋根がこういう形をしているの?」
と質問が出ました。
いくつもの家が連なっているような屋根をもつ
建物全体の形が、興味を引いたようです。
そこで、多彩な人たちが集う
「みんなの家」として、
この道場/住宅を設計したいこと、
それをデザインの異なる
屋根の組み合わせによって表現し、
多様で開放的な建築を成りたたせたい
と考えたことを説明しました。
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▲A案の模型写真 |
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▲B案の模型写真 |
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▲C案の模型写真 |
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そんな抽象的なコンセプトを
まずはしっかりと理解してもらった上で、
今度は具体的な部屋の用途や大きさ、
配置、動線計画のプレゼンに移ります。
ここが道場の玄関で、
こちらが2階の自宅に上がれる
プライベートな玄関です、
2階は手前が書斎で、
いちばん奥にはお風呂や家事室があります、
という具合に
図面と模型をつかってひとつひとつ説明していきました。
内田さんからは即座に
「これは、いいね」
「これはどうかなぁ?」と、
はっきりとしたイエス/ノーが返ってきます。
模型写真では分かりづらいかもしれませんが、
A案はセミパブリック・スペースを中心に
5つの屋根が連なるもの、
B案は各部屋を東側に配置し、
西側に廊下を配置したL字型、
C案は4面がガラスで囲まれた中庭をもうけ、
道場の窓と壁を交互にリズミカルに配置しました。
ふむふむと頷いていた内田さんが反応したのは、
C案の中庭でした。
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▲C案のガラスの中庭がある
セミパブリック・スペースのスケッチ。 |
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「この水槽みたいな
四方をガラスに囲まれた中庭のテラス、
きっと綺麗だけど掃除はどうするの?
高さ2メートル以上もあるガラスが4面もあると、
そうしょっちゅう窓ふきすることもできないし、
きっと汚れてくるよね」
「でも先生、客間は天井も高くて、
とても広い空間なので、いささか暗くなると思います。
こういうトップライトをつくると
自然の変化が感じられる光が入ってくるので
よいと思うのですが、どうでしょうか?」と、
ぼくは掃除の大変さよりも
空間の魅力について訴えます。
「うぅ~ん、言わんとすることは分かるんだけど、
僕は毎日ここに生活するから、
家事がしやすいというのは一番大切なの。
建築家のアイディアは
スペース・オリエンテッドなあまり、
生活者の視点を軽視しがちだと思うな。
せっかくだけど、この中庭テラスはやめて、
何か別のアイデアを考えてください」
すごく明確な意志のもと、
ガラス張りのガーデン・テラスの提案は、
こうして却下されてしまいました。
セミパブリック・スペースのあり方について
考えなおすという宿題を与えられたのです。
そんなふうに勉強をさせてもらいつつも、
全体的にはぼくのプランを気に入っていただけて、
3案のいいところを折衷して
進めていくことになりました。
このとき、内田先生のご自宅兼道場を設計する仕事が
正式に決まったんです。
感無量とはまさにこのことです。
翌日、内田さんからふたたびメールが届きます。
「おはようございます。内田樹です。
たいへん素敵なプランで、
漠然と道場&住居について考えていたことが
いきなりかたちを取って可視化されて、
『ああ、こういう家が欲しかったんだ』と思いました。
おもしろいですね。
プランを見た後に、
『前からこういうものが‥‥』というふうに
遡及的に記憶が構成されるのって。
でも、一度見た後は、自分の脳の中に
『もともと』こういうイメージがあったんだよな
と思ってしまうのです。
なんでも自分中心に考えてしまう
人性の自然ではありますけれど、
この『ジャストフィット感』は悪くないですね」
このメールを読みながら、
ぼくは建築家冥利に尽きる
最高の喜びを味わっていました。
同時に、内田さんのためにも、
またここを使われる合気道のお弟子さんを始め
「みんな」のためにも、
全力投球でいい建築を作らなくては、
と固く決意したのでした。 |
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