パトリック |
私はこれまで21年間、
東京に住んできたんですけれど。
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糸井 |
21年。
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パトリック |
はい。バブルのあとから住みはじめて、
そして、そのあとの日本で、
いろんなことを見てきました。
いろーーーーんなことを。
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糸井 |
でも、日本にいろいろあっても、
パトリックさんは東京にい続けたんですね。
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パトリック |
はい、いました。
日本が大好きだし、東京が大好きだから。
そうして、日本に住みながら、
私なりの視点で、日本のことを考えてきました。
で、私には、日本が今、
非常に面白いタイミングにあるように思えていて。
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糸井 |
ええ。
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パトリック |
面白いタイミング、というのは、
日本は、昔から受け継いできた「日本の価値観」と
戦後取り入れた「欧米的な価値観」とを、
今、両方併せ持っている国だと思うんですが、
まだ、これからどんな価値観を持っていくのか、
明確に見えてはいない。
で、そんな日本のこれからの価値観がこれから
どうなっていくんだろう、というタイミングにある、
ということなんですが。
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糸井 |
はい。
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パトリック |
日本は、非常に古くから、
たいへん豊かな価値観を育んできた国ですよね。
歴史の中で育まれてきた美的感覚とか。
日本人としてのアイデンティティとか。
自然との関わり方とか。
そして今、世界では欧米の国の人々が、
「欧米的な価値観だけではうまくいかない」
ということに気づきはじめて、
現在、そうした面からも、みんながだんだん、
「日本の価値観」の魅力を
理解しはじめている状態です。
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糸井 |
うん。
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パトリック |
一方、「欧米的な価値観」というのは
日本が太平洋戦争で負けた後、
自分たちも欧米のような豊かさを持ちたいと、
戦後、実際に日本が取り入れてきた価値観ですよね。
そして、その「欧米的な価値観」を取り入れつつ、
結果的に日本は経済的な成功を遂げました。
それで、日本には両方の価値観がある‥‥
はずなんですが、私には、今の日本の人たちが、
それほど幸せであるように思えないんですね。
たとえば、今の日本を考えると、
「モノを持つことで幸せになりたい」
といった価値観が、非常に強くある。
これはおそらく「欧米的な価値観」のほうからきていて、
わかりやすいところだと、
ブランド品を持つことで幸せになりたい、
という考え方が根強くあったり。
でも、もともとの「日本の価値観」のほうには
「モノを持つ」のとは全く異なる
幸せの形があったと思えるし。
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糸井 |
ああ、そうですね。
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パトリック |
それを思うと私は、
もしかしたら日本の人々は戦前の、
「欧米的な価値観」が入ってくる前の時代のほうが
実は幸せだったかもしれない、
などということを考えたりもします。
ただ、もしも戦前のほうが幸せだったとしても
日本はその時点に戻ることはできないし、
こんにちの国際社会の中で
日本が果たさなければならない役割も、ある。
だからこれからのことを思うと、
戦後取り入れてきた「欧米的な価値観」と、
もともとの「日本の価値観」とを
日本は両方持って、あるいはうまくミックスして
進んでいったほうがよさそうですが、
そういった「これからの価値観」が
明確に見えているわけではない。
では日本のこれからの価値観というのはいったい、
どんな形ですすんでいくんでしょうか。
それが私には、とても興味深いです。
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糸井 |
なるほど。
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パトリック |
糸井さんは、今の日本のいいところは
どんなところだと思ってますか?
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糸井 |
今の?
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パトリック |
そう、今の。
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糸井 |
今はね、あの、
先ほどパトリックさんが言ってくださった
日本の人々が昔から受け継いできた
価値観のこととも重なるんですけれども。
どこの国の人にも理解されやすい価値観として、
たとえば「お金がたくさんある」だとか、
「たくさんのものを作れる」だとか
「大きい」だとか、「強い」とか、
そういうことを重視する価値観ってありますよね?
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パトリック |
ええ。
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糸井 |
で、だけど今ぼくが言いたいのは、
そっちじゃない、逆のほうで。
たとえば「大きい」と「小さい」があるときには
実は「大きい」だけじゃなく、
「小さい」にも意味がある。
「たくさん作れる」と
「たくさん作れない」があったら、
一見、「たくさん作れる」ほうが
良いように見えるかもしれないけれど、
実は「たくさん作れない」にも良さがあって。
同じく「弱い」とか「お金があんまりない」にも
意味とか、良さとかはあって。
そういった「大きい」だとか「強い」だとかの、
一般的に評価されているわかりやすい価値に対して、
「そういうことの価値『じゃない』ものの価値」
というのを、昔から知っているのが、
日本人だと思うんですね。
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パトリック |
‥‥ああ、なるほど。
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糸井 |
今、世界がグローバルになったといっても、
人々の価値観がこれから先、
今までどおりのまま、進むはずがなくて。
そのときに、じゃあこの先、
たとえばアメリカがスタンダードだっていうふうには
単純に思えなくなった時代に、
そのとき人々のあいだで、新しい時代に合わせて
考えや価値観のミックスがすすんでいくとしたら。
そのとき日本には、さっき言った
「大きいとか『じゃない』価値観」をはじめ、
他の考え方とミックスするための材料が
わりあいに残ってるんじゃないかな、
と、ぼくはそんなふうに思うんです。
そしてそれはなんだか、
ぼくらの世代が次の世代にプレゼントできることでも
あるんじゃないかな、と思ってますけど。
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パトリック |
あー、なるほど。
ちなみに糸井さんはアジアの他の国については、
どう進むべきだと思いますか。
インドであれ、中国であれ、
ベトナム、カンボジア、韓国‥‥、
みんな、日本が戦後に成し遂げた成功を
真似したいと思っています。
今、もし糸井さんが
そうした日本の「成功」の部分を見ている
他の国の人たちに、
いや、日本にはこういうこともあるんだよって
伝えたいことがあるとしたら?
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糸井 |
うーん、国の話とは関係なく、
いつも、そういった「成功」のところだけを
見ているような人たちに、
表面だけ見ているとあまりわからないような
「こういうこともあるんだよ」
っていうことを伝えるために、
ぼくは仕事をしているのかもしれないです。
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パトリック |
...nice answer!(良い答え!)(笑)
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糸井 |
あと「日本にはこういうこともある」
という意味でいうと、
さっきの「大きいとか『じゃない』価値観」のほかに、
もうひとつ、日本って、
「ベーシックにいい人がいっぱいいる国」
だと思うんですよ。
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パトリック |
ええ、そうですね。
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糸井 |
たとえばぼくはよく例に出すんだけど、
日韓共催のワールドカップのとき、
カメルーンのキャンプ地になった中津江村は
日本という自分の国ではなく
カメルーンの人たちを応援したでしょう?
あれ、なかなか世界中の人には
不思議なことだろうなと思った。
でも日本の人って、ああなんですよね。
で、そんな人たちだからこそ、
生みだせるものがあると思うんですよね。
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パトリック |
ああー。
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糸井 |
これが他のアジアの国々の
ヒントになるかはわからないんだけど。
ただ、この姿勢は、もう、
良い方法とか悪い方法とかじゃなくて、
両方がハッピーじゃないですか。
「良い」「悪い」で言ったらわからない。
だけど両方が幸せっていう。
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パトリック |
ええ。そうですね。
‥‥あの、今、
お話を聞きながら思ったんですけれど、
これからの時代のポイントになる考え方って
まさに「良い」「悪い」ではなくて
「みんなが幸せかどうか」ですよね。
「何がみんなを幸せにするか」
そういったことから考えていくことが、
とても大事で。
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糸井 |
うん。
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パトリック |
日本は今、
「欧米的な価値観」も「日本の価値観」も両方あって
興味深い立場にいますが、
これからどう考えていくか、というときには
「みんなが幸せかどうか」という
視点から考えていけば、答えが見つかるんじゃないか。
私には、そんなふうに思えます。
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糸井 |
そうかもしれません。 |
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(つづきます) |