PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙68 ミスを防ぐために7
     VAの処方システム

    
こんにちは。

退役軍人病院(VA)は
兵役に就いたことのある人々の
福利厚生のために設けられている政府管轄の病院で、
兵役の内容によって
個人が支払う医療費の額は異なっています。

割合については程度の差があるのですが、
医療費のかなりの部分を
政府が負担していることには違いありません。

現在は第二次世界大戦だけではなく
朝鮮戦争、ベトナム戦争などに従軍した退役軍人が
高齢者層となってきていて、
医療費がかさんで赤字経営となり
病院の閉鎖や再編が活発に行なわれています。

前回、「コスト削減が至上命令の
政府管轄の退役軍人病院(VA)」とご紹介したのには
このような背景があります。

今日は、ここVAでの
コンピュータを導入したミスを防ぐ試みについて
お伝えしようと思います。

わたしたちのプログラムでは、1年に1回か2回、
VAへのローテーションがあるのですが
その初日の朝はいつも
みんなで集まってコンピュータの使い方についての
講習を受けます。

毎回ローテーションで行くたびに、
少しずつそのシステムが変わっていて
使いやすくなってきています。

昨年、ここでご紹介したサンフランシスコのVAでも
同じシステムを使っていました。

原則として、VAでは外来・入院を問わず、
患者さんの基礎情報(住所や兵役内容、予防接種歴、
アレルギーを起こす薬の名前など)、医師のカルテ、看護婦の記録、
検査のオーダーとその結果、X線やCTの写真、
薬の処方など、患者さんに関わる情報管理は
すべてコンピュータの端末を通じて行なわれます。

このシステム全体については
もしかしたら
そのうちご紹介する機会があるかもしれませんが、
今日はそのなかから
投薬ミスを防ぐシステムについてお伝えします。

患者さんを診察し、病気の診断をつけて
処方する薬を決めると、
各診察室に備えてあるコンピュータの端末を使って
患者さんのカルテを呼び出し、
薬の処方のためのウインドウを開きます。

すると、まず最初に
患者さんの最近の腎臓と肝臓の血液検査の結果が
表示されます。

薬を代謝するのは主に腎臓と肝臓ですが、
腎機能や肝機能が落ちている患者さんに対しては
その量を調節したり、別の薬を選ぶ必要があるからです。

検査結果を確認した後、実際の処方に入ります。

VAは経費節約のために
病院で処方する薬の種類をきわめて絞りこんでいて、
しかも、それらを全国で一括購入することで
とても安く仕入れているそうです。

薬の名前を途中まで入力すると、
アルファベットの順に登録されている薬が
一覧表示されます。
その中から自分の処方したい薬を選んで、
量と用法を入力します。

VAの患者さんの大多数は
すべての薬をVAから受け取っています。
また、多くの患者さんは
わたしたちが今処方したい薬のほかに
心臓病や糖尿病、痛みのための薬などを
飲んでいる場合が多いです。

薬というのは、なかなか厄介なところもあって
違う種類の薬が体の中で一緒になると
効き目が強くなりすぎたり、弱くなったりする
相互作用、とよばれる状態を起こすことがあります。

コンピュータに記録されている、
患者さんが現在飲んでいる薬と
自分が今処方したい薬とが
この相互作用を起こす可能性があるときには、
「薬Aと薬Bには相互作用がありますが
 あなたは本当にこの薬を処方したいのですか?」
という警告が出ます。

この警告を知っても尚、その薬を使いたい時は
よくあることで、そんな時には
「医学的に必要」という返事を一行書いて先に進みます。

以前ご紹介しましたが、この国では
一度医師の診察を受けて処方箋をもらった
慢性の病気の場合、
その後医師の診察を受けなくても
同じ処方箋で何回か同じ薬を薬局で買うことができます。

リフィルと呼ばれるこのシステムで
VAでは最長1年間、
薬を毎月VAの薬剤部から送ってもらうことができます。

もし、医師が不注意で、
すでにこのリフィルになっている薬を再度処方した場合も、
「この薬はあと4カ月分リフィルが残っていますが
 本当に処方が必要ですか?」という表示が出ます。

リフィルが残っていれば、
新たに同じ種類の薬を処方する必要はありません。
自分が今せっかく入力した内容は全部キャンセルです。

最後に自分のサインのためのパスワードを入力して
ようやく処方が無事に終わります。

医師の不注意から起きるミスを減らすために
このシステムが役に立っていることは間違いないのですが
It is impossible to make anything foolproof
because fools are so ingenious.
とマーフィーの法則がいうように、
ここにも大きな落とし穴があります。

先ほどご紹介したように薬の名前を入力する時には
名前の一部をいれただけで
それに近い綴りの名をもつ薬がざーっと
一覧表示されます。

たとえば、lisinoprilという
高血圧のための薬を処方しようとして
「li」と入力すると、
lidocaine, lisinopril, lithiumなど
似た綴りで始まる薬が出てきます。

ここで医師がぼんやりして
自分が使いたいlisinoprilの一行下に表示された
lithiumをクリックしてしまうと
高血圧の治療薬のかわりに
躁鬱病の治療薬を処方してしまうことになってしまいます。

どんなに厳密に腎臓や肝臓の機能検査の結果や
相互作用などについてチェックしても、
もともとの処方薬が間違っていては話になりません。

機械やシステムの力を借りて
ミスを起こさないよう、
セーフネットを張ることはできますが、
その基本はやはり個人の細かい配慮に尽きるんだな、
ということを
VAのシステムを使いながら思いました。

と、いうわけで
長々と続きました「ミスを防ぐために」のシリーズは
これでおしまいです。
お付き合いくださり、ありがとうございました。

次回については、まだ考えていませんが
もう少し楽しいことにしたいと思っています。

では
みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2000-11-05-SUN

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