HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
おさるの年にゴリラの話を。

親子であるということ

山極
ゴリラってね、笑うんですよ。
糸井
はあ、たまんないなぁ!
山極
笑ったときに、お腹に手をあてると、
お腹が振動するんです。
「腹の底から笑う」って言うじゃないですか。
あっ、これだ、と思いましたよ。
われわれ人間は、
口先で「あはははは」と笑っているんですが、
ほんとうに「腹の底から笑う」と腹が震えるんですよ。
糸井
どんなタイミングで気づいたんですか。
山極
ゴリラと一緒に遊んでいるときに、笑いだしたんです。
で、腹をさわってみたら震えてるんですよ。
そのときに、腹で笑ってるわと思って。
糸井
ゴリラと一緒に遊ぶんですか。
山極
まぁ、僕は遊ばれちゃうんですよね。
体の成熟した、いわゆる「シルバーバック」は、
そんなに簡単に遊びません。
子どものゴリラが遊びに来るんですよね。
糸井
ああー。
山極
僕に挑戦してくれるんですが、
若いゴリラでも100キロありますから。
ヘタに遊びに付き合っていると、
こっちの骨が折れたりします。
ゴリラって、僕が「アッ、アッ」って唸ったりして
イヤだよって伝えれば聞いてくれますが、
子どもにそういうことやると、
かえって挑発的にくるんですよ。
糸井
子どもだからねえ。
山極
しょうがないから、腹でも押さえる。
そうすると、ゴリラって
こんな体してるんだなぁってわかります。
糸井
そういう実験というか、フィールドワークは、
なかなかできないですよね。
山極
できないですね。
僕らのフィールドワークについては、
その昔、今西錦司さんという先生が、
「おまえら、サルになって来い」と
おっしゃっていて。
糸井
ああ、はいはい。
山極
なるべくサルになるように、
まぁ私の場合は、
ゴリラになるように心がけるわけですよ。
糸井
直接の薫陶を受けていらっしゃいますが、
今西さんとは、だいぶ年が離れてますよね。
山極
ええ。今西さんが1902年生まれで、
私が1952年生まれですから、50歳離れています。
私が入学したときには定年退官されていましたが、
毎年3月に犬山の霊長類研究所でやっていた
ホミニゼーション研究会のお手伝いに行って、
いろいろと声をかけてもらいましたね。
今西さんが海外で最初に研究をしたのがゴリラだから、
私がゴリラの研究をしはじめてから、
興味を持っていただいて、
いろいろ聞いていただきました。
糸井
今西さんは、50も離れた若い人と、
普通に溶け込めるタイプのかただったんですか。
山極
誰とでも話せますね。
今西さんは生粋の京都人なんです。
糸井
へぇー。
山極
京都人の接し方というのは、
なんていうんですかねぇ‥‥
第一印象だけではわからなくて
得体の知れないという感じがあります。
糸井
へぇー、おさるとも対等に
コミュニケーションをしようという人がねえ。
山極
人間は、わからないですねえ。
僕にとっては、ゴリラのほうがわかりますよ。
僕がオスだから、ゴリラのオスの気持ちはわかる。
でも、ゴリラのメスはわかんないです。
人間の女性の気持ちよりも、
ゴリラのオスの気持ちのほうが、よーくわかる。
一同
(笑)
糸井
はぁー。それは、父の研究とかにも
つながる話ですよね。
山極
そうですね。
ゴリラは家族的な集団をつくっていますから、
人間家族の起源を考えるときには、
ゴリラを念頭に置いたほうが
理解しやすいことも多いんですよ。
たとえば、ゴリラの父親は、
メスや子どもたちによって成り立つもので、
自覚によってつくられるものではありません。
いくらオスが「俺はお前の父親だ」と言っても、
子どもに認められなければ、父親にはなれないんですよ。
人間も、いくら父親らしく振る舞おうと思っても、
子どもに拒否されたら、父親として振る舞えません。
糸井
つねに、相手方が決めるんですよね。
山極
そうです。
人間の場合は、さらに、周囲や近所の人たちが、
「お前のお父さんはこの人だからね」とか、
「あんたの子どもはこの子だから」と言ってくれます。
だから、遠く離れていても、
父親というものがいつも認知されてる。
あるいは、テーブルにいつもお父さんの席があって、
「ここにお父さんが座るんだよ」って言ってくれるから、
その席に座ったときに、
「あ、お父さん」ってわかるんですよね。
言葉というものができてから、
「父親」というのは、文化になったんです。
糸井
うん。
山極
ただ、父親文化ができる前に、
文化と生物のあいだを行ったり来たりしながら
父親というものがつくりあげられた。
それは、自覚によってはできません。
糸井
うん、うん。できない。
山極
サルでもね、生みの親は、育ての親よりも劣るんです。
つまり、育ての親が親。母親でも、そうなんです。
生物学的な血縁関係じゃなくて、
育てた、育てられたという記憶なんですね。
育てられたという記憶が親としての認知をつくります。
ちゃんと育てられた子は、
育ての親に対して性的な衝動を覚えなくなる。
糸井
はあー、そうですか。
山極
親子が続けられなくなりますからね。
これは科学的に確かめられてるんですよ。
人間は、家族で閉鎖的な社会をつくらずに
複数の家族が集まって共同体をつくりました。
いろんな男女が入り乱れるからこそ、
制度をつくる必要があったんです。
糸井
そうですね。
山極
人間の子どもって、
共同保育されるように生まれてくるわけですよ。
赤ちゃんってずっと泣いていますが、それはね、
お母さんが赤ちゃんをすぐに離しちゃうからなんです。
糸井
そうなんですか。
山極
ゴリラも、チンパンジーも、
生まれてから1年は絶対に赤ちゃんを離しません。
僕はゴリラの赤ちゃんを
人工哺育したことがあるんですけど、
ゴリラもね、離れると泣いて、抱くと泣き止む。
人間の赤ちゃんがギャーギャーって泣くのはね、
お母さんが離れるせいなんですね。
糸井
はあー!
山極
お母さんがいるから、赤ちゃんが泣く必要ないんです。
でも、人間のお母さんは、赤ちゃんをすぐに離しちゃう。
だから、赤ちゃんも泣く必要があるんですよ。
糸井
あっ、それは犬猫でもそうですね。
あの泣き声って、サイレンみたいなものですもんね。
山極
そうでしょう。放っておいたら
いろんな人の手に渡って育てられちゃうから、
自然に親を認識することができなくなっちゃう。
それで、思春期になったときに、
自分の親に性的な関心を覚えてしまう
可能性があるわけです。
だから、それをきちんとタブーとして、
制度化しなくちゃいけなかったんだと思うんですね。
糸井
ああー、なるほど。
あの、親子間の話に、
父親が出てこないというのは‥‥。
山極
父親も同じことなんですよ。
父親も子どもと長いこと親しく接していれば、
「親」という感覚が生まれるので、
娘が思春期に達したときに
父親に対して性的関心を覚えない。
むしろ、忌避感を覚えるわけですよ。
糸井
ああー、そうですね。
山極
「お父さん汚い!」
「お父さんの下着なんか見たくない!」
これは正常なんです。
お父さんは、今まで一緒にお風呂へ入ってくれたのに
嫌われちゃったと思って悲しくなるんだけど、
これはね、喜ばしいことなんですよ。
糸井
そうなんですかぁ。
山極
逆に言えばね、親子間で性的関心を抱かないから、
いつまでも関係を保てるわけですよね。
性的な忌避感というのを覚えて、
あとで、ちゃんと仲直りするんですよ。
それは、たとえば恋人ができたりして、
ちゃんと自分の性的衝動を
満足させるような相手ができてから、
親は親だなと、違う感覚でずっと一緒にいられます。
(つづきます)
2016-01-03 SUN
HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN