- 糸井
- 家族の役割というのは、
文化的な認識で成り立っているんですね。
- 山極
- 家族という文化的な認識も、
生物学的な基礎に裏付けがないと持続しません。
自分のことをかえりみずに世話をしてくれた
相手というのは、親でいられるわけです。
性的衝動も覚えないし、トラブルにもならない。
そして途中で、嫌悪感を抱いたりするわけですよ。
息子なら、お母ちゃんがイヤでしょうがないと思ったり、
いつもベタベタされているけど俺は離れたいんだ、
みたいに思うんですね。
だけど、どこかでまた親のもとに帰ってくるわけですよ。
だって親というものは、
100パーセント信用でき、信頼できる相手でしょ。
そういうものが身の回りにないと、
さびしくなるわけですよね。
- 糸井
- はぁー、その距離感みたいなものっていうのは、
まさしく物理的な距離感ですね。
- 山極
- そうですね。
- 糸井
- 「遠く離れているけれど、
お父さんはいつでもお前のことを思ってるよ」
というのは、ないんですか。
- 山極
- それは、人間の社会が文化的に保証したんですよ。
お前のお父さんはこの人だから、
って周囲の人がいつもいつも言っている。
- 糸井
- あと、籍を入れるのもね。籍は重要ですよね。
チンパンジーやゴリラにはないですもんね。
- 山極
- ないですね。
でもね、育ての親が自分の親だっていうのは
人間だけじゃなくて、サルの社会からなんです。
- 糸井
- あっ、そうですか。
- 山極
- ウズラやカエル、ネズミなんかは、
生まれつき生物学的なつながりが
わかるようにできているんです。
ウズラは羽の柄をちゃんと認知しますし、
ネズミだったらニオイを認知します。
だから、それらを引き離して育てても、
親を親として認識するんですよ。
- 糸井
- 放っておいても戻れるようになっている。
- 山極
- だけど、人間はそうなっていないし、
サルもそうなっていないんですよ。
生物学的な父親は誰だって、
男はみんな気にしちゃうんだけど、
気にしなくていいんです。育ての親が親なんだから。
そういうふうに、サルからできてるんですよ。
- 糸井
- はぁー。
- 山極
- ただ、サルの場合は大人になっちゃうと
みんな群れから出て行っちゃって、
自分の育った群れには、二度と戻りません。
- 糸井
- それはつまり、村を離れるようなことですよね。
- 山極
- そうそうそう。
だいたいは一方の性が離れるんですが、
メスが離れるところと、
オスが離れるところがあります。
ニホンザルはオスだけが離れて
メスはずっと残ります。
だから、おばあちゃん、お母さん、娘、
というふうに女の系統がずーっと持続するわけですよ。
そこをオスが渡り歩いて行きますが、
オスはひとつの群れに5年以上いません。
- 糸井
- うん、うん。
- 山極
- だから、自分が生ませた娘であっても、
娘が思春期になった頃には、
接触できないようになっているわけです。
これは、インセスト回避のシステムなんです。
- 糸井
- はぁ、離れることでねぇ。
- 山極
- ゴリラやチンパンジーの場合は、
メスが群れを離れていくことがあって、
娘が思春期になると、
お父さんを毛嫌いして出て行っちゃうんですよ。
- 糸井
- はぁー。
- 山極
- メスが循環するようになっていますが、
人間社会の原型も同じだと思っています。
メスが自分の生まれ育った場所を出て、
新しい配偶者を探して、
そこで繁殖のためのユニットをつくる。
メス主導型の社会だと思うんですよ。
- 糸井
- 直感的に、そんな気がしますね。
- 山極
- そうでしょう。
オスはグループをつくったり、
自己主張したりしてメスを惹きつければ、
メスがやってきてくれます。
ちょうど昔ばなしがそうであるように、
男は一所懸命にお姫様を獲得するために
男を示さなくちゃいけない。
お姫様はなにもしないようでいて、
じつは男を操っているわけですよ。
- 糸井
- 選んでますね。かぐや姫とか露骨ですよね。
- 山極
- 露骨でしょ、月に帰っちゃうんだから。
- 糸井
- 男たちは、そのプレゼンテーションを
どんどん磨こうとするわけですね。
- 山極
- ええ。
- 糸井
- もう、選ばれないところにまで
行っちゃったりしますよね。
そんなのどうでもいい、というほうに。
- 山極
- うーん、そうなんですよね。
- 糸井
- 男はなにかと逸脱しますからね。
あっ、ゴリラのオスも逸脱するんでしょうか。
- 山極
- ゴリラのオスには、生まれ育った群れを離れて、
ひとりになる時期があります。
そこで、メスを惹きつけなくちゃいけないんですよ。
そうしないとメスは来てくれませんから。
でも、これは結果的にですが、
ずっとひとりきりというオスゴリラはいません。
いつかはメスがやってきてくれるんですよ。
- 糸井
- どういうことですか、それは。
- 山極
- すごく魅力的なオスのところには、
メスが溜まっちゃいますよね。
メスばかりが溜まっちゃうと
今度はメス同士の競合関係が高まるから、
メスとしては損なんですね。
だから、ちょっと未知数の
あまりかっこよくないオスでも、
まぁ、そっちのほうがいいかなって。
メスが自分ひとりしかいなければ、
オスは全努力を自分に傾けてくれるわけでしょ。
そっちのほうが得だって考えるんです。
しかも、メスによってオスは変わるから、
そのオスを自分で変えてやればいい。
- 糸井
- なるほど! 人間社会と同じですね。
- 山極
- 「ちょっと頼りなさそうに見えるけど、
私がカッコよくしてみせるわ」みたいなね。
- 糸井
- なるほどね。
- 山極
- いま、「イケメンゴリラ」として
有名なゴリラがいるんですよ。
名古屋の東山動物園にいる、
シャバーニっていうゴリラなんです。
オーストラリアのタロンガ動物園からやってきて、
来園したときに、僕も見ているんですよ。
もうほんとにガキで、メスに囲まれて、
自分の力を見せなくちゃって、いきり立っていました。
乱暴者のヤンキーだったんですよ。
- 一同
- (笑)
- 山極
- それがね、いまはふたりの子どもがいるんですよ。
アニーとキヨマサっていう赤ん坊がいてね、
赤ん坊ができてから、見る間にカッコよくなった。
だから、イケメンはイクメン。
- 糸井
- はぁー。
- 山極
- メスに好かれるっていうのと、
子どもに好かれるっていうのはね、
やっぱり違うんですよ。
- 糸井
- 違いますね。
- 山極
- メスに好かれるためには、
やっぱりカッコよくないといけない。
でも、子どもに好かれるためには、
カッコいいだけじゃダメなんです。
やさしくないと、いかん。
- 糸井
- ほう。
- 山極
- メスには力強さを示さなくちゃいけないから、
胸を叩いて、俺は強いぞ! っていう
アピールをしないといけないんですが、
子どもに対してはやさしく。
子どもが近寄ってくれないと遊べないでしょ。
でかくて力強い、相撲取りみたいなオスがね、
子どもにはすごくソフトに接するんですよ。
- 糸井
- はあー、そうですか。
- 山極
- 子どもに近寄っていって、
逃げられちゃったらダメですから、
ものすごくソフトになるわけですね。
どこかで自分の力を抑制することを知っていないと、
カッコよく映らないんです。
- 糸井
- ヤクザ映画の高倉健さんは、まさしくそれですよね。
- 山極
- うん、そうですねぇ。
- 糸井
- やっぱり、あれがマッチョなんだな。
ああ、僕らも男として見ていますが、
「カッコいいなぁ」って憧れる理由は、
もうそういう種族なんですね。
- 山極
- そうだと思いますよ。
だから、ゴリラがカッコよく見えるわけ。
- 糸井
- 見える、見える。
(つづきます)
2016-01-04 MON