HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
おさるの年にゴリラの話を。

男と女のすれちがい

山極
ゴリラが人間社会と似ているのは、
カッコよさ、力強さ、というものがありつつ、
その裏に自分の力を抑制して、
やさしいところを見せられるというところが
うまく合わさっているからなんですよ。
糸井
うん、うん。
山極
おもしろいことがありましてね、
NHKの『ようこそ先輩』という番組に
出たことがあるんですけど、
母校の国立三小に行きませんかとお誘いがあって、
ただ行くだけじゃおもしろくないから、
上野動物園でゴリラを見てもらいました。
小学6年生の男女に、ある質問をしてみたんです。
まずは男の子に、
「将来、女の子に好かれるためには、
 どういう男性になったらいいと思いますか?」
と聞いたんです。
糸井
いい質問ですねぇ。
山極
そうしたらね、男の子たちはほとんど全員が、
「やさしくなくちゃ」って言ったんですよ。
やさしい人間になりたい、やさしい男になりたい。
そして次に、女の子に対して
「好きになる男の子ってどんなイメージ?」
と質問してみたんですよ。
そしたら、女の子たちは「カッコよくなくちゃ」って。
一同
(笑)
山極
ぜんぜん違うんです。
男の子はね、やさしい男が好かれると思っていたのに、
女の子は、そんなことを思っていなかった。
このギャップには驚きましたね。
彼らは小学校6年生なんで、
女の子はもうそろそろ、女になる頃です。
糸井
女の子たちはもうすでに、自分で男を選んでますよね。
山極
でも、男の子たちはみんなガキだから。
糸井
選ばれていないんだ(笑)
山極
まだね、きちんと自覚がないんですよね。
これはやっぱり、成長の差もあるのかなと。
糸井
小学校だから、大きくても12歳ですもんね。
男は13歳ぐらいから変わりますよね。
山極
変わると思いますね。
16歳ぐらいまでの思春期に脳の成長が止まって、
身体の成長がアップするわけですよ。
この「思春期スパート」というのが、
人間は特に顕著に現れます。
糸井
はぁ。
山極
直立二足歩行をする人間は、
骨盤の形が変わってしまったから、
はじめから頭の大きな子どもを産めません。
でも、人間は成長期を迎えるまでに
ゴリラの脳の3倍にならなくちゃいけない。
そのために、ゴリラの赤ちゃんの
2倍のスピードで脳を成長させるんです。
ゴリラはどんどん身体が大きくなりますが、
人間の子どもはなかなか大きくなれません。
それは、脳が完成する12歳から16歳ぐらいまでは、
身体の成長を犠牲にして、
脳にエネルギーを与えているからなんです。
身体にエネルギーを送れるようになれば、
身体の成長がアップします。
それがちょうど、小学6年生から中学生にあたります。
そのときに、考え方がガラッと変わるんです。
糸井
うん、うん。
山極
またおもしろいことに、女の子と男の子で、
思春期スパートの内容が違うんですよ。
女の子はね、脳内で思春期開始の
成長ホルモンの分泌がはじまったら、
おっぱいやおしりが大きくなって、
体が丸く、女らしい体つきになるわけです。
でも、すぐに子どもを産むことはできません。
思春期スパートから3年ぐらい経たないと
大人の排卵頻度になりませんからね。
女の体にはなるけれど子どもは産めない、
という時期なんです。
糸井
できあがるまでの助走が長いんですね。
山極
男の子も思春期の開始とともに
成長ホルモンの分泌がはじまるんだけど、
女の子よりも2年遅れます。
ヒゲが生えて、声変わりがして、すね毛が生えて
といった変化が起こるわけですよ。
ところが、すぐには男の体にはなりません。
糸井
はい、はい。
山極
男の筋肉が増強するのは18歳を超えてからです。
それでも精子の生産ははじまりますから、
子どもを産ませることはできるんですよ。
糸井
少年の体で子どもを産ませられるんですね。
山極
だから、産ませることができるんです。
でも男の体にはなっていないから、
女の子から相手にされないわけですよ。
糸井
そうですねぇ。
山極
でも、女の子から相手にされないということは
年上の男たちのという競合にも
巻き込まれないということなんです。
男同士の競合のほうが強いから、
ヘタに競合に巻き込まれちゃったら、
傷つくおそれがあるんですね。
しばらくは少年の体をさせておいて、
社会勉強をさせましょうっていう期間です。
糸井
修行時代だ。
山極
そうそうそう。だから、元服っていうのは、
だいたい12歳から16歳でくるんですよ。
糸井
ははぁー。
山極
世界中の民族で、男の成人儀礼ってありますよね。
歯を抜いたり、刺青をしたり、
ライオンのしっぽをつかんだりね。
でも、女の成人儀礼ってほぼないんです。
女はね、儀礼をする必要がない。
糸井
見ればわかるからですか。
山極
あえていえば月経が来たり、
子どもを産むことが儀礼のひとつですよね。
でも、それは儀礼じゃないですよ。
男はね、自分がいつ大人になったのか
自分でわからないんですよ。
だから、周囲が「お前は今日から大人だよ」
と言ってあげないとダメなんです。
糸井
あの、山極さんご本人は、
いつ大人になったと自覚しましたか。
山極
あっはっは、自覚ねえ(笑)
そうですねぇー‥‥。
糸井
僕も最近その話をして、
50歳だよって答えたんですけど。
山極
50ですか! でも、なかなか自覚はないですよね。
糸井
ないんですよねぇ。
僕は正直に言って儀礼があってほしかったです。
しょうがなくでもいいから、
「大人になったんだ」と思わせられたら、
僕は、もう少し人生の前半を
しっかり生きられたような気がするんです。
山極
日本でもかつては元服がありましたが、
それはね、女に認められる必要があるんです。
男じゃなくて。
糸井
そうですか。
山極
僕はアフリカの成人儀礼をいっぱい見ていますが、
割礼なんてやるわけですよ。
そのときにね、女たちが少年たちを取り囲んで、
女が認めてあげるんです。
「今日からお前は男なんだ」と。
だから、正式にプロポーズもできるし、
女の子から誘いも来るわけですよね。
それまでは「お前なんてガキだ」って言われて、
ぜんぜん相手にされないんですよね。
女の子から認められたということがだいじ。
たぶん、糸井さんもそうだと思いますけど。
糸井
僕は50になって認められたのかもしれないですね。
山極
いやいや、違うでしょ(笑)
糸井
いや、ちょっと本気ですよ。先生はどうですか?
「俺は大人だぞ」って思ったとき。
先生にもあるでしょう、きっと。
山極
だから、女の子から認められたときですよね。
糸井
好きとか言われたってことですか。
山極
きちんと誘われた、ということですね。
糸井
僕はそのときも、OKかOKじゃないかを、
不確かなまま生きてきちゃったんですよね。
山極
あぁー、見誤りましたか。
糸井
それが、よくわからないんですよ。
僕自身、親が離婚していますから、
「普通」ではないんだと思うんですけど、
「いつ大人になるんだろう」ということについて
逃げていた気がするんですよね。
山極
はぁー。
糸井
遊んでいようが、子どもをつくろうが、
まだ本気で大人になっていなかった気がするんですよ。
それは、表現をしたりするという、
ヘンな仕事をしてる場合には、
「ヘンさ」が活きたりするところもあって。
その典型が、三島由紀夫とか太宰治ですよね。
山極
ああー、たしかにね。
糸井
その「ヘンさ」があることは、
社会と自分との距離を、
いつでも見ていなければならないという、
拷問であり、優越意識でもあるんです。
表現をするには、とてもいいんだと思うんですけど。
でも、おかげで「大人になる」ということが、
不完全になってしまうんですよね。
(つづきます)
2016-01-05 TUE
HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN